第32話 何を言ってるんだ?死ね。
「何しに来た。俺たちに用なんてないだろ」
「黙れよ下民。お前に口を利かせることを許可した覚えはないぞ?」
なんだこいつ。前もなかなかだったが、さらにくそ野郎に近づいた気がする。血は争えないな。
「食堂で恥をかかせたの、未だ根に持ってるのか?」
「何を言っているんだ。その自分が中級魔法を使ったような口ぶりは。たまたま他人に救われたお前が出しゃばってくるな」
…………本当に何言ってるんだこいつ。
「あれは俺が使った魔法で——」
「何だ、どうしたんだ?」
先ほどまで椅子に座っていたはずのおじさんがいつの間にか、フールドたちのそばに立っていた。
「あ、おじさん、この人たちが絡んで——」
「おぉ、フールドじゃないか。どうしたんだ?」
「あ、タロイ先生こんにちわ」
今までの態度はどこへやらといった様子で挨拶を済ませるフールド。もしかして、フールドの担任なのか? このタロイって呼ばれたおじさん。
「実はですね、タロイ先生。この人、卑怯な手を使って合格しようとしているんですよ」
「は? 何言って——」
「ほう? 詳しく聞かせてみろ」
ことごとく遮られる俺の言葉。もはや、聞こうとすらしてないだろ……。
フールドがタロイ先生と呼ばれた人の耳元でこそこそと、こちらをちらちら見ながら話すフールド。嫌な予感がしたのも束の間。
「ほう。それじゃあ、ミディア・ルイフェン。ジャスミン・エスティアの二名の中級魔術師への昇格は無しだな」
「……は?」
「「……え?」」
フールドと同じようにニヤニヤするタロイ先生。しかし、それにいち早く反応したのはジャスミンだった。
「それはどういう事でしょうか先生。先ほど私とミディアちゃんはちゃんと中級魔法を見せて合格しましたよね?」
「あぁ、だけど、中級魔法を使うだけじゃあ、合格にはできないなぁ? 中級魔術師に見合った資格を総合的に判断することも試験官の役割だからなぁ?」
あいかわらずニヤニヤしているフールドとタロイ先生とその一派。
「僕はまだしも、二人はちゃんと中級魔法の試験をクリアしたはずです。資格もある……ジャスミンさんにはあるはずです」
「えっ、ミディアは? ミディアも合格って言われたんだけど?」
「それならミディアもだな。この通り、二人は一度合格してるじゃないですか」
「あぁ、ま、エイド・ルイフェンとつるんでいたからだな。それが理由だ」
「は?……ふざけないでくださいよ」
俺は数歩分ほど先にいるタロイ先生とその一派に近づく。
「おいおいなんだ? 文句でもあるのかー? 退学にするぞ?」
「そうだぞ下民。先生の言う事は素直に聞いとけ」
ヘラヘラしながら見下すような視線を送ってくる。
今更だが、なんとなくわかった。グルか、こいつら。
「本当にその意思を変えるつもりは無いんですか?」
「ないなぁ? これはもうほぼ決定事項だしなぁ?」
あぁ、うざい。何度災いを俺たちに振ればこいつは気が済むんだ。
ふと、下を向くと握りこぶしから血がにじみ出ていることに気づく。
「そっ、そんな! 酷すぎます! 先生!」
「けっ、黙ってろ姉様は」
ぺっ、と唾をジャスミンの制服と、ついでのようにミディアの制服にも飛ばすフールド。
「へっ。まぁ、そういうことだ。また一年初級魔術師として頑張れよー」
酔っているように顔を火照らせ、愉快そうにねばりっけのある笑顔でこちらを見ている。
「……本当に、中級魔術師に上げてもらえないんですか」
干からびた果物からほんの僅かな果汁を絞り出すように、俺は声を絞り出す。あくまで冷静に、相手に何も悟られないように。
「ふーん。……まぁ、俺に勝ったら合格にしてやらんことも……ないか? はっはっはっ!」
「もう先生っ! いくら早くに中級魔術が使えたからと言って先生に勝てるわけないじゃないですか! 国専属の魔術師も務めたことのある先生を、こんな奴らが。ぶふっ。あぁ、先生は冗談がお上手で」
先生を棚に上げてほめたたえるフールド。それにまんざらでもないタロイ先生。愉快な表情を浮かべ、まるで自分が上に立ったかのように勘違いしている。
「言ったな」
「……は?」
楽しそうに冗談を言い合っていた二人が、嘘吐きを見るような目を俺に向ける。俺にできるわけがないと思っているのだろうか。
頭の中までお花畑みたいだな、こいつら。
「今の言葉、絶対に忘れるなよ」
もう限界だ。
「何を——」
「後悔させてやるよ」
血が垂れる手のひらを目の前のこいつらに差し出す。
「ふっふざけるなっ! そんなことできるわけっ——」
「まずはキャンキャン鳴くその口を塞ごう」
高級魔法。
「水操」
水の中級魔法を使っている他の生徒から少しだけ水を頂戴して、それをうるさいこいつらの口に水を操って詰める。
「「「「「ぼばぁばばぁぁばああぁぁが!?!?!」」」」」
何が起こっているのか理解していないようだ。そんな中でもタロイというやつ教師もどきの奴は無詠唱で魔法を行使しようとしている。
曲がりなりにも国専属の魔術師だった男。対応が早い、が。
「使い慣れていない奴が突然無詠唱を使えるとでも?」
「ぼがぁごばごぉ! ヴぇんぼぉ!!」
魔法を唱えたのだろうか。一瞬、炎の球が出来上がろうとしていたが、すぐに消え去ってしまった。
「知らないんですか先生? 無詠唱は普通よりも魔力を使うのはもちろん、一瞬で高い魔力を必要とするんですよ?」
「ぼがぁぁぁぁっ!! ばぁ——」
「そうそう、そんな感じですね。でも、そこまで待つほどお人好しじゃないんでね。僕は」
さっさと終わらせよう。
「これが打ちたかったんでしょう?」
火の高級魔法。
「炎球」
そう唱えると俺の前から現れた大きな火の玉は、一直線にタロイとフールドの一派に向かう。すでに酸欠で数人倒れているが、関係ない。
「ぼばぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「断末魔なんか上げてる暇があったら、死ね」
ぼごぉぉぉぉぉんっ。
その音と共に辺り一帯は水蒸気に包まれる。
そして、その水蒸気が散った頃。タロイとフールド一派は地面に倒れ込んで失神していた。
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