第22話 そう気づいた時には、時すでに遅し。


 なんだか、頭が重い。何も考えられないような、何も考えたくないような。意識があるような、ないような。生暖かい深海を漂っているかのように頭がぽかんとする。


 だけど、なんだか、グリア先生を、好きにならなくちゃいけない、気がする。なんでかわからないけれど、グリア先生をお姉ちゃんって呼ばなくちゃいけない気がする。お姉ちゃんは、好きにならなくちゃいけなくて……。


 なんでだろう、何も考えられないから、わからない……けど、頭のどこかで光魔法を使わなくちゃいけない気がして。


 そう、頭の中で誰かが、何かが俺に指示しているような、気もして。


 光の王級魔法、を、使わなきゃ、いけない、気が、して。


 直感と、脳みそを指示しているよくわからない感覚に頼る。魔力が、どうに——か————。


「…………っっっっ!?!?」


 唐突に覚醒する意識。心地の良い場所から突然荒野に投げ出されたような。それくらいに有耶無耶になっていた意識がはっきりとする。


 羽根のように軽い瞼を開くと目の前には不敵な笑みというか、どちらかと言えば気持ち悪い笑みを浮かべたグリア先生が聳え立っていた。



「————先生のことをお姉ちゃんと言って懐きなさい……えへ、えへへへ、へ………………あ」


 妙に頬を朱色に染めながら、湿った吐息を漏らし、涎をじゅるりと吸うグリア先生。しかし、ばっちりと、もう言い訳のできぬほどにばっちりと目が合ってしまった。


「…………何、しているんですか……?」


「……え、いや、え、なんで? なんで、洗脳解けてんの……え?」


 気持ちよさそうに顔を朱色に染めていたグリア先生の顔は、いつの間にか青ざめ始めていた。


 というか、洗脳って闇の高級魔法じゃなかったっけ……?


「い、いや、べ、べ、べつに洗脳してまで顔がいい子に『お姉ちゃん』って呼んでもらってイチャイチャしたかったわけじゃな、な、ないですよ!? えぇ!」


「…………………」


 身振り手振りを使って必死に言い訳のような言葉を発してゆくグリア先生。


 もしかして、これが伝説の妖怪とも言われる、ショタ……コン……なのか……?



「…………」


「…………」


 今、グリア先生は俺の一メートルほど離れた場所で壁に背を付けて俺と同じように座り込んでいる。


「…………どうして、光の王級魔法が使えるのですか……?」


「……まずそこですか? 普通」


「……どうして光の王級魔法が使えるのですか?」


 あ、これ聞いてくれないやつだ。


「いや……なんでって言われても……」


 この件を説明するには俺が『神の使い』だと説明する必要がある。だけど、俺が『神の使い』とカミングアウトしてもいいのだろうか。


 ふと、グリア先生の方を見る。まるで雪山を三日ほど遭難したときのように顔を青ざめさせている。


 もしも、グリア先生が俺の親を殺した人たちの仲間だったりしたら面倒くさいことになるだろう。だけど。


 あの洗脳をしようとしていた内容的にそれはないような気がするしなぁ。ただのショタコン変態脳筋教師みたいだし。


 まぁ……なんとなく信用しても良い、気がする。


「…………先生、僕が今から言う事、絶対に誰にも言わないでくださいよ?」


「そういうなら、もちろん。だって私は先生ですもの……先生、ですもの……」


 うん。自信無くしてるみたいだけど、ちゃんと先生だよ。ショタコン変態脳筋教師って、少し名前は長くなっちゃったけど。


「じゃあ、言いますね。……僕、実は神の使いなんです」


 体操座りをしながら遠いところを見ていた先生は、体をビクリと震わせてギギギ、と機械音が鳴りそうな首の動きをしながら顔をこちらに向ける。


「……え、、マジ?」


「……マジです」


「えっ、えっ、神の使いって、神の使いの?」


「神の使いです」


 なんか、めちゃくちゃキャラが変わるな……。 この人、どこかミディア《バカ》に近いものを感じるぞ。


「……マジかぁ、えぇ……えぇ?」


「まぁ、何はともあれ先生。僕が神の使いだからって僕だけに他の生徒と違う対応をされるとバレはせずとも、変に思われる原因になるのでこれからもいつも通り接してください。お願いします」


「あぁ、それは、もちろん……」


 特に不満も無く同意してくれてよかった。テンションは冷めてるみたいだけど、まぁきっと問題はないだろう。そろそろ先生と居すぎてもあれだろうし。ミディアのところにでも行こうかな。


「あっ」


 立ち上がろうとしていたところでグリア先生が唐突に声を漏らす。そして、立ち上がっている俺を見て、今までの言動と行動が嘘のように顔を笑顔で歪める。


「ねぇ、エイド君?」


 グリア先生は先ほどとは違い、身軽そうに立ち上がると、蛇のように腕を首に回してきた。


「えっ、な、なんですか!?」


「エイド君は、神の使いだよね? ……バレたら、いけないよね……?」


「だ、だからさっき——」


「私のあの秘密言ったら、もちろんエイド君の秘密もバラすからね? うふふ」


 俺が洗脳から目を覚ました時のような、楽しそうに変態じみた表情を浮かべるグリア先生。


 あぁ…………この人、クズだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る