第18話 姉弟
「あ……」
ジャスミンの綺麗な黒髪も、真新しい制服も、シチューが絡みついて見るも無残な姿になっている。
ジャスミンは反対を向いているせいで表情は読み取れない。しかし、シチューをかけた同い年くらいであろう少年は優越感にどっぷりと浸っているような表情を浮かべている。
「だ、大丈夫ですかジャスミンさん!?」
固まったように動かないジャスミン。嫌な予感がするが、それよりもシチューを掛けられたジャスミンが心配だ。このままだと午後の授業も受けられないだろうし。
「とりあえず火傷とかしてませんか? これ、よかったら使ってください。……で、誰なんですかあなたは」
ジャスミンにハンカチを手渡しながら黒髪の少年を見る。
未だに気色の悪い顔をやめない黒髪の少年。俺を舐めまわす様に見た後、先ほどまでの表情をこれでもかと崩し、唾を吐くように言葉を紡ぐ。
「……君みたいな平民風情が僕に話しかけないでもらえるかなぁ? 吐き気がするんだよね、すごく」
その言葉を聞いてか、それとも堪え切れなくなったのか。ドンっ、という音と共に、我慢ならないといった表情でミディアが立ち上がる。
「あなた何なの!? いきなりジャスミンちゃんにシチュー掛けて! もう我慢で——」
「ミディアちゃん、落ち着いて。大丈夫だから、私のことは気にしないで。エイド君も。これは私の家の問題だから」
至って冷静に俺のハンカチを受け取りながらミディアを制止するジャスミン。さすがのミディアもそれ以上言うことは無かったが、今にも噴火しそうになっている。
「家の……問題って?」
「何ですか姉様。家の問題にするつもりですか? 実力では到底僕にかなわないのに表面上だけは伝説だから
姉様……? もしかして、ジャスミンの弟なのか!?
「…………別にちやほやされていたほけじゃ……」
「何ですかぁー? 全く聞こえませんよ? もしかして家にいるときのようにぼこぼこにされたいですか?」
俯いているジャスミンを上から圧するようにどんどん態度が大きくなっている黒髪、もといジャスミンの弟。
「…………」
「はぁ、そうですか。それが姉様の答えならいいですよ。ついでにもっともらしい言い訳をして寮に逃げ込んだ罰もオマケにつけてやりますよ」
そう言って一歩下がるジャスミンの弟。諦めるように顔を下に向けたミディア。
「何する気——」
「どけ。巻き込むぞ? ——我が天命に預かりし神力よ」
蘇る昨日の記憶。
「内なる炎に宿したまえ」
そして僅かに、ほんの僅かにジャスミンの弟と重なる糞野郎の面影。咄嗟に動く体。
「中級魔法——」
「出でよ内なる水。中級魔法——」
「『火炎』っ——」
俺の声に気づくことなく、魔法の一直線上にいるジャスミンを、火炎は捉えようとする、が。
「——水球」
俺が指を弾くとともに現れる巨大な水球。それは、ジャスミンとジャスミンの弟と、火炎もろともを飲み込む。
「ん~~!? ぼぉぉぃ! ばぼぼべぼばばぉ……ごふぁっ……」
ジャスミンの弟が戦意をなくしたであろうところですぐさま水球を解除する。解除されて、水球をかたどっていた水たちは重力に従って地面に打ち付けられる。それとほぼ同時にジャスミンの弟も床に倒れこむ。
「大丈夫ですかジャスミンさん」
火炎がぎりぎりに迫っていたからジャスミンさんも火炎を無効化するための水球の範囲内にしてしまったが。先ほどと同じように俯いたまま、今度はふらふらと揺れ始める。まずい。
そう思った時には、ミディアがジャスミンのそばで体を支えていた。さすが俺の幼馴染。
しかし、一安心したのも束の間。
「ごふぉっ、ごっふぁっ、ごほっごほっ」
倒れていたジャスミンの弟が膝をついて立ち上がろうとしている。
「……まだ何かするつもりじゃないよな?」
「……くそがっ」
ジャスミンの弟は周りを2、3度見渡して居心地悪そうに目をしかめたあと去っていった。
「大丈夫ですか……?」
ミディアに寄りかかっているジャスミン。水球の水でシチューは粗方取れていたが、全身がびちょ濡れになっている。
「……すいません、エイド君。嫌ところ見られちゃったなぁ…………あれは、私の双子の弟なんです」
ぽつりぽつりと、滴る水滴のようにジャスミンは双子の弟、フールド・エスティアについて話し始めた。
※
この時エイドは知らなかった。この時点で中級魔法が使えていたのは初級魔術師の中でフールドだけであり、このレベルの水球を打てるのは中級魔術師の中でもあと一歩で高級魔術師に上がるという者たちのレベルなのだということに。
そして、食堂という多数の目がある場所で中級魔法を発動したことで、エイドが実力者なのではないかという噂が意図せず広まり始めたのであった。
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