第10話 眠れないの
「…………エイド、ねむれないから、いっしょに寝よ?」
そう言った俺の幼馴染は、いつもの元気も、いつもの威勢も持ち合わせていない代わりに、昔俺があげた人形を持っていた。
「え……と、とりあえずどうぞ」
俺はどうしていいかわからず、とりあえずミディアを部屋の中へと案内する。電気をつけると、ミディアは眩しそうに目を狭めたので、豆電球に切り替えた。
「ありがと、エイド」
ぬいぐるみを離すことなく、ベットに座り込むミディア。
「どういたしまして。で、本当にどうしたんだ?」
からかいに来た可能性もゼロではない。そう思ってミディアに聞くが、頬をぷくりと膨らませた後俺をじっと見てきた。
「もしかして、私がからかいにきたと思ってるの?」
「え、いや、その……」
「…………ほんとーに、眠れなくてきたんだよ……それともミディアと寝るの、いやだった?」
ミディアはベットに座っているせいで、自然と上目遣いで俺に縋るような視線を送ってくる。
なんだこの可愛さ。犯罪的だ。こんな事をされて断れない男、いや、生物はいるのだろうか。
まぁ、最初から断るつもりもなかったのだが。
しかし、今後再び使われたら危ないな、なんてことを考えながら俺もベットに上がって、ミディアが入りやすいように布団を上げる。
「枕は一つしかないよ?」
「うん。大丈夫。ミディアが枕使うから」
なんてことを言いながら俺の枕を奪いとるミディア。ぬいぐるみの代わりに枕を持ってきていればよかった話では? なんて野暮なことは飲飲み込んだ。なんてったって、俺の幼馴染は頭がよわよわなのだから。
※
眩しい光が余すことなく俺の部屋に差し込む。昨日の夜カーテンを閉め忘れたのか。
目覚ましをかって出てくれた太陽さんにお別れするために、俺は起き上がってカーテンを閉めようとするが、体が起き上がらない。まるで人から抱かれているような…………。
「あ」
そういえば、と、カーテンの逆側、重さを感じる方向に寝返りをうつと、鼻先が触れそうなほどの距離にミディアの端正な顔立ちがある。
「んむぅ……あぁ、おはよ、えいどぉー」
俺と目が合い、柔らかな笑顔を浮かべるミディア。もちろんあくびも忘れることなく。
超至近距離でその笑顔はどこぞの王級魔法よりも威力が高い。勝てる気がしない。
「うん、わかったから、とりあえず離してくれないか? 動けないんだよね」
残念なことに体格も、力もあちらの方が数段上、そんな相手に寝ながらでも抱きつかれたら離れられない。それに、起きようとしてからもっと力が入った気すらするし。狩人の本能的な何かなのか?
「うーん、まーだねよーよぉー」
か弱い体をフルに使って何とか抜け出そうとするが、また一段と抱く力が上がった。すでに今の力でも離れられないから、それ以上は本当にやめてくれ。窒息死する。
それともなんだ、六歳にして腹上死させる気か? やめてくれ、一生の恥になっちゃう。
「ミディア、今日は何の日かわかってる?」
「……えぇ。何の......日?」
枕に頭をつけながらキョトンとするミディア。
「はぁ、今日は入学式だ。学校の。魔法学園プリスティアの入学式。わかるかい?」
さすがに頭がよわよわポンコツなミディアでも今の状況を理解したようで、数回まばたきをした後、眠たそうにしていた深緑の瞳をぱっちりと開いた。
「わぁぁぁ、そうだったぁぁ!」
なんて言ってすぐさま俺にしていた拘束を解くミディア。そして、ベットから出ていきなりズボンを履かずに部屋をうろつき始めた。
情報量が多い。
「……何やってるの?」
「えっ、ちょっと、何すればいいんだっけ!?」
相変わらずパンツ一丁のお尻をぷりぷりと降りながら足を止めることなく考えるポンコツ幼馴染。歩いても何も出ませんよ?
ミディアのあまりのポンコツっぷりに俺はため息を付きながらそろそろ俺の身にも(特に下半身)に悪いので、とりあえず冷静にベットの中にあったズボンの残骸をミディアに投げる。
「とりあえずこれを履いて」
運動神経だけは良いミディアは易々とそれをキャッチして素早くズボンを履く。
「で……次は!?」
ズボンを履いても止まらない
「とりあえず止まって。ミディア」
「うんっ!!」
止まっても足上げ行進を続けるバカ。もうこのままでいいや。
「はい、じゃあ、自分の部屋に戻って制服を着ましょー」
「わかったぁ!!」
しっかりと手には人形を持ちながら玄関に向かって歩いて行くミディア。そうそうその調子。
俺もその後ろに着いて、ミディアが玄関のドアをあける。
昨日の夜とは対照的に明るい太陽が入り、廊下の色鮮やかさが際立っている。それに、逆光で見えにくいが人影がいる気が——。
「ミディアさんと、エイドさん……なんで同じ部屋から出てきているのですか?」
そこには、真新しい制服に身を包んだジャスミンの姿があった。
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