第8話 大事
真っ赤に腫れあがっていた頬も、いつの間にか赤みが引いていて、いつも通りのミディアの顔だった。
寝ているミディアの頬に触れる。白くて、柔らかくて、サラサラとしている。
その頬の暖かさが、俺をどこか安心させる。
「んぁ? ……エイ、ド?」
「……ミディア。おはよう。どこか痛んだりはしてない?」
「……うん。だいじょうぶ」
とはいっても、先ほどまでの記憶はやはり残っているのであろう。無意識的にか、細く、今にも折れそうな指で自分の頬をさすっていた。
「私、確か、殴られて……」
「あぁ、大丈夫だよ。何も心配しなくても」
あいつの顔が、鮮明に頭に残っているあの憎い顔がフラッシュバックする。サイフォン・エスティア。絶対に忘れない。いつかこの借りは返してやる。
「そっか。また、エイドがやってくれたんだよね。色々と」
「…………いいや、今回は、俺は、何も」
悔しい。ただただ悔しい。あの場面で、俺の経験値で何ができていたというのか。だけど、そう思ってしまったからには、ずっと消えない。
「そんなことないよ、エイド。今だって、エイドは私のそばにいてくれている。私は、それだけで、嬉しいよ」
俺もだよ。なんて言葉は寸でのところで飲み込んだ。
気も体も強い俺の幼馴染も、今だけは弱弱しく見えてしまう。いや、弱いのだ。根本は、ミディアも。もちろん俺も。
だけど、こんなミディアは好きじゃない。俺はミディアの、元気で、気が強くて、馬鹿なところが好きなんだ。
もう二度と。こんな事は起こさせない。
たった一人の、家族を失いたくはないから。
※
「よし。そろそろ行こうか」
俺はミディアの手を引いて医務室を出る。ミディアはそこそこ長い時間ベットで寝ていたせいで、寝癖がぴょこんと跳ねているが本人は気にしていないようなので、あえて俺も口は出さない。
外は、もう薄暗さを醸し出していて、どこか不気味だ。
「ミディアさん。エイド君。初っ端から災難だったね」
医務室を出て、少し廊下を歩いたところで、突然目の前に現れたそのナイスボディ。少し上を見上げると、先ほど見たばかりの試験官のお姉さん。
「……試験官の、お姉さん?」
ぽけーっとしたミディアの言葉。その言葉をノンノンノン、なんて若い動きをしながら人差し指をメトロノームのようにふっているお姉さん。
「改めまして。私は、魔法学園プリスティアの教師。グリア・ボルキィ、そして、今年度の初級魔術講師ですっ! 要するに、あなたたちの担任よ! 宜しくね!」
元気いっぱいで、わずかに緊張した面持ちのお姉さん、もといグリア先生。なんとも言えないようにも感じたが、横にいるバカはそうでもなかったらしい。というか、試験官だった時はこんなに元気じゃなかったが、きっと集中していたのだろう。
「えぇ!! ミディアたちの先生だったのー! 宜しくねっ! せんせっ!!!」
辺りはもう薄暗いはずなのに、なぜか昼間になったのかと錯覚するほどに一瞬明るくなった。
「う、うん! ミディアちゃん、頑張ろうねっ!!」
「うんっ!!」
ミディアはいつもの感じを取り戻したようで何よりだ。
先生には感謝しないとな。俺とミディアに今、一番足りなかったものを運んできてくれた。
「ありがとうございます。グリア先生」
「いいえっ!」
ミディアに負けないくらいに明るい笑顔を返してくれたグリア先生。きっと、先生も貴族なんだろうけれど、こういう人がいるって分かれば、幾分気が楽だ。
「ねぇ、先生?」
「なあに? ミディアちゃん」
元気を取り戻したミディアは、ふと疑問府を頭の上に浮かべ、先生に問う。
「なんで先生がここにいるの?」
「あ、そうだった」
重大なことを思い出したようで、左の手のひらを右手の拳でポンっとトンカチのように叩き、膝を曲げる。そして、視線が同じ高さになり、目が合うのと同時に、豊満なたわわもシャツからはみ出さんとしている。
「ねぇ、二人とも。受付のおばさんに、箱を渡されなかったかしら?」
「ん?」と首をかしげるミディアを尻目に、俺は懐から二つの箱を取り出す。
「ミディアの分は俺が保管していました。はい、これ」
「あ、ありがとエイド」
「よし、二人とも大丈夫ね。それは魔法学園プリスティアの寮の鍵だから、大切に扱う事。いいかしら?」
「「はーい」」
「よし、じゃあさっそく寮まで案内するわ。ついてきてねー!」
元気よく先頭を行くグリア先生とミディア。俺は元気になったミディアの背中を追った。
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