第6話 おい糞野郎


「…………なんだクソガキ。まぐれで貧民街から抜け出せた貴様如きが俺に話しかけるとは、よっぽどのことでなければ殺すぞ」


 いつもなら、殺す、という単語に込められたその圧だけでも逃げてしまいそうになるのに、何もしていない幼馴染を殴った挙句、何の問題もないといったこいつが憎い。そう思う気持ちだけが俺の心を支配している。


「なんで急に俺のミディアを殴った」


 唯一の憎しみに染まらなかったわずかな心がその質問を吐き出す。


「はっ、そんなもの決まっているだろう。汚らしいお前らが俺とジャスミンに近づくからだろう」


 そうか。


「お前は一度死ね」


 この後のことなんかどうでもいい。今はただただこいつが憎い。唯一の俺の家族であり、幼馴染であり、俺の大切な人を殴ったこいつが。


「貴様っ、俺にそんな言葉を吐けばどうなるかわかっているよな?」


 巨漢の男は徐に手を挙げ、文を唱える。


「我が天命に預かりし神力よ。内なる炎に宿したまえ。王級魔法『地獄の業火フレイムオブヘル』」


 王級魔法。上から二番目の選ばれし者にしか使いこなせない領域の魔法。さすが、エスティアの一族に名を連ねる者。


 だが、そんなこと知ったことか。


 ———イメージしろ。


「内なる水よ」


 水に


「内なる灼熱よ」


 とびっきりの『熱』をぶつける。


「爆ぜろ。混合魔法 水——」


「そこまで」


 そう声を掛けられた途端に、胸の内に重くのしかかっていた魔力が飛び、軽くなる。それと同時に巨漢の男が目の前でため込んでいた灼熱の玉もいつの間にか姿を消している


「……ちっ、じじい。邪魔するな、消すぞ」


「ふぉっふぉっ。まだそんなことできまい。いくら背伸びしてもお前はまだ儂には勝てん。それにしてもエスティア。やってくれたのぉ」


 白髪を腰まで垂らし、杖をついて歩いている老人。一見、ただのよぼよぼなおじいさんにしか見えないが、確かに今、このおじいさんに魔力を消された。どうやったかは、真理がなんとなく教えてはくれたが、理解はできん。


「けっ、なんだ。気分が悪い。帰るぞジャスミン」


「は、はいお父様」


 あぁ、やっぱりジャスミンの父さんだったのか。そう知っても尚、憎いことには変わりはないが。


「あっ」


 俺が駆けつけるよりも先に、どうやったのか一番遠い場所にいた白髪を垂らしたおじいさんが今はミディアの真横で腰をおろし、怪しげな白い光をミディアに向けている。


「ちょっと、何してるんですか」


「あぁ、これは光の高級魔法、ヒールという魔法じゃから、安心せい」


「あぁ、そうですか」


 真理もそういうようなことを言ってるからきっと大丈夫なのだろう。だが、それよりも。


「ミディアは、この子は大丈夫ですか?」


「あぁ、大丈夫。少し気を失ってるだけじゃ。それにしても、いきなり災難だったな」


「はぁ、あれは、誰なんですか?」


 と、なんとなしに察することが出来る質問を白髪のおじいさんに問う。


「ふぉっふぉっ。この儂よりも気になるか。まぁ、よい。あやつはこの国の随一の貴族、エスティア一族の主、サイフォン・エスティアじゃ」


 やはり、か。ジャスミンの隣にいたことでなんとなしにそうとは思っていたけど。


「やっぱり強いんですか? あいつ」


「ふぉふぉふぉ。曲がりなりにもエスティア家の当主じゃ。それだけは言っておこう」


「そうですか。でも、エスティア家とか、当主とかそんなものどうだっていいですよ。だって俺は——……いや、なんでもないです」


「しかし、もうサイフォンをあいつ呼ばわりするか、お主よ。面白い。名前は」


「……俺の名前はエイド。エイド・ルイフェンです」


「…………ふぉーん」


 自慢なのかは知らないが立派な長い白髭をさするおじいさん。


 なぜかはわからないけれど、先ほどまで荒ぶっていた気持ちもどこか落ち着いてきた。そのせいか、今まで頭に浮かばなかったことも少しづつ浮かんでくる。


「……ところで、おじいさんって、誰?」


「……えっ、儂のことしらんの?」


「えっ、あっ、はい」


「…………儂、一応この学園の学園長なのじゃが」


「…………へ?」


 どうやらいつの間にか本格的に入学デビュー失敗してしまっていたようだ。

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