第4話 伝説の友人
俺が4、5倍の身長になっても余裕で通り抜けられそうな入口を抜ける。一足踏み入れると、冷たい空気がひゅん、と頬を掠めた。
一言で表すのなら『神聖』。天井は空高く吹き抜け、上階から何人かが顔をのぞかせている。そんな空間は、先ほどの適性検査をしていた丘辺りよりかは幾分少ないが、十分混雑と表現できるくらいの人で埋まっている。
「ちょっと少なくなったと思ったら、またすぐ多くなっちゃったね」
「そうだね」
俺は無気力に相槌を打ちながらぼーっと前を見る。
「ほんと、おおいですよね」
なんて使い慣れていなさそうな敬語で隣の少し背の高い女の子が俺とミディアに向かって話しかけてくる。
「え」
雑多の中の一人、俺の真横に位置する、黒髪ロングの美少女が俺とミディアの方をクリっとした目で見ていた。いや、俺と同い年だから美幼女でもいいのか。
「どうも。私の名前はジャスミン・エスティアです。よろしくお願いします!」
ジャスミン・エスティアと名乗る女の子は両腕を俺とミディアの前に差し出す。なぜか隣にいる美少女が喋ってから周りからの視線が多くなってきたような気がする。
でも、確か、エスティアって……。
「どーも! 宜しくねっ! ジャスミンちゃんっ!」
ミディアは満面の笑みを浮かべながら握手に答える。
とりあえず先ほどの引っかかりを払う前に、俺もミディアのように握手に答え、存分に美幼女の手を味わう。美幼女の手おいちい。
そして、引っかかりを払うために俺は口を開く。
「もしかして、エスティアって、この国随一の貴族、エスティア家、なのか?」
どこか誇りを持つような態度、それに『エスティア』という家名。それに真理越しに感じる強い魔力。
エスティアと目が合い、彼女は不思議そうに目をパチクリさせる。
「……すごいですね。その年なのに、エスティア家がわかるって」
やっぱりか。流し込まれた一般常識の中にエスティア家の名前があったような気がした。そんじょそこらの貴族ならばわからなかったが、エスティア家は国を代表する名家なのだ。
「あぁ、知ってて当たり前だと思うんだけど……?」
「…………まぁ、それもそうですね。さすがに、ですよね」
先ほどまでどこからかにじみ出ていたオーラがどこか消えてしまったような気がした。実際どこかしゅんとしているようにも見えるし。
「もしかして、あんまり名前、出さないほうが良かったか?」
「…………どちらでも、いいですよ」
やはり先ほどのような元気はなかった。
※
「あっ! ジャスミン! エイド! 順番が来たよ!」
先ほどから俺抜きで二人は仲良くなり、入学手続きの順番が来るまできゃいきゃいしていた。
尊かったです。
「ジャスミンちゃん先どーぞ!」
そういいながらミディアはジャスミンと目を合わせる。それに呼応するようにジャスミンも頷く。
「はい、では行って来ます!」
そういって長く綺麗な黒髪を靡かせながら2、3歩前の机に向かうジャスミン。ミディアはそれを朗らかな笑みで手を振りながら送っている。
「……なぁミディア」
「ん? なにー?」
「ジャスミン、どんな子だった?」
「え? ふつうにいい子だったよ?」
ショートカットを右に偏らせながら頭を不思議そうにコクリと傾ける。
「じゃあ、エスティア家って、知ってる?」
毎度毎度、『エスティア』という名前を出すと、周りから強い視線を向けられる。なんだ? 名前を言ってはいけない系なんか? どこぞのラスボスか。
ミディアは真顔で数秒俺を見つめた後、ぽけーっと口を開ける。
「え、しらなーい」
ですよね。この幼馴染はコミュ力強いし、体も強いけど、頭だけはよわよわだからなぁ。でも、さっきの反応的に俺やミディアの歳なら知らないのが普通なのだろう。
そっか、と俺はミディアに返し、特にすることもないのでジャスミンと教師らしき人の会話を盗み聞きすることにした。どういう人か知るのも大切だし。多分。
「——スミン——さんですね——。えーと、四——で、間違いないで——?」
「はい」
少し受付の人の方が遠いせいで、声が途切れ途切れなのだが…………四属性って言わなかった? え?
「では————で、————ということで————すね」
「はい」
少しして、何枚かの書類と、箱をもらってから踵を返してこちらに戻ってくるジャスミン。
「ただいまです」
先ほどまでの暗さはなく、至って普通のジャスミンに戻っていた。普通といっても先ほどあったばかりだが。
それにしても。
「ねぇ、ジャスミン。俺の聞き間違いかもしれないから、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「魔法適正、いくつ持ってる?」
「…………四つです」
と、言った途端、ジャスミンはハッ、として突然に先ほどの威勢を取り戻したかのように胸を張る。
「そっ、そうなんです! 私四つも魔法適正をもってたんです!! 忘れてましたわ!」
…………えぇ?
「そうでした! 私、伝説なんです!」
もはやブリッジをできてしまいそうな程に胸をそらすジャスミン。
もしかしなくても俺は、なんだかめんどくさい人と絡んでしまったのかもしれない。
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