第42話 磯風君はラムネ瓶の中
「お兄ちゃん? 大丈夫?」
「う、ん?」
目を覚ますと目の前に陽葵の顔があった。ここはまたテントの中?
「陽葵?」
「良かったぁ♪ お兄ちゃんが目を覚ましたぁ♪」
どうも俺は陽葵に膝枕されているようだ。
陽葵の顔が大きな胸で少し遮られてる。
水着の女の子の膝枕__また夢?
そう思ったが頭はクリアーだ。陽葵のこの角度からの胸の記憶を良く刻み込んでおこう。
「お兄ちゃん。熱中症だったかもよ。救急車呼ぼうかと迷った位__」
陽葵はうちわで俺をあおいでいてくれた。
少し体を動かすと頭から氷の入ったビニール袋が落ちた。
「お兄ちゃん、お水飲んだ方がいいよ」
そう言って傍からよく冷えたラムネの瓶を取り出す。
「ん、ん」
陽葵はラムネを口に含むと口移しでラムネを飲ましてくれた。
清涼感ある液体が喉を満たしてくれる。
「ん、んぐッ」
俺はゴクゴクとラムネを飲んだ。
「あー生き返ったぁー」
俺はすっかり脳がクリアーになった。曖昧でボーとなってた記憶がハッキリする。
「そっか、俺、冬月さんにスイカぶつけられて__」
「うん? 違うよ。磯の近くにアリーさんとボートでやっとこさ岸に辿りついたんだよ。お兄ちゃん、調子に乗りすぎだよ。ボートで沖合まで行くなんてぇ、危なかったよ」
そうか__俺、アリーさんとボートで__。
「ふあッ!?」
「どうしたの? お兄ちゃん?」
「い、いや」
スイカぶつけられた後のことリアル? 俺、冬月さんの水着を脱がして__アリーさんの胸をむんずと掴んだような気がする__夢と思って__あれやったの俺?
思わす冷や汗が出る。本当なら陽葵に軽蔑される。アリーさんや冬月さんにも__。
「もうちょっとポカリとかも飲んどこ、お兄ちゃん、顔がまだ赤いよ」
「__ああ」
俺は呆然としていたが__あれはやっぱり夢だったと__そう信じることにした。
なかったことにしよ。
☆☆☆
「お兄ちゃんが復活したよー!」
陽葵が大きな声でみんなに向かって声を上げた。
そっか、俺は合宿に来てたんだ。
やべ、何時間経ってるんだ?
俺がテントを出ると既に空は夕暮れで夕日が差し込んでいた。
「磯風君! 良かったぁ! 危うく私が保護責任を問われるとこだったぁ!」
「ちびはるちゃん。もう大丈夫ですよ!」
大丈夫は大丈夫だけど真っ先に自分の保身考えるとか__この先生酷い。
まあ、俺が悪いからしょうがないけど。
「先生奮発したのよー! みんなで花火しよぉ!」
そう言ってちびはるちゃんは小さな体でたくさんの花火を抱えていた。
「やったー! 先生― 太っ腹ぁー」
「ふふ、大人の経済力を舐めちゃダメよ」
「先生、本当にそんなにたくさん? 大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっと毎日のビールを10日ほど我慢すればいいだけだし」
「よっし、じゃ、みんなで花火大会な!」
「うん、いっくん♪」
「ん? いっくん?」
アリーさんが秋月とちびはるちゃんのやり取りを聞いて、んん? となる。
「アリーさん、早く花火しようよ。俺、打ち上げ花火やる」
「うん。私、磯風の手伝いするぞ!」
すかさずフォロー。
パアーン パパーン
小さいけど10連発の打ち上げ花火が上がる。
もう夕闇はふけて薄暗い中の花火はとても綺麗だ。
シュルシュルシュルシュル
走り回る花火。
追いかけ回される陽葵や冬月さん。
二人で線香花火をする秋月とちびはるちゃん。
「ねえ、磯風?」
「何? アリーさん?」
「今日はなんであんなに大胆だったの? その__私の胸を__」
あれ、やっぱり夢じゃなかったの?
「い、いや、俺どうも暑さでおかしかったみたいで、その」
「それで、私の水着返してくれなくて__胸を鷲掴みにしたの?」
「う、うん」
した。
「ちぇッ 惜しかったなぁ。そのままの勢いで押し倒されそうな勢いだったのに」
「その時は今頃太平洋を彷徨ってたよ」
「__私はそれでも良かったなー」
「ごめん。アリーさん。俺__変なことしちゃったけど、陽葵が一番なんだ」
「__そっか」
アリーさんに悪いことした。でも、そうすると冬月さんのも現実?
自分のしたことも信じられないけど、冬月さんが応えたことも信じられない。
冬月さんは3年も付き合いのある友達だ__その友達に__俺は__。
「手持ち花火しよ」
「ああ」
二人でシューと激しめの火花が出る花火を見ながら俺はアリーさんの方を見る。
金髪の綺麗な顔が目に入る。アリーさんは物憂げだった。
花火に勢いがなくなるとシュワシュワと独特の音を立てて色とりどりの火花が砂浜に落ちる。
「綺麗だね」
「__アリーさんも」
「止めてよ」
「ごめん」
俺は何やってんだろう?
「磯風、私とばかり花火やってないで陽葵ちゃんと線香花火でもして来たら?」
「ああ、そうする」
さっきからチロチロと俺たちの方を陽葵が見てた。心配なんだろう。
俺、今日アリーさんと二人だけでボートで海に漕ぎ出したし。
彼氏失格だ。
「陽葵ぃ! 線香花火やろぉ!」
「うん、お兄ちゃん、やろぉ!」
子供のように俺の元に走って来た陽葵は子供の頃の陽葵だった。
ぼんやりした記憶だけど、陽葵はいつも俺たちの後をくっついて来た。
元気よく、走っている記憶が蘇って来る。
「火をつけるね」
「お願い。お兄ちゃん」
陽葵の花火に着火マンで火をつけるとパチパチと音が聞こえ始めた。
自分のにも火をつける。
線香花火の余韻はいいな。ぷっくりと膨らんだ火の玉からパチパチと火花が飛ぶ。
そして段々火花が小さくなっていって、ポトリと落ちた。
「終わっちゃたね」
「ああ」
夏の合宿の遊ぶ時間も終わりだ。
「そろそろ火を落とすわよ。みんな片付け始めて」
「はーい」
陽葵が元気よく答える。
「じゃ片付けるかぁ」
そう言って俺は傍の空のラムネ瓶をゴミ袋に入れた。
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