第36話 冬月さん、しっかり者に見えて実は意外と痛い人

「えへ、えへ、えへッ」


私は今日の進展にめちゃめちゃ興奮していた。


「磯風の腕に手を絡ませちゃったぁ♡」


3年も患った恋に初めて進展があった。


私は今日の進展に思わずギュッと拳を握りしめる。


「こ、これで一気に仲が進展するかもぉ! ハッ!」


私達はもう高校生。男女の仲と言えば__セ、セ、セックス!


磯風が望めば当然__私は__。


いや、むしろ抱いてぇ!


磯風の赤ちゃんが欲しい、磯風の赤ちゃんが欲しい、磯風の赤ちゃんが欲しい。


私の頭には磯風に押し倒される自分が妄想できた。


「もう、次の危険日はいつかな?」


私はめちゃめちゃ危険な日に磯風とロマンチックな二人の夜を迎えたいと妄想していた。


「へ、へ、へ、えへへへっへへッ」


私は最近の収穫物、磯風の最高にカッコいい時の写真を眺めて思わず涎を垂らした。


ただでもカッコいいのに、ビジュアルまでこんなにカッコいいなんてぇ!


「私、いっちゃう!」


「五月蝿いぞ! 冬月ぃ!」


「秋月こそ五月蝿い!」


「お前、ファンの奴らのこと考えて少しは自重しろ!」


ファン? 付き合う気のないファンのことなんて何を気にする必要ある?


私は窓を開けるとすぐ隣が秋月の部屋というベタなシチュに嫌気がさした。


「ちょっとは静かにしてよ! 妄想に没頭できないでしょ?」


ガンガンガンガンッ!


秋月の部屋の窓を蹴っとく。


「みんなお前の正体知ったらさぞかしガッカリするぞ?」


「私は磯風だけに好かれたらいいの?」


「お前__まだ諦めてないのか?」


「あったり前でしょ?」


そう、磯風には彼女がいる。義理の妹ちゃんと同棲してる。


__だから__脅せばイチコロね?


後は__赤ちゃんを作った者勝ち__。


「ふ、ふっふっふっ、ふふふふふふふ」


「気持ち悪い笑いするなぁ!」


なんだと? 乙女の微笑が気持ち悪いだと?


秋月のことは思考の外の方やっといて__。


私は部屋中の磯風を眺めて一人ニマニマする。


3年かけて撮り溜めた磯風の写真だ。部屋中に貼ってある。100枚はあるか。


最近、アリーさんとデートした時に激写したベンチでの超絶イケメン写真がコレクションにラインナップされたけど、それは特大サイズにしてある。


「磯風、ちゅっ♡」


今でも鮮明に思い出す磯風との出会い。


あれは私がまだ中学の2年の時だった。私は珍しく秋月と一緒じゃなかった。


そしてでくわしてしまった__怖い犬と__。


その犬は中型犬だったけど、怖い。そもそも野犬だろう。怖いなんてもんじゃない。


「ぐるっううううううッ」


口から涎を垂らし、こちらを睨んでいた。


今時野犬なんて__私の恐怖はかなりのものだった。


だからだろうか__愚かな行動をとってしまった。私は踵を返して逃げてしまった。


それが大抵の動物には危険な行動と知っていながら、私は恐怖に勝てなかった。


当然、野犬は私を追って来た!


「た、助けてぇ!」


恐怖で涙が出る。なんでこんな時に秋月はいないの!


秋月のせいでもないのに秋月を心の中で罵倒する。


その時。


「今のうちに逃げろ!」


そう言って私の前に現れた少年。それが磯風だった。


磯風は私と野犬の間に入って、通せんぼしていた。


「で、でも君を残して行けないよ?」


「いいから逃げろ! 女の子を守るのは男の務めだ!」


「は、はい♡」


私が恋に落ちたのは想像し易いだろう。誰だ? 私のことチョロいと言ったの?


その場を一旦逃げたが、5分ほどすると男の子の同級生達に会った。


私は事情を説明して、現場に向かった。


男の子達は三人もいる。野犬も逃げるだろう。だが。


「きゃあああああ!」


路地の角を曲がって私の目に入ったものは腕から血を流している磯風だった。


「心配しなくてもいいよ。ちょっと噛まれただけだから」


磯風はそう言った。でも、血の量はかなりのものだった。


大したものであるに決まっていた。


結局お礼を言って、名前と住所を聞いてその場を離れた。


磯風はいざとなると男気がある。それに気がついたのはこの時だ。


その後、同じ中学だとわかって磯風を目で追うことが多くなったが__。


体育の時間、サッカーで自分を犠牲にして守備をする。


磯風の良さがドンドン分かってきた。


目立たなくても、犠牲的でもみんなのために頑張る磯風がとてもかっこよく思えた。


中学の時にバスケ部で身長が伸びなくて落ちこぼれても必死に自主練する姿に心を打たれた。


何しろ私は運動神経いいし、勉強は秋月が教えてくれるから、磯風は新鮮だった。


そして極め付けは勉強だった。


何と磯風は持ち前の努力で模試学年3位の成績を残した。


ますます惚れた。その頃から秋月を利用して磯風に近づいたけど、磯風の努力家ぶりには舌を巻いた。その上、努力家ゆえ、私達がぼんやりと理解しているところを論理的に理解していて、その説明は簡単で理解し易い。


私が当時つきあっていた秋月と別れを告げたのはこの頃だった。


秋月も私とは違和感を覚えていたようだ。私もそう。


二人はお互い周りにはやし立てられて付き合いだした。自発的なものじゃない。


幼馴染というシュチュ萌えで無理やりカップルにさせられたのだ。


だから最初は手を繋いでみようとか、キスしてみようとか努力したけど、どうも何か弟とふざけてるとしか思えない。


それに引き換え磯風にはドキドキしっぱなしだった。


秋月も同じようで、他の子と交際を始めた。


知っている人は少ないだろう。何しろほとんどの人が私と秋月は恋人同士と信じて疑ってくれない。


秋月は私が原因で恋人と別れた。彼女は私に嫉妬したのだ。


だからといって、秋月とは離れがたい腐れ縁だった。


『でも、磯風は秋月という幼馴染のコブ付きでも構わないと言ってくれた♡』


写真の磯風にキスをすると、今度はいつものルーティンに入る。


「まずは間接キスからね♡」


中学の時、こっそり磯風からくすねたアルトリコーダーを秘密の磯風グッズ金庫から出すと、私はそのリコーダーの口に。


「カプ」


そっと唇を寄せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る