第35話 俺君、ややこしくした過去の自分にキレそう

俺と陽葵は一緒に帰った。長門には土下座して謝った。


まあ、長門はあの後、アリーさんとデートしてもらう約束らしいからご褒美あるけど殴ったことには素直に侘びた。


「ねえ、お兄ちゃん。ごめんね__こんな試すようなことして」


「いや、俺の方が悪い。アリーさんの言う通りだ。俺は優柔不断だった」


「でも、お兄ちゃんから告白してくれて嬉しかったよ。だから今日は__イチャイチャしようね♪」


すっかりいつもの陽葵に戻った。良かった。俺の中にあった罪悪感や背徳感は今はすっきりと無くなった。


「俺も一番大好きな陽葵とイチャイチャしたい!」


☆☆☆


帰った俺たちは散々イチャイチャした。エッチなやつじゃなくて初々しいバカップルみたいなやつだった。


俺は最初から彼氏彼女の関係を再構築しようと思った。お互い一番の彼氏彼女として。


だが、俺は部室に来たアリーさんから聞いたことで過去の自分の軽率な行動を呪った。


事態はこれっぽっちも解決なんてしていないことに__この時の俺は知らなかった。


「今日は陽葵ちゃんは来ないわよ。今日は私の日だから__」


「私の日って? 一体何を?」


「その前にね__磯風に思い出して欲しいの__陽葵ちゃんから預かってきたわ」


そう言ってアリーさんは釘バットを取り出した。


どこに持ってたの? 今まで?


「磯風が子供の頃の私達の思い出を忘れた原因はわかった。でも、薄情な磯風でもこれで殴れば思い出すんじゃないかなと思ってね?」


そう言うとアリーさんは有無を言わさず俺を殴った。


いや、この子ほんとはふられた腹いせに俺を殺害する気じゃ__と思ったけど違った。


「思い出した?」


「何を?」


俺はさっぱり何のことかわからなかった。


「じゃあ、私の幼馴染の話、覚えてる? あれは磯風への当てつけよ。磯風が悪びれもしないから、ほんとむかついたぞ」


「幼馴染の話って? あの長門にふられた時の話か?」


あれ? なんかすごくおかしい。長門はアリーさんに惚れてると言った。


どうなってんだ? これ?


「長門君は別に私の幼馴染でもなんでもないわよ。ただ言い寄って来て私にまとわりついていただけよ。みんな勘違いしてたみたいだけど、デートだって一回もしたことないぞ」


「じゃ、その幼馴染って一体?」


アリーさんは幼馴染の長門にフラれたんじゃないのか?


どう言うことだ?


「あの時、長門君は私がなびかないから、もうつきまとわないと別にどうでもいいことをわざわざ話してくれてね__わざわざ新しくできた恋人を紹介してくれたのよ。私、フラれたばかりであの無神経さには涙が出たわよ」


「あ、あの__アリーさんは一体誰にフラれたの?」


俺は疑問をぶつけたけど、アリーさんは俺を睨む。


「磯風よぉ!」


「はあ? 俺がぁ? いつ?」


俺は訳がわからなくなった。


「いつって、海で陽葵ちゃんと何してたの? 丸見えだったわよ!」


「えっ? でもそもそも俺って別にアリーさんと付き合っていた訳じゃないし__」


言い淀むが、アリーさんはギッと俺を見て。


「磯風は薄情にも小学生の頃のことを__幼馴染の私達のことを忘れてくれちゃてくれた訳だけど、私にはとても大切な宝物のような思い出なのよ。どうももう一発必要ね」


「い、いや、ちょっと、ちょっと待とうよ!」


ゴン


アリーさんは待ってくれなかったが、俺はクラクラする頭に過去の思い出が蘇って来た。


『僕、アリーちゃんと陽葵ちゃんをお嫁さんにする! 』


『絶対だよ。朝陽君、絶対アリーと陽葵ちゃんをお嫁さんにしてね♪』


『お兄ちゃんは絶対陽葵とアリーちゃんをお嫁さんにするんだよ!』


子供の頃に交わした約束を思い出した。


「え? アリーさんをふった幼馴染って?」


「陽葵ちゃんのでっかい胸を揉んでた磯風よね?」


「み、見てたの?」


「ええ、嬉しそうにモミモミ揉んでるとこ、殺意が湧いたわよ! なんで私の胸は揉んでくれないの? 小さいから? そうよね? どうせ陽葵ちゃんみたいじゃないもんねぇ!」


「い、いや、ちょっと待とうよ!」


俺は思い出した。無くしていた小学生の頃の記憶。


俺は小学生の3年生までこの街で暮らしていた。


だけど4年生の頃に親父の転勤で他県に転校した。


そして6年生の時、お母さんが倒れて亡くなった。


お葬式の後、泣きじゃくった俺はそのまま雨の中を外に出て__そして高熱を出した。


俺の小学生6年以前の記憶はほとんど無くなった。


医者の話では__お母さんが亡くなったことが影響したのかもしれないと言われた。


確かにお母さんの記憶を失くした代わりに俺は元気になった。


「お、俺__」


俺は涙を流していた。蘇った記憶。それは大事なお母さんの記憶と__大切な友達の記憶。


そう、陽葵とアリーさんは俺の友達だった。幼馴染というやつかもしれない。


そして俺は陽葵ちゃんとアリーちゃんのことを忘れてずっと中学生から生きてきた。


「思い出した?」


「__ああ、思い出した」


「じゃあ、わかってるわよね?」


「一体何を?」


「約束を守るのよ__私をお嫁さんにして__中学になって戻って来たのに私のこと見てるだけで近づいて来ないし、コイツ何やってんの? って思ったら、いつの間にか陽葵ちゃんとだけ親しくなって、恋人になってるとかおかしいでしょ? 私はだめなの? 」


「いや、だから俺は__陽葵が一番好きなんだ__」


そう約束したのは二人、でも選べるのは一人、子供の頃は知らなかった、でも。


「磯風は約束したでしょ? 二人をお嫁さんにするって__でも一番は陽葵ちゃんなのね?」


「ごめん、アリーさん。俺は陽葵 が一番なんだ、それでいい?」


「それは磯風が決めることだから」


そういってアリーさんは目を伏せた。

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