第16話 俺君、天使様と餃子屋に行って愚痴を聞く事になった

俺、おかしいことしてないよな?


まあ、天使様は意外に俺が強いから驚いたんだろう。


子供の頃からボッチだったから親父に柔道仕込まれていて。


まあ、そんなことより。


俺は陽葵を目で探した。すると路地裏の角からサムズアップを見せると微笑んで去って行った。


違う。陽葵違うんだ。俺はそう叫びたかったが、陽葵は行ってしまった。


心なしか、陽葵は目に涙を浮かべていたように思える。


すかさずスマホにメッセが入る。


「お兄ちゃん。頑張って! 今日は友達の家に泊まってくるね」


陽葵は気を回し過ぎだ! いきなり家に連れ込む訳ないだろ!


そもそも俺は陽葵に告白しようとしていたのに__。


間の悪い自分に嫌気がさすが、天使様に罪がある訳もなく__。


俺は目の前で怯えている天使様の傍に近づく。


「大丈夫?」


「う、うん__助けてくれてありがとう」


天使様は怯えてはいたものの、何とか返事をしてくれた。


俺のことは怖くはないみたいだ。


「酷い目にあったな。あんなガラの悪いヤツらに絡まれて」


「う、うん……でも、私思うんだ。きっと何か事情があったんだよ。根っから悪い人たちなんていないと思う。でも、さっきはちょっと困ったな……はは」


この天使様はガラの悪いヤツですら根っからの悪人ではないと信じている?


今も怯えて震えている癖に?


俺はムカついた。そう、この天使様が振られていた時にも感じたこと。


優しい天使様? 嘘だ。そんな人はいない。


断言できる。


何故なら、振られた後、後ろを向いた天使様の顔は天使とは程遠い醜い顔。


情けない、人を恨んでいる顔だった。


この天使様はひたすら自身の心を殺して天使として振舞っているんだろう。


それが悪いことだとは言わない。俺もかつてはそんな天使様に憧れていた。


でも、俺はそんなの嫌だ。俺はかつての憧れは何処へやら。この天使様が嫌になった。


嫌だ、そんな生き方。


「それにしても、磯海強いね? 柔道?」


俺の名前磯風な。


そう言って、天使様は最高の笑顔で俺を見つめる。


何故か雲の切れ目から日が差して照らされた彼女の笑顔はまさしく天使だった。


雲とか天候とかも味方につけるとか、この天使すげぇな。


「えっと、中学の頃に親父に柔道やらされてね。まぁ、とにかく無事でよかったな。気を付けて帰れよな。じゃ、ここで」


そう言って、俺は天使様と別れて帰ろうとする。


だけど。


「ま、待って磯野!」


すると、天使様が立ち去ろうとする俺の腕を掴んできた。


だから俺の名前磯風ね。


「あ、あのね! 助けてくれたお礼をさせて欲しい__」


「はあっ……?」


俺は思わずため息が出た。


お礼がしたいだって?


天使様は勘違いをしている。


俺が天使様を助けたのは彼女の涙もあるけど、陽葵に呼び出されて頼まれたようなものだからだ。そうじゃなきゃ警察に通報して終わりだった。


俺は天使様みたいな聖人君子には共感できない。


今の俺は天使様のお礼には全く興味がない。


それに何より、俺は————。


陽葵のことが好きだ。


そして、この天使様のことは__今は__嫌いだ。


「あのな、天津風さん。俺はお前のことが嫌いだ。みんなの顔色ばかり伺って、いい子に徹してるお前を見ていると腹が立つんだ。———お前は、さっき振られた時にあんなに相手のこと気遣ったくせに振り返った時のあの顔はなんだ? お前は本当に優しいヤツなだろうな、でも自分の気持ちを殺して人のことを気遣って笑顔でいる天津風が——俺は嫌いだ」


「―――――!!!!」


「俺の一方的な感情だから気にするな。ただ、俺はそう思ったんだ。だから、別に今のことはお礼なんてしなくていい。恩義を感じる必要なんてないから」


俺は天使様に冷たく言い放った。別に天津風さんの生き方にケチをつける気はなかった。


むしろ、天使様の生き方の方が良いことなのかもしれない。


ボッチの俺がリア充の天使様に向かって八つ当たりしただけに過ぎないのかもしれない。


でも、あの屋上で彼女が振られて振り返った時の表情が俺には忘れられない。


悔しかった筈だ。情けなかった筈だ。なのに、相手を祝福して、配慮して……。


その癖振り返った時の表情は醜いモノだった。


天使様はもしかして、人から嫌われたの初めて聞いたとも言わんばかりの表情で俺を見つめていた。


「やっぱり……あの時、屋上にいたの……磯峰だったのね……」


すまん、俺の名前磯風だ。


「言いすぎたよ。すまん。俺はちょっと思うように行かなくて、天津風さんとさっきのヤツラに八つ当たりしただけだ。だからこのことは忘れてくれ」


「私のことが嫌いなの?」


驚いた顔をする天津風。まあ、天使様には新鮮な経験だったのかな。


だが、天使様は意外な提案をしてきた。


「……ねえ、私の愚痴に付き合ってくれない? その代わりに私の本性見せてあげる。それでも私のこと嫌いかどうか教えて、奢るから、どう?」


俺は意外すぎるこの提案にどうしたものかと思案した。


だが、天使様の本性__それに興味が持って行かれた。


どうせ今日は陽葵は家にいないし。


それが俺たちの関係をより複雑にしてしまうことになるなんて、この時はつゆほどにも思っていなかった。

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