第17話 天使様の愚痴はほとんど悪魔級でした
「あのクソ女ぁ!」
俺とアリーさんは近くの神将という餃子で有名な中華のチェーン店に入った。
お冷が出た途端の天津風さんの第一声がこれである。
結局俺は天使様の奢りに付き合うことにした。
天使様の本性をさらけ出した言葉、それなら聞いてみたい。
うわべを飾った言葉じゃなくて、天使様の本音なら。
「でね、彼は私の幼馴染なの。7歳の時、たんぽぽで作った指輪を私の指にはめてくれてね。僕、アリーを必ずお嫁さんにするって……お嫁さんって……」
「ちょ、ちょっと、天津風さん?」
天使様はかなり痛い感じで泣き始めた。
うかつだった。女の子の素の感情なんて俺が聞いていいものじゃなかった。
「……天津風さん、話を聞かせてくれる?」
「あ、ありがとう。ぐすん……磯屑」
だから俺、磯風な。屑は酷すぎん?
「あの子は私の親友なの。だから、二人のことは祝福しなきゃとは思うの……でもね……親友の幼馴染を寝取るとかクソ女よね?」
ふにゃりと天使様の顔が歪む。やだ、この人ちょっと怖い。
訂正。俺は自分の考えを即座に訂正した。
知らない方がいいものもある。
天使様の歪んだ闇堕ちした表情を見て、俺は速攻で自身の考えを改めた。
「彼もね。嘘つきだよね? お嫁さんにするって言ったんだから、これ、もう婚約でしょ? なのに彼女を選ぶとか、酷い不貞だよね?」
いや、7歳の頃の発言とか本気にしちゃ駄目だろ?
天使様はブーと紙ナプキンで鼻を噛むと。
「今日はやけ食いするからね。磯井君、徹底的につきあうんだぞ」
「は、はい」
ホントは嫌って言いたかったけど、そんな空気はない。
天使様の目は闇堕ちしてすわっていた。
やだ、怖いよぉ~。
「餃子定食三人前とシザーサラダ大盛、それと黒烏龍茶をお願いします」
はっ? 餃子定食三人前?
「どうしたの、磯子君? 頼まないの?」
「あ、じゃ、俺も餃子定食で……」
まさかの一人で三人前の爆食いだった。それと俺、磯風な。
天使様はそうそうに来たシザーサラダの大盛を頬ばりながら、なおも愚痴も言い続けた。
「17年も拘った私の存在って何なのかな? 17年だよ?」
「まあ、そうだけど__そんなに食べて大丈夫?」
「へ? なんで? ちゃんと黒烏龍茶飲んでるよ」
黒烏龍茶のCM凄いと思うけど、多分騙されていると思う。
「確かに天津風さんと付き合ってたのに、他に可愛い子がいるからって乗り換えるとかな」
「私と彼って__付き合ってはなかったの__でも__誰が見てもお似合いでしょ?」
天使様がほほ笑む。
だけど、痛い、痛すぎる。
付き合っていた訳ではないらしい。
天使様のほほ笑みが痛々し過ぎる。長門に罪は全くない。
「磯春、ありがとう。もう少しであのクソ女を滅多刺しにするとこだったぞ」
何を殊勝な顔で言ってるのかな? こいつ、ほぼ犯罪者一歩手前だよな?
「わ、私、彼とキスしたことあるんだよ。ファーストキスなんだよ!」
「それ7歳位の時のことじゃないの?」
多分、長門は忘れてると思う、それ、ノーカンだと思う。
後、適当な処で吹っ切らないと、あの二人はこれから大人の階段を駆け足で登って結婚式に呼ばれると思うから、早く心の準備をしておいた方がいいと思う。
「私、フラれちゃったみたい。磯山は相変わらずいい人だぞ」
気が付くといつの間にか来ていた3人前の餃子定食の餃子にグサっと天使様が箸を突き刺すと、またボロボロと泣き始めた。
神将の店員さんのステルス能力すげぇな。
さぞかし、たくさんの修羅場をくぐり抜けてきたに違いない。
「あの、クソ女ぁ!!」
だから親友じゃなかったのか?
「あ、天津風さん、どうどう! 餃子冷めるぞ?」
「う、うん」
ひとしお餃子を血走った目で食べると。
「ねえ、やっぱり男の子って、大きい胸の方が好きなのかな?」
「いや、それは人によってそれぞれだと思うよ」
「あのクソ女のFカップの乳、揉んでるのかなぁ~!!」
「あ~、天津風さん、どうどう、高校生でそこまではないと思うよ」
いや、多分秒で行くな。俺も陽葵の胸揉んだばかりだし、それに時間の問題と思うけど、さすがにこの爆食いの天使様をこれ以上傷つけるほどの度胸はなかった。
「ごめん。取り乱して。磯貝には感謝しかないぞ」
そう言って、ほほ笑む天使様。
それにしても磯の付く姓の語彙力凄いな。
一つもあたらんとこも凄いけど。
天使様は餃子定食3人前を食した後もデザートを3人前ほど頼んで、完食した。
☆☆☆
夏とはいえ、さすがに暗くなってきた。夕焼けの日が天使様にあたって綺麗だ。
「ねえ、磯風? 私と付き合わない? 割り切りで? いい特典あるぞ?」
「ええっ? いや、割り切りでなんてやだよ__」
いや、その表現が嫌。
「わ、私って、そんなに魅力ないのかな? 裏オプもつけるぞ?」
「そ、そんなことはないよ。ただ、割り切りとかはちょっと……」
裏オプとか、この子大丈夫か?
天使様ふっとため息をつくと。
「やっぱり、私みたいなの、魅力ないのね。あの子みたいにおっぱいないし……でも、せめて……せめてあの乳を握り潰したかったな。油圧で」
コイツ、真顔で何言ってるんだ?
この子ヤバ過ぎん?
「でも、私、長門君達といると面倒だから、友達ならどう? ダメかな?」
そう言って、俺の方を上目遣いで見て来る。
そんな目で見られると、さすがに断りにくい。
ちょっと、この天使様に近づくことに俺のアラームが鳴っているが。
「わかったよ。友達なら……」
「あ、ありがとう。仲良くしてね。私のことはアリーと呼んで!」
「アリーさん?」
どこかで聞いたような気がする。
「うん、私ね、親しい人にはアリーって呼んで欲しいぞ♪」
あれ、いつの間にか俺のこと磯風って呼んでるな。
どうも、アリーさんは俺の名前をようやく思い出したらしい。
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