欠けた夜を星屑で繕う
紺藤 香純
第1章 欠けた夜を星屑で繕う
第1話
欠けた夜空を星達が修繕している。
そんな傷心的な比喩をしたくなる、4月2日の夜空を見上げていたときだった。
「久しぶりです。まさ……叔父さん」
『征樹で良いよ。遠慮するな』
透は次の誕生日で32歳。征樹は52歳。父親か兄かの微妙な歳の差だ。父親は早々に他界しひとりっ子の透は、昔から叔父を名前で呼び捨てしていた。
『ところで、今、大丈夫か?』
征樹がそう前向きするのは、頼みごとがあるときだ。
叔父、
透にとって征樹は優しい叔父だ。プライベートに割ける時間が少ないのに、親戚の間で肩身の狭い思いをしていた透を気にかけ、陰口から守ってくれた。母親が他界して失意のどん底にいた透を支えてくれたのも征樹だった。
恩人である征樹の頼みには、できるだけ応えたい。
『
架月。その名を聞いたとき、透は無意識に自分の唇を触っていた。
「良いよ。もちろん」
『本当か? ありがとう。感謝する。詳細は、後でメールするから』
「架月、もう高校生か。
『ああ。俺は逸樹の高校に、来賓として行かなくちゃならないんだ。逸樹には母親がついてくれるが、架月はひとりになってしまうから』
「議員の先生は忙しいな。体を壊すなよ」
『お気遣いありがとう。それと、入学式が終わったら、架月を連れて来てほしい。透と架月と、話したいことがある』
「了解。じゃあ、また」
スマートフォンをタップして、通話を終了する。ウィンドブレーカーのポケットにスマートフォンごと手を突っ込み、気づいた。
入学式は、いつなんだろう。近日だと仕事を休まなくてはならないかもしれない。アルバイトとはいえ、年度始めから何をやっているんだ、俺は。
自分を毒づきながら、自宅敷地内のアトリエの電気をつけた。
アトリエとは名ばかりの、洒落っ気のない小屋。3、4年ほど前からこのアトリエで作陶と金継ぎをしている。
今夜の作業は、金継ぎの仕上げである「磨き」だ。
陶器の皿の割れ目を漆で継ぎ、金粉を付着させる作業はすでに先日すませている。
漆風呂で保管していた陶器を取り出し、漆と金粉で繕った継ぎ目を、メノウ棒でくるくると円を描くように磨く。力は入れない。指一本の重さ、と自分に言い聞かせる。
蛍光灯の明かりを受けて継ぎ目が光ったのを確認すると、透は深く溜息をついた。
集中力の要る作業だ。でも、作業中は時間を忘れて没頭できる。疲れるが、達成感の方が大きい。何より、楽しい。自分はここに居ても良いと言ってもらえる気がする。
作陶は、もちろん好きだ。それと同じくらい、金継ぎも好きだ。一度壊れてしまった陶器は、金継ぎで
もしかしたら、金継ぎに自分を重ねているのかもしれない。一度壊れてしまった自分が、今の生活で繕われ、生かされていることに。
他の陶器も同様に磨き、作陶と金継ぎのスケジュールを確認すると、時刻は午前零時を過ぎていた。
アトリエを出て夜空を仰ぎ、腰のストレッチをする。人気のない山の中だからこそ堂々と体を伸ばし、心の声も漏れてしまった。
「架月、か」
架月とは、何度か会っている。
逸樹が野球部の合宿、且つ母親も合宿に同行することがあった。征樹は仕事が忙しく家に帰れないこともあるため、ひとりになってしまう架月を数日間泊まらせたことがある。
架月は、征樹の養子だ。征樹の息子の逸樹とは同い年で、偶然にも同じ小中学校だった。養子縁組の経緯は不明だが、中学2年生という中途半端な時期に家族に迎え入れられた。
初めて架月に会ったとき、女の子なのかと思ってしまった。黒目がちな瞳に女の子をイメージしてしまったのだ。それを口外する前に、声変わりしたばかりの声で挨拶されたので、男の子だとすぐに気づいた。
架月は自己主張しない大人しい子だった。持ってきた宿題を真面目にこなし、無駄な会話をしない。ただし、透の作品や質素な料理にもこぼれんばかり目を見開いて見つめ、透のアトリエについてきて、読んで良いよ、と渡した雑誌やムック本を
最後に泊まらせたのは、1年前。春休みが終わる直前だった。
架月が帰る前の夜、透には気になることがあった。
夜中に体が重苦しく動かない時間帯があり、金縛りに遭ったのかと思ってしまった。無理矢理動こうとしたとき、口で何かを感じた。布団を舐めてしまったとそのときは思ったが、翌日架月を見送ってから邪推してしまった。あれはキスをされたのではないか。相手は必然的に、架月しかいない。
「架月かー」
溜息と一緒に声も漏れてしまった。
欠けた夜空を星達が修繕している。
初めてそれを言ったのも、架月だった。
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