6撃目
「……ふー、って危な!」
(キナコちゃん……!)
羽白田が投げてきた軽自動車を間一髪、地面に転がってかわしたキナコは、立ち上がりざま息を整えようと試みた。だが、続けて投げ込まれてきた信楽焼の狸に邪魔されてしまう。看板、自転車、バス停、ゴミ箱、柴犬。キナコに向かって投げ込まれる様々な物を、ある物はかわし、ある物は叩き落とす。
そうしている間にも、キナコの息は荒くなり、足元がおぼつかなくなりはじめてくる。
数えられぬほどの修羅場をくぐり抜けてきた武闘派ヤクザと、才能に目覚めたとはいえ、さっきまでは「ふつう」の女子高生だった少女。その差が、段々とあらわになりつつあった。
そしてさらにもう一つ。キナコの才能、金槌で人を殺す才能は、確かに唯一無二のものである。だが、相手が
流れる汗がキナコの目に入る。生まれた死角。そこに飛んできたカジキマグロ。すんでのところでかわす。バランスが崩れる。迫り来る壁。壁? いや、チャンスとみて突っ込んできた羽白田だ。衝撃。後方に跳び、衝撃を逃そうとする。逃し――きれない!
悲鳴をあげる間も無く吹き飛ばされたキナコは、商店街随一の古株である『宮脇金物店』の店先に突っ込んだ。その音と衝撃で、すっかり耳の遠くなった店主の体がかすかに跳ねた。
「うう……痛たた……」
(キ、キナコちゃん! 大丈夫?!)
「ど、どうかな……? なんか、身体中痛くて動けないよ……」
(そんな……!)
口元を手で抑えて震える、脳内の祥子。
――ウソ。祥子ちゃんが、
その
キナコはあわてて立ち上がろうとする。しかし、先ほどまでは自分の思うとおりに、いや、自分が思う以上に動いていた手足が、今はまったく言うことを聞かない。 キナコは持ち上げかけていた頭を後ろに倒す。固い地面の感触がする。
――やっぱり、「ふつう」の私が殺し屋になるなんて、無理だったのかな。祥子ちゃんみたいな「完璧」な子じゃないと、夢も見ちゃいけないってことなのかな。
――そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。
――だけど。
キナコの目尻に、涙らしきものが浮かぶ。金槌を握る指が、少しずつ解けていく。
――ああ、もういいや。痛いし、疲れたし、何も考えたくなくなってきちゃった。なんだか眠くなってきちゃったし、このまま目を閉じて……。
(キナコちゃんの、バカ! 嘘つき!)
脳内に響きわたる、激情のこもった声。キナコの体がびくりと跳ねた。
(キナコちゃん、私を殺したときに言ったよね? どんなことがあっても、私は殺し屋になるって! 自分が夢をかなえることが、心ならずも親友を殺したことへの、最大のつぐないになるって!)
「……え、えっと。うん……うん?」
――言ったかな、そんなこと。どうだっけ? 言ってないような……でも祥子ちゃんがそう言ってるし……いやいや、やっぱり言ってない……うー、でも自信無いなあ。
キナコは右に左に、何度も首をかしげた。その動きで痛みと疲労がほどよくシェイクされ……そうこうしているうちに、いつしかキナコの脳内には
「言った……うん、言ったよ! たしかに、私はそう言った!」
(そうだよ! それなのに!)
キナコの目が、カッと見開いた。
「そうだ、そうだよ! それなのに私は、夢をあきらめようとしてた……一番の親友を殺してまで選んだ道なのに……」
(キナコちゃん……)
「ごめん、祥子ちゃん。私いま、
キナコは歯を食いしばり、上体を起こそうとした。とたんに走る激痛。無視して起きあがろうとするが、なかなか叶わない。
――痛い。苦しい。だけど。
手足をバタつかせる。
――だけど、あきらめるもんか。せっかく見つけた夢なんだ。絶対に、絶対に!
「あきらめる……もんか!」
そのとき、キナコの左手に何が硬いものが触れる感触があった。手触りを確かめる。妙に
「こ、これって……!」
「オイオイどうした、もうおネンネか?」
宮脇金物店にゆっくりと近づきながら、羽白田はそう言った。嘲るような口調とは裏腹に、羽白田の心には油断のかけらも存在していない。
羽白田は武闘派ヤクザ――すなわち、暴力の化身である。彼はその身に秘めた暴力で、今まで数多の障害を砕き、潰し、排除してきた。
その自分の暴力と、金槌一つで渡り合うガキ。
舐めるわけにはいかない。羽白田の獣の勘が、彼にそう告げていた。
「組長! ヤりましたね!」
「おう、柴か。ヤッてねえよ」
息を切らしながら駆け寄ってくる柴を見もせず、羽白田はそう返す。柴はギクリとし、その場に立ち止まった。
「柴よお、他の
瞬間、空気が変わる。
寂れた商店街が、血と硝煙の臭い立ち込める戦場の雰囲気をまとい始める。柴の眼鏡がわずかにずり落ち、羽白田の口元が獣じみて歪む。わずかに離れた場所から様子をうかがっていた黒尽くめの男が、楽しげに口笛を吹いた。
宮脇金物店の薄暗い店の奥から、
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