3撃目
「……ん?」
膝から崩れ落ちた日垣を見下ろしながら、キナコは首をかしげていた。膝を抱える格好でしゃがみ込み、床に倒れて痙攣する日垣の後頭部をじっと見つめる。
「殺しそこなっちゃったみたい。いい手ごたえだったのに」
なんでかな、などとつぶやきながら、キナコは日垣の後頭部に二、三度金槌を振り下ろす。
小気味よい音が立て続けに響く。日垣の体が、こんどこそ完全に動きを止めた。
「うーん……よくわかんないな。祥子ちゃんはどう思う?」
キナコはしゃがんだ体勢のまま、数回金槌を振る。何度か首をひねった後、すっくと立ちあがった。
(これだけ体が大きな人だと、ちょっと勝手が違うのかもしれないね)
「そんなもんかなあ。まあいいや、今後の課題ってことにしよう。それよりも」
キナコは周囲を見回した。
「へー、これが事務所の中なんだ。テレビで見るのとほとんど同じだ。額も飾ってあるし、大きなソファーもある。あ! ガラスの灰皿! あれって人を殴る用のやつだよね」
(痛そう)
「なんだテメェ! 何処のモンだコラァ!」
ヤクザの一人――梶田と言った――がキナコに凄む。
「どこの……モン……?」
キナコは首を捻る。
(多分、キナコちゃんの所属を聞いてるんじゃないかな)
「しょ、所属!? あ……そうか」
キナコの後頭部に電球(※イメージ)が浮かび上がった。
「そう言えば殺し屋って、大体なにかの『組織』に属してるもんだよね」
「ブツブツ呟いてねえで答えろやコラァ!」
「え、ええっと。斎賀東高校2年A組、遠山キナコです」
「……は?」
「おう、そいつぶち殺しちまえ」
聞いたものをすくみ上がらせる声が響く。羽白田だ。
「組長……?」
「いいからやれ。日垣やられてんだぞ」
じゃあ俺が、と言いながらキナコに近寄ってきた一人のヤクザは、名を佐原といった。元格闘家にして生粋のサディストである彼は、同棲していた女をささいなことから瀕死になるまで殴り収監。出所後、羽白田組に拾われて極道の道を歩むことになったという経歴の男である。
「組長、コイツ俺の好きにしていいスか」
「犯すなりなんなり、好きにすりゃいい。とにかく――生かして帰すな」
それを聞いた佐原は、下卑た笑みをキナコに向けた。
「だ、そうだぜお嬢ちゃん。怖いか?」
「オジさん。
キナコから帰ってきた返事は、佐原の想定外のものだった。
「あ? ピストル? 持ってねえよ」
「あー、やっぱりそうなんですね。私わかっちゃったんですけど、オジさんたちみたいなフツーのヤクザの人って、ピストル持たせてもらえないんでしょ?」
「……んだとコラ」
キナコは金槌で頭を掻いた。
「きっとそこの組長さんみたいな、偉い人しか持てないんですよね。ヤクザの世界も結構、上下関係厳しかったりするんですか? ちょっと意外」
「……ピストルなんぞ、必要ねえんだよ!」
言うなり佐原は右ストレートを放つ。キナコの顔面へ。現役時代は「世界を狙えるかも」と言われた右。凄まじい速さだ。だが。
小気味良い音がした。
佐原の口から苦痛の叫びが上がった。右の拳を抑え、たたらを踏む。
「くそ、糞が!」
踏ん張った佐原は、左のハイキックを放つ。まともに当たれば首から上が無くなる、それほどの蹴りがキナコに襲い掛かった。
まともに当たれば、の話だったが。
キナコは金槌を振るった。
いつのまにか左手に持ち替えられていた金槌が、佐原の左膝を砕く。完璧なタイミングのカウンターだった。
キナコが一歩踏み込んだ。再び右手に持ち替えられた金槌を振り上げて、振り下ろす。小気味良い音がする。
佐原が床に転がる。数度痙攣し、やがて動かなくなる。
「こ、殺すぞコラア!」
ナイフを振りかざす田代が、それを振るうより早く放たれたキナコの金槌に鼻を砕かれる。派手に血が吹き出した。田代はナイフを持つ手を振り回す。その手を金槌が撃ち落とした。田代の指がぐちゃぐちゃにひん曲がる。吹き飛んだナイフが、別のヤクザの眼球に飛んでいく。ブルズアイ。
顔をかきむしりながら倒れるヤクザが、いきなりの騒動に困惑する陽菜に向かって倒れ込んだ。生暖かい血が陽菜に降り注ぐ。陽菜の口から悲鳴が上がる。その陽菜の上に、さらに倒れ込んでくる男がいた。田代だ。陽菜より情けない悲鳴を上げている。小気味良い音がする。田代の悲鳴が止まる。視界を奪われたままの陽菜は、一連の出来事を音と感触で推測するしかない。陽菜の神経は決壊寸前であった。
梶田が、どこからか取り出した木刀でキナコに襲いかかった。キナコは金槌を真横に振るった。木刀が半ばから折れる。梶田は目を見開き、日本語になっていない叫びとともに半分残った木刀を突き出した。
キナコは金槌を真横に振るった。木刀がさらに半分になった。
金槌を真横に振るった。木刀が半分になった。
金槌を真横に振るった。木刀が半分になった。
金槌を真横に振るった。木刀が半分になった。
金槌を真横に振るった。木刀が半分になった。
金槌を真横に振るった。木刀が半分になった。
キナコがテンポよく金槌を振るうたびに、小気味良い音とともに木刀が半分に減っていく。
木刀が握り手を残して消滅したとき、キナコは梶田の懐に入り込んでいた。下から覗き込むキナコと梶田の目があう。
梶田は唾を飲み込んだ。
「オジさんも、持ってないんですよね?
キナコは金槌を振りかざし、振り下ろした。小気味良い音がした。
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