第294話 乙女の奥ゆかしさ

 控室に戻った俺は、一旦落ち着いて状況を整理しようと思って、静かな場所を探して、会場の外に出た。


 会場の裏手に誰もいない場所を見つけたので、そこにあったベンチに座る。


 会場から漏れる観客の歓声を聞きながら、ぼけっと空を見上げる。


「……なんで俺、勝っちゃってるんだろう」


 本当ならば、適当に戦って適当に接戦を演じて、頃合いを見て攻撃を受けたふりをして負けるはずだったのに。


 適当に接戦を演じる隙すら与えてもらえず、相手が棄権してしまった。


 うん。


 いま考えても、俺が負けるチャンスなんてどこにもなかった。


「誠道さん、こんなところにいたんですか。探したんですよ」


 とそこへミライがやってきた。


 息が上がっているということは、俺のことを走って探し回っていたということだろうか。


「なんだ、ミライか。ちょっとひとりになりたくてな」


「ひとりになりたくて、じゃないですよ。なんで試合に勝ってるんですか!」


 ミライはどこか苛立っているように見える。


 え?


 なんで?


「いや、あれはどう考えてもしょうがないだろ。相手が勝手に俺に恐れを抱いて、勝手に棄権したんだから」


「そんなのどうでもいいんです! 誠道さんが勝ったせいで、私は大損したんですよ!」


「おおぞん?」


 言葉の意味は知っているが、頭が理解したくないと叫んでいる。


「そうです! ギャンブルに負けて大損したんです! だって当然私は、誠道さんの対戦相手に、多額の借金までしてベッドしてたんですから!」


「なんでギャンブルのために借金するんだよ! なんで当然俺に賭けないんだよ! 俺の力を信用してなかったってのか!」


「わざと負ける約束のはずですよね? 勝ち確定のギャンブルに大金を突っ込むのは普通では?」


「そうでしたねごめんなさい!」


 さすがに今回はミライの主張が正しい。


 もし俺が逆の立場だったら、ミライ同様、借金をしてでも俺が負ける方に大金を賭けたと思う。


 本当に、俺もミライもウンニー・ミハナサ・レーテルよ!


「あれ? でもさ、ギャンブルで大金を得たいなら、なんで俺のネガティブキャンペーンをしてたんだ? 相手のオッズを上げるためには、俺に賭ける人を増やさないとだめだろ? だったら俺が強い男だってことをアピールした方がよかったんじゃ……」


 実際は俺が勝ってしまったから元も子もないんだが。


 少しでも配当金を増やそうとするなら、あの会場でのミライの振る舞いは、まったく理にかなっていない。


「それは……そんなの、言わせないでくださいよ」


 ミライはなぜか恥ずかしそうに身をよじらせ、ちらっと俺を見てから目を伏せる。


「ギャンブルなんて関係ないんです。誠道さんのことをあえて悪く言ったのは、乙女の純情といいますか、奥ゆかしさですよ」


「奥ゆかしいって言葉の意味、俺が間違って覚えてるのかなぁ」


 人の悪口を言うことが奥ゆかしさであってたまるか!

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