第293話 拍手喝采
「すまないな。熱き意思を持った勇敢な若造よ」
満足げな笑みを浮かべるウンニーさんが優しく語りかけてくる。
「私の全力の一撃を浴びせてしまったら、こんなにも素敵で、こんなにも将来豊かな若者の命を奪ってしまう。だが、本気を出さないというのは、それはそれでこの熱き若者の誠意に対して失礼に値する」
「あ、あのぉ……、ウンニーさん」
「みなまで言うな。未来ある若者よ。私は自ら敗北を受け入れた。だがそれは嬉しいことなのだ。こんな未来ある若者に出会えたことが、拳と拳で語り合えたことが、君の偉大な人生の一ページに私の名を残すことができたことが、誉なのだ」
くいっと白い歯を見せてサムズアップしたウンニーさん。
いやいや、だから…………はっ?
「さっきからなにふざけたこと抜かしてんだ! 全然拳と拳で語り合ってないだろ! なんだよこの展開! 全部勝負から逃げた言いわけにしか聞こえないんだけど!」
よく見ると、ウンニーさんの足はがくがくと震えていた。
やっぱり!
絶対勝ち目がないと察して逃げただけじゃん!
なんかそれっぽいこと言って、逃げることを正当化しようとしてるだけじゃん!
「ははは、君はまだ若いから、私が逃げたように映るのだろう。その気持ちはよくわかる。ただ、君も私ぐらいの年になったらきっと理解できるようになる。いまの私の体を満たしている甘美な幸福感を。そのときに感謝してくれれば、私の敗北は本当の意味で報われるだろう」
「だから勝負! あなたの本気で俺を殺してもいいから、拳と拳で語り合いま」
「なんという結末でしょう!」
俺の言葉を実況の男が遮る。
ってか、あれ?
なんか実況の男が涙ぐんでいるように見えるんだけど。
観客みんなが、すごいものを見たかのように、ひとり、またひとりとスタンディングオベーションをはじめたんだけど。
「この勝負はなんと世紀の番狂わせとなりました! 石川誠道選手の勝利です!」
勝ち名乗りを受けたが、全然納得いっていないからな!
実況の男の興奮冷めやらぬ言葉はつづく。
「ですが、我々はすごいものを見てしまいました。ウンニー・ミハナサ・レーテル選手のなんという器の大きさ! 目先の勝利ではなく、石川選手の未来を見据えて、あえて降参を選ぶなんて。普通の人間にできることではありません。まさに英雄! まさに真の強者!」
いや、ただあの男は逃げただけだよ?
観客も歓声飛ばすのやめて。
なんで勝ち名乗りを受けた俺より、敵前逃亡しようとしたやつの名前を叫んでるんだよ。
「さぁ、みんなで真の勝者、ウンニー・ミハナサ・レーテル選手を大きな拍手と歓声で見送ろうじゃありませんか!」
実況の男の煽りで、拍手と歓声はさらに大きくなる。
ウンニー・ミハナサ・レーテルは、観客たちに向けて手を振りながら去っていくが……うん!
全然納得いかないんですけど!
ってか負けるつもりが勝っちゃんですけど!
どうしてこうなった!
俺がウンニ・ミハナサ・レーテルよ!
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