第292話 拳と拳で語り合うために

「さぁ、第七回戦! スタートです!」


 そして、戦闘開始のゴングが鳴る。


 ウンニーが巨大な槌を振り上げたまま突進してくる。


「誠道さーん! 睾丸だけは守ってくださいね! 私が潰す予定ですからね!」


「そんな予定はねぇよ!」


 聞こえてきた聖ちゃんの声に返事をしつつ、俺は振り下ろされた大槌を難なくかわす。


 攻撃のモーションが大きいので、結構簡単にかわすことができたが……もうこんな直線的な攻撃は仕掛けてこないだろう。


 ウンニーは俺から距離を取り、ほお、少しは楽しめそうじゃねぇか、と言わんばかりに不敵に笑っている。


 さて、どうしようか。


 一方的にやられるってのは俺が本当に弱いみたいだから嫌だ。


 善戦した挙句に、本当にウンニーに運が味方した的な展開で負けるのが、俺のメンツもたつから……よし、それでいくか!


 ウンニー・ミハナサ・レーテルに運が味方するのかはいささか疑問だが。


 そもそも強者であるウンニー・ミハナサ・レーテルに対して、そんな余裕ぶっこいた試合運びができるかも疑問だが。


「とりあえず、【|無敵の人間(インヴィジブル・パーソン)】っと」


 本気を出している風を装うために、一応やっておく。


 体にまとわせる炎も最小限にしておく。


 様子見は大事。


 さて、これを見てウンニーはどう出る?


「ほぉ、すすす、少しはやるようだな」


 ……あれぇ?


 めちゃくちゃ手加減してるのに、ウンニーの声が震えはじめたんだけど。


「だだだだが、そんなはったりなど私には効かないぞ。お前の魂胆などお見通しなんだ。早く降参したらどうだ? 私はこんなにも重くて巨大な槌を持ち上げるほどのパワーの持ち主なんだ。お前なんか俺が本気を出したらひとたまりもないぞ。最悪死んでしまうぞ。それでもいいのか!」


「いやブーメラン半端ないな! さっき自分が言った言葉思い出せよ!」


 弱いやつほどよくほざくんじゃなかったの?


 拳と拳で語り合おうと言ってた人が、言葉に頼りまくりなんだけど!


 やっぱりこの大会は虚勢大会にふさわしいんじゃないの?


「ここまで言ってもまだ立ち向かってくるか。ふっ、威勢だけは達者だな。そういう男は嫌いじゃないが、戦場ではそういうやつが一番先に死ぬ。慢心こそが最大の弱さだ」


 その瞬間、ウンニーの放つオーラが変わった。


 戦うこと自体を純粋に楽しんでいるかのように、本当に嬉しそうに笑った。


 マジか。


 やっぱり本当はこいつ強いのでは。


 背中にねっとりとした汗が滲み、ピリピリとした緊張感が漂いはじめる。


「君が諦めないというのなら、私も、こうするしかないな」


 そう言うと、ウンニーはおもむろに大槌を置いた。


 腰を落として、正拳突きを放つ前のような態勢になる。


 まさか、こいつは格闘家だったのか。


 その圧倒的なオーラが、一瞬にして観客のざわめきすらも沈めてみせた。


 静寂という名の覇気が会場を支配している。。


 そうか。


 本当にウンニーは、拳と拳で語り合うつもりだったんだ。


 これまでは道化を演じて、俺の実力を推し量っていたにすぎないんだ。


 だったら、俺もそれに応えたい。


「ウンニーさん。いきます」


 俺の言葉を聞いたウンニーさんが不敵な笑みを浮かべ、すっと拳を空高く突き上げた。


 それを合図に、俺も技名を唱える。


 これが、強者同士の戦いからしか感じることができない武者震いか。


 男同士の熱き血潮か。


 なんて心地いいんだ!


 負けなきゃいけないとか、女になるとか。そんなのもうどうでもいい。


 俺はこの人と、全身全霊をかけて、本気でぶつかり合いたいんだ!


「【炎鬼殺燃龍奥義ひきこもりゅうおうぎ炎上翔砲げへなふれいむ


「審判! 私は棄権する!」


 ……。


 …………。


「はっ?」


 なにが起こったのか、まったく理解できなかった。


 高ぶっていた感情が、駆け巡っていた血潮が嘘のように体内から消え去っている。


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