第291話 強者の余裕

「対して東側から登場したのは、この男!」


 実況の男が俺の紹介をはじめた。


 ちょっとだけ緊張する。


 もしかしたらチョーカッコいい二つ名がついてたりする可能性もあったりしないかな?


「その名も! ただの引きこもりです!」


「そんなことだろうと心の準備できてたけどショックは受けてるからね!」


 思わず実況の男に向けてツッコんでしまう。


「……あっ、申しわけありません。つい面倒くさくなってしまい、わずかばかり紹介をはしょってしまいました。反省しています」


 実況の男に俺の嘆きが届いていたらしく、丁寧に謝られてしまう。


 いや、そんな律儀に謝られたら逆になんかこっちが申しわけなく……ならなかったわ!


 だって一方的に傷つけられてるから!


「では改めて、東から登場したのは、この男!」


 実況の男が再度俺の紹介をしてくれる。


 謝罪までしてくれたのだから、きっとさぞカッコいい二つ名を――あ、やばい!


 どんなポーズを取れば格好よく映るのかわかんないんだけど!


 とりあえず、アピールするほどでもないけど筋肉盛り上げとく?


 それともかめ〇はめ波のポーズ?


 なんとかの呼吸もあり?


「ただの引きこもりでは飽き足らず、天上天下唯我独尊唯一無二の孤高の引きこもりになった自分に甘すぎる男! 引きこもることに関しては他の追随を許さないぼっちいずアンビシャスマン! 石川誠道ぃいいい!」


「格好よくしてくれてるのはありがたいけど、引きこもりって言葉が全部打ち消しちゃってるから!」


 そう考えると引きこもりのパワーすごいな!


 どんな言葉も格好悪く変えちゃうんだから!


 ただ、ぼっちいずアンビシャスマンに関しては、本気で意味がわからないよ。


「って、そもそもなんで俺が引きこもりだって知ってんだよ!」


 気づくのが遅れたが、そこがまずおかしかった。


 俺が引きこもりだって知れ渡っているのは、グランダラだけのはず。


「いや、なんでと言われましても」


 実況の男が困惑したように、視線を関係者席に向ける。


「その、あの女性がいまもああしてあなたのネガティブキャンペーンを」


 俺もその視線を追って関係者席を見て、よく耳を澄ませると。


「みなさーん! 特に女性のみなさーん! あの石川誠道という男は本当にただのまぎれもない引きこもりなので、間違っても惚れてはいけませーん! まあ、誠道さんに惚れるなんて、そんなことはあり得ないとは思いますが、一応念のため、人間万事塞翁が馬、万が一のことがあるでこうして言いふらしていまーす! 繰り返しまーす!」


「お前は防災無線か! そんなこと繰り返さなくていいしこれ以上言いふらすな!」


「でも、皆さんのお金がかかっているのですから、事実はきちんと伝えないと!」


「オッズに関係ない事実は言いふらすなよ! いや事実じゃな……うん、いやもういい!」


 引きこもりなのは事実だから、それ以上言い返せなかった。


 ……あれ、待てよ。


 でも俺っていまこうして出かけているわけだし、なんならこれまでたくさん出かけてきたのだから、もう引きこもりを卒業したと言ってもいいのでは?


「えぇ、ごほん。まあ、なんだか不毛なやり取りが行われておりましたが、ここで最終オッズの確認に参りましょう!」


 実況の男が再び声を張る。


 さっきのやりとりを不毛だと一刀両断されたのは納得いかないが、まあこれ以上言及して試合進行の邪魔をするのはもうやめよう。


 俺は大人だからね。


 言葉で語るより実力で語ればいい。


 ……負けなきゃいけないから実力で語れなかったわ。


「ウンニー・ミハナサ・レーテルい1・1倍。石川誠道は168・3倍です!」


「ディープインパクトの出るレースか! なんで俺がそんなに大穴扱いされてんだよ! こんな運に見放された中の上野郎がなんで勝確みたいな倍率なんておかしいだろ!」


「弱いやつほどよくほざく」


 そのとき、ウンニー・ミハナサ・レーテルが俺の言葉をドスの効いた声で遮った。


 彼の声には、強者の余裕がある。


「喚くよりも、拳と拳で語り合う方がわかりやすいと思わんかね。引きこもりの若造よ」


 うん。


 言ってることも雰囲気も強者っぽいけど、あんたは運が味方しないと優勝できないような、中の上クラスの参加者だからね。


 そして俺は、そんなやつに絶対に負けると思われてる、下の下の参加者だからね。


 そもそもあんた拳で語るとか言っておいて、武器として大槌を使おうとしてるからね!

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