第186話 残酷

 ハクナさんは里の東門から外に出ていった。


 いったいどこにいくのかしら、とマーズは不思議に思いながらその後をつけていく。


 ハクナさんは森の中を進んでいき、とある洞窟の前までやってきた。


 そこでもまた周囲をきょろきょろと警戒して、中へ入っていく。


「この洞窟、魔法がかけられている」


 洞窟の入り口には簡易的ではあるが、幻想の魔法がかけられていた。


 普通の人だったら、ここに洞窟があることに気がつかないだろう。


 絶対になにかある。


 確信したマーズは、ハクナさんにつづいて洞窟の中に入り奥へ進む。


 洞窟内はしんとしていて薄暗いが、青白く発行植物のおかげでかろうじて視界は確保することができる。


 足音を立てないよう慎重に進んでいくと、その先には開けた空間があった。


「……あれは」


 マーズは近くにあったに大きな岩に隠れて、その開けた空間をのぞき込む。


 ハクナさんともう一人の背中が見える。


 短髪の黒髪と、背丈から判断するに……男だろうか。


 猫族の人ではなく普通の人間だ。


 マーズは耳を澄ませて、二人の会話を盗み聞きすることにした。


「ねぇ、作戦はうまくいったの?」


 ハクナさんが男の腕を取りながら聞く。


「もちろんだよ、ハクナ。これで俺たちはもうコハクの万が一の復讐におびえることなく、一緒に暮らせるんだ」


「でも、あいつらにコハクが確実に殺せるの?」


「大丈夫だ。あのマンティコアを瞬殺した女は、氷の大魔法使いのマーズだ。昔会ったことがある。あいつは強いから確実に殺してくれる」


 どうして私のことを知っているの、とマーズは驚く。


 あの男とは、かつてどこかで会ったことがあるみたいだ。


 後ろ姿だけしか見えていないのでまったく思い出せないが。


 ……それよりも、この会話、この雰囲気、いったいどういうことだ。


 マーズは聞き耳を立てつづける。


「それにしても、こんなに都合よく物事って運ぶものなのね。コハクの強さが知れ渡ってしまったから、討伐にくる冒険者も少なくなってそろそろ潮時かと思ったら、コハクを殺せる人たちがやってくる。まるで、私たちの門出を祝福してくれているみたい」


「ははは。そうだな。これも運命ってやつだな。コハクも思った以上にお金をたんまり稼いでくれたし…………ハクナが嘘をついていたと知ったら、どんな顔をするか、教えてやりたい気もするなぁ」


「もう、意地悪な人。知らさないまま殺してあげるんでしょう」


「優しいバカにお似合いの最期だよなぁ」


「本当に。不治の病なんて信じこんで、私たちがちょっとそそのかしてやっただけで、薬代を稼ぐために冒険者を襲うようになった。本当に、笑いが出るほど扱いやすかったわ。私が『お金は大丈夫なの?』って聞くと、『大丈夫、お母さんは心配しないで』ですって。本当に、健気で、まっすぐで、素直で、毎日笑いをこらえるので必死だったわ」


「でも、ある意味で俺たちはいいことをしてやったよな。俺たちが利用しなきゃ、あいつはずっと独りぼっちだった。ハクナという母親を与えてやったばかりか、不治の病を抱えた母親を看病するという役目まで与えたんだ。そして、あいつは真実を知らずに、母親を助ける自分に酔ったまま死ねる。いいことずくめじゃねぇか」


「そうね。でも、母親はやめてよ。利用されるだけのバカの母親なんて呼ばれたら、虫唾が走るわ」


 そこまで聞いて、マーズはすべてを察した。


 なるほど。


 虎の魔物の正体はコハクちゃんだったのか。


 金もの者を奪い取っていくのは、お母さんの薬代を稼ぐためだったのか。


 でも、ハクナさんの不治の病は真っ赤な嘘。


 その嘘をコハクちゃんに信じ込ませて、薬代と称して金をせしめ、利用するだけ利用して、いらなくなったら処分する。


 こいつらはただの金稼ぎのために、コハクちゃんの感情を持てあそび、利用した。


 怒りが腹の底から湧き上がってくるが、ここで感情的に動いてはならない、とマーズは衝動をグッとこらえる。


 こいつらをここで捉えて、私がここで聞いたことをコハクちゃんに教えたとして、ハクナさんのことを慕っているコハクちゃんが信じてくれる保証はどこにもない。


 コハクちゃんとは出会って間もないのだ。


 どちらを信じるかと言われれば、確実にハクナさんだろう。


 きっと私が悪者にされてしまう。


 マーズは歯ぎしりする。


 そもそも、こんな残酷な事実をコハクちゃんに伝えるべきなのだろうか。


 いや、コハクちゃんがこれから前を向いて生きるためには、知ったうえで、この現実を乗り越えなければいけない。


 立ち直るための手助けをするのが私たちの役目――


「おい、さっきからこそこそ盗み聞きしやがって、趣味の悪い女だなぁ、マーズ」


「なっ――」


 男は背を向けたまま私に話しかけてきた。

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