第187話 利用済み

「見つかってないと思ったか。その重ね着してる服がちらちら見えてたんだよ」


 不覚を取った、とマーズは後悔する。


 隠れていたつもりだったが、いまは普段とは違い何着もの服を重ね着している。


 太っている人のような膨らんだお腹が、隠れ切れていなかったのかもしれない。


 こうなったら、仕方がない。


 マーズは隠れていた岩場から飛び出して、男を睨みつける。


「見つけていたからどうだっていうの? コハクちゃんの心をもてあそんで、この事実を知って、私がコハクちゃんを殺すわけがないじゃない」


「それはどうかな」


 なにがおかしいのか、男が腹を抱えて笑いはじめる。


「お前は確実にコハクを殺す。……さて、それはなぜか?」


 すっと笑いを収めた男は、にやりと不敵に笑った。


「もうお前が、俺の罠にかかっているからだよ」


 男がそう言ったその瞬間、マーズの足元に六芒星の魔法陣が浮かび上がる。


 その魔法陣から放たれる紫色の光で、洞窟内が不気味に照らされる。


「拘束の魔法っ! ……まさかあなたっ」


 マーズは魔法陣から逃れようとしたが、すでに体を動かすことはできなくなっていた。


 しかも魔力排除の魔法陣まで重ねがけされてあるため、抵抗も反撃もできない。


「とんだ失態ね……。あなたが生きていて、こんなところで再開するなんて」


「おお、その反応、ようやく思い出したようだな」


 下卑た笑みを浮かべた男が一歩、また一歩と、マーズに歩み寄っていく。


「……だが、なにもかもが遅かったようだな」


「ふざけないで。私とあなたの力の差を知らないとは言わせないわよ」


「だからこうして捕縛したんだろうが。戦いってのはな、強いやつが勝てるとは限らねぇんだ。お前もよく知ってるだろう」


 マーズの目の前で立ち止まった男が、マーズの額に手を伸ばし、人差し指を押し当てる。


「これを、お前に対して使うことになるとはな。悪く思うなよ」


 マーズは口元をゆがめて、それをただただ見つめているだけ。


「俺の勝ちだ……。【手上踊操マリオネット】」


 男がそう唱えると、マーズの体がびくりとはね、なにかに縛りつけられたかのようにピンと伸びる。


 すぐに体中から力が抜けたみたいに、その場にどさりと崩れ落ちた。


 男が顔を手で覆いながら、嬉しそうな笑い声をあげる。


「いろいろと想定外はあったが……これですべてが整った。しかも俺にとっていい方に転がりまくりだぁ……これだよこれ。たまんねぇなぁ。このときをどれだけ待ち望んだかぁ」


「ねぇ、本当に大丈夫なの? この人にコハクを殺させるはずでしょう。動かないけど……、まさか殺しちゃったとか」


「心配するな。殺したんじゃねぇ。俺の言うことだけを聞く人形にしただけだ」


 その証拠に……なぁ、ハクナ。


 男がハクナに笑みを向ける。


 その笑顔はハクナを見下すものだった。


「もう用済みだよ、ハクナ。お前もただ利用されていただけなんだよ」


「え? ちょっと、なにを言って」


「こいつをやれ。マーズ」


「承知、しました」


 マーズがのっそりと立ち上がり、色を失った瞳でハクナを見つめる


「ちょっと、冗談ならなにを……」


 ハクナはじりじりと後ずさりながら、下卑た笑みを浮かべる男と無表情のマーズを交互に見やって――。


「……え、私、騙されていたの」


 絶望に顔をゆがめ、その場に力なく座り込んだ。


「はははっ! みんな俺の手の上で転がされてたんだぁ!」


 その男は、「最後の仕上げといくか」と叫んだあと、白髪の猫族へとその姿を変えた。

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