第140話 リア充になったから

「誠道さんのばかぁ! 私のあほぉ!」


 図書館を飛び出した私はずっと走りつづけている。


 途中でビンゾコ眼鏡も、髪を結んでいたゴムも捨てた。


「……私は、私は」


 誠道さんが強くなりたいと願っているのならば、私は誠道さんから離れなければいけない。


 だってそうしないと、あのレッサーデーモン二体を一瞬にして粉々にした最強技【リア充爆発しろ】が使えないから。


 美人な私がメイドとしてそばにいて、まあちょっとは仲よくなって、きっと誠道さんのリア充度が上がっていった。


 だから、毎回【リア充爆発しろ】が撃てないのだ。


 あの技は、しょうもないボッチ根暗いじめられっ子引きこもりの誠道さんが使ったら最強の威力を持つ最強の技になるはずだから。


 強くなりたいと願う誠道さんにはうってつけだ。


 でも、それじゃあ私が嫌だ。


 だって私は誠道さんと離れたくないから。


 そのためにどうすればいいかはもうわかっている。


 誠道さんに【リア充爆発しろ】以外の最強の技を習得させればいい。


 だから私は誠道さんが強くなれる方法はないか、図書館で調べていた。


 運悪く誠道さんと図書館で鉢合わせしてしまったが、誠道さんをリア充じゃなくするために、断腸の思いで他人のふりをした。


 なのに、なのに誠道さんは。


 どうして誠道さんは他の女をはべらせていたの?


「猫耳に……しっぽ」


 不覚だ。


 誠道さんにあんな趣味があったなんて。


 今度試してみよう……じゃなくて。


 それじゃあ、私以外の女とリア充になってしまっては、私が誠道さんから離れた意味がないじゃないか。


 誠道さんが他の女とリア充になるのなんて嫌だ。


「って、私はいつまで……」


 いつまで守られる側でいようとしているんだ私は! という感情が湧き上がってくる。


 誠道さんを支援するメイドだからこそ誠道さんの力になりたいのなら、誠道さんを強くするだけではなくて、私自身も強くならねば。


 私がもっと強ければ、私も引け目なく誠道さんのそばにいられる。


 勝てない相手のマーズさんに対して、自分が犠牲になってまで私を守ろうとしてくれた誠道さん。


 ものすごく嬉しかったが、同時にものすごく苦しいと感じた。


 私がもっと強ければ、誠道さんがあんな惨めな思いをすることはなかった。


 私が弱いままだと、また同じようなことが起こったとき、私のせいで誠道さんがまた傷つくことになってしまう。


 大事な人のためなら、自分のことを顧みずに立ち向かえ、自分を犠牲にすることを厭わない誠道さん。


 それは立派だし、格好いいし、そんな性格を失って欲しくはないけど、自分のことをもっと大切にしてほしい。


 誠道さんに守られることは嬉しいし守ってほしいという気持ちもあるが、そんな誠道さんの優しさに甘えつづけていいはずがない。


 私は誠道さんの隣で、誠道さんと一緒に、誠道さんのために戦いたい。


「誠道さんの、ばかぁ……」


 誠道さんが強くなるためには、一緒にいたいけど、一緒にいることはできない。


 いつか一緒にいるためにいまは離れて調べものをしていたら、誠道さんがあの猫女に取られてしまう。


 どうしたらいいんだ。


 雨が降ってきて、私はようやく立ち止まる。


 ここはどこだ?


 薄暗い路地裏だ。


 こういう場所には穴場の店が結構あるんだよなぁ。


 ストレス発散のために好きなだけ借金したいっ!


「私の、ばかぁ」


 足元に転がっていた石ころを蹴飛ばすと、その石ころが誰かの黒い靴に当たって止まった。


「ちょっとお嬢ちゃん。いい話があるんじゃが、聞いていくかい?」


「……はい?」


 顔をあげると、黒いマントに身を包んだ白髪のおばあさんがいた。


「あなたは、誰?」


「そんなこと、いまはどうでもよかろう」


 あ、これはあれだ。


 私の第六感が強烈に訴えかけてくる。


 この人は、必ず私に幸運をもたらしてくれる。


「わしはな、ものすごく強くて、加減せずに打てば天変地異すら起こせるほどの必殺技を覚えられる魔本のありかを知っておる」


「……え? 本当ですか?」


「しかも無料で教えてやろう」


 やっぱり!


 こんな貴重な情報を無料で教えてくれるなんて。


 この人はものすごくいい人だ!


 お金がかかるなら誠道さんから責められる可能性はあるが、無料ならその心配もない!


「わしが嘘をつくような人に見えるか?」


「全く見えません」


 ただで有益な情報を教えてくれるような優しい人だ。


 嘘をつくわけがない。


「そうであろう。わしは、お前とその相棒の願望をかなえるためにここへやってきた」


「本当にベストタイミングです! おばあさん!」


 私はそのおばあさんの手を取る。


 加減せずに打てば天変地異すら起こせるほどの必殺技を覚えられる魔本があれば、全ての問題が解決する。


「それで、おばあさん。天変地異すら起こせるほどの必殺技を覚えられる魔本は、いったいどこにあるんですか?」


「そう急かすでない。それを教えるためにはな、条件がある」


「条件、ですか?」


「ああ。その場所には、必ず一人でくること。時間は明日の朝九時。それが、天変地異すら起こせるほどの必殺技を覚えられる魔本を渡す条件じゃ」


「わかりました」


 二つ返事で了承する。


 無料でもらえるとなれば、誠道さんも絶対に「でかした!」と褒めてくれるはずだ。


 私に最大限の感謝をしてくれるはずだ。


 あの猫耳女の好感度を一瞬で置き去りにできるはずだ。




 ありがとうミライ!


 こんな猫耳女なんてなんの役にも立たなかったよ!


 もうミライなしでは生きていけない。


 ミライしか見えないよ!




 泣きながら抱き着いてくる誠道さんの姿が目に浮かぶ。


 私は、おばあさんが教えてくれた場所を、大事に大事にメモした。


 待っててください、誠道さん。


 私こそが、あなたのそばにいるにふさわしいメイドだと証明して見せますから!

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