第136話 お散歩にいこう!

「ってかさ、聞くの忘れてたけど、猫又さんの名前はなに?」


 語呂が良くてつい猫又さんって呼びつづけていたけど、俺はまだ彼女の名前を知らない。


「だから、我は猫又にゃ」


「だから、名前は?」


「おぬし、ドMの分際で我をからかっておるのか?」


 ぎろりと睨めつけられる。


 いや、からかってるのはそっちだろうに。


 どうやらこの亭主関白猫耳娘は、奴隷相手に名前を教えるつもりはないみたいです。


「じゃあもういいや。猫又さんはどうやってこの家に入ったんだよ」


「我がこの家を訪ねたときに、ちょうど鍵が開いておったのにゃ。なんと防犯意識のない家にゃと驚愕したから勝手に入ってベッドで寝てたのにゃ」


「鍵が空いてたから入るって、それもはや泥棒だからな。俺たちの防犯意識を改善させようとする前に、もっと改善しなきゃいけない考え方があるんじゃない? 具体的には猫又さんの倫理観とかね」


 そう糾弾すると、猫又さんはソファの背もたれから顔を半分だけ出して、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「本当に嫌いなら、こんなふうに勝手に家にはいらないのにゃ」


「ああもうかわいいなぁ。庇護欲イズビューティフル! かわいすぎて抱きしめたい! ……っていかんいかん。そんなんで俺が懐柔できると」


「本当に嫌いだったら、ベッドで無防備にすやすや寝ないのにゃ」


「……」


「むしろベッドで無防備な姿を晒すことで、ちょっとだけなにかを期待して……これ以上は恥ずかしいのにゃ」


「かわいいなぁもう! 不問にするよ。勝手に家に入って寝てたことも、ドジっ子っぽくてちょっとかわいく思えてきたよ」


 俺はもうだめかもしれない。


 自分がこんなにもちょろかったなんて思いもしなかった。


 でも、警戒だけは怠らないようにしないとな。


 そのためには猫又さんの胸の谷間を見つめ……じゃなくて猫又さんを四六時中凝視しないと。


 彼女が家に上がり込んできた目的がわからないため、一人にするわけにはいかない。


 普通にただの泥棒の可能性がある。


 しかも、泥棒に入った家で寝てしまうほどのバカ泥棒。


「猫又さん。俺はこれから出かけるんだけど、一緒にどう?」


 一人にしておくわけにはいかないのでそう提案すると、猫又さんはびっくりしたような表情を浮かべてソファから転がり落ちた。


「なに? 引きこもりのくせに出かけるというのかにゃ?」


「その言葉明らかにバカにしてるよなぁ!」


 そんなに目をまん丸と開かなくたっていいじゃん。


「ってなんで俺が引きこもりだって知ってんだよ!」


「それは街中の噂になっているからにゃ」


「なんでだよ! 誰がそんな根も歯も……少しあるくらいの噂を広めてるんだよ!」


「ミライとかいう女にゃ。そいつが私のご主人様は引きこもりで、私がいないと生活できないようなダメ男なんです、関わると不幸になるので絶対に近づかない方がいいです、と特に女性を中心に言いふらしていたのにゃ」


「あの野郎帰ってきたら覚えとけよ」


 なんでそこまでバカにされなければいけないんだぁ。


「とにかく! 俺は出かけるから、猫又さんも一緒にくるか?」


「それはデートのお誘いかにゃ?」


「そう思ってもらっても構わないよ」


 真の目的はデートという名の監視だけどね。


「なんにゃ。お前も我に惚れておるではないか。嬉しいにゃあ。デートにゃデートにゃ」


 猫又さんは尻尾をふりふりさせて喜んでいる。


「よし。それにゃあさっそく首輪とリードを持ってくるのにゃ」


 ……え、それはあなたを俺が散歩させるってことですか?


 確かにあなたは猫ですけど、さすがにそれはちょっと人の目が――いや、この子は猫なんだからなんの問題もないはず!


「我が、お前を散歩さてやるのにゃ!」


「いや俺がつけるんかい!」


 話の流れ的に猫又さんがつけるもんだと思うよね。


「我は猫にゃ。犬ではないのにゃ」


「そうだけど」


「ほら、わかったらさっさと首輪とリードを持ってくるのにゃ」


「わかりましたよ。持ってくればいいんでしょ持ってくれば――――ってつけるわけないだろ!」


 危ない危ない。


 話の流れ的につけることになりそうだったぜぇ。


「本当に嫌いにゃったら、お前を散歩をしたいと思わないのにゃ」


「さすがに今回のはときめかねぇから!」


 ちょっとだけ、あ、いいかも……と思ったのは内緒です。


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