第121話 いざ、混浴へ!
俺はイツモフさんの隣の屋台で、肉まんを買って食べた。
できたてほかほかの肉まんはちょっと高かったけれどとてもジューシーで、噛むたびに肉汁(なんの肉かはあえて聞かなかった)があふれ出てきた。
「さて、小腹も満たしたことだし」
「次はいよいよ、混浴天国ですね。あっちです」
チケットの裏に書いてある地図の案内通りに進むと、目の前に竜宮城かっ! ってくらいの大きな旅館が現れた。
一、ニ、三、四、五、六重っ!?
真っ赤な外壁にところどころハイセンスな金の龍の意匠がされてある。
この中に入っていく人たちは、その誰もが『ザ・お金持ち』って感じの格好をしていて、なんだか庶民――というか負債者である俺たちは、場違い感が否めない。
「ほんとにここで、いいんだよな?」
「はい。ここが混浴天国で間違いありません」
ミライも旅館の規模に驚いているようで、さっきからずっと体を逸らして、旅館の屋根の上にある金色の龍のオブジェを眺めている。
ってか、混浴天国ってよく考えると、なんかいかがわしい店っぽい名前だよね。
だって混浴で天国、つまり男女が一緒の風呂で逝くって……はっ!
なにを考えているんだ俺は。
ここは普通の温泉旅館。
ちょっと豪華なだけ。
名前が混浴天国なだけ。
「……よし、じゃあいくか」
とりあえず、いろいろと大人になる覚悟と決意と喜びを胸に秘めて、俺はミライを見る。
「はい」
俺とミライはうなずき合ってから一歩踏み出す。
巨人専用かってくらいの大きな門を通り抜け、旅館の中に入ると。
「いらっしゃいませ。ようこそ、コンヨクテンゴクへ!」
旅館で働いている仲居さんたちが、一斉にお辞儀をしてお出迎えしてくれた。
「長旅ご苦労様でした。ぜひコンヨクテンゴクで、骨の髄まで昇天する勢いで、気持ちよさを貪りつくしてくださいね」
うん。
口上がもう完全にいかがわしい店にしか思えない。
「では、恐れ入りますが」
仲居の一人(かなり美人)が、前に出て俺に話しかけてきた。
「ご予約者様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「……え? ご予約者?」
俺はミライに目で助けを求める。
「すみません。私たち、実はこれを持っていまして」
ミライが前に出て、チケットを仲居さんに見せる。
「はい。では確認いたしますので少々お待ちください」
仲居さんがミライからチケットを受け取り、カウンター内へといったん消える。
三十秒ほどで戻ってきて。
「確認取れました。改めまして、本日はコンヨクテンゴクへお越しいただき、まことにありがとうございます。今回、お二方には『身も心も昇天しちゃう? コンヨクテンゴクむふむふどっきどっきスペシャルコース』を堪能していただきます」
うん。
そのだっさいネーミングセンスも完全にいかがわしい店のそれだよね。
あ、ちょっとだけ弁明しておくけど、俺がいかがわしい店をネットで調べたことがあるから、この温泉がいかがわしいかどうかの判断ができるわけじゃないよ。
なんていうかその……まあ、勝手にそういう店の広告が流れてきて、それで不可抗力で見ちゃっただけだから。
「ではさっそく、最初の混浴へご案内いたします」
「よろしくお願いいたします」
俺はなぜかわからないけど、人生史上最高の、教科書に載るレベルのお辞儀をしていた。
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