第二十二恋 ネイルとオタク君
覚えている限り、自分は長らく深爪だった。記憶が確かならば小学校低学年からずっとずっとずっと。どんな時間のどこであろうと、気になると爪を囓って、本来であれば爪の下に隠れていなければいけない肉が外部に露呈して出血寸前になるまで爪を短くしていた。授業中に囓っているのを見たクラスメイトから「汚い」「気持ち悪い」といった言葉を受けてからは人前で囓ることは控えるようになったが、今度は親指で他の爪を横に剥ぐようになった。その親指の爪も何とか必死に他の指で剥いでいた。当然だが失敗すると物凄く痛かった。それでも止めなかった、いや、止められなかったというのが正しい。人間関係のストレス解消として無意識に始めた行為を意図的に抑えるのはかなりのストレスで、どんなに治そうと思っても数時間と保たなかった。なんなら代替として、シャーペンで爪の薄い部分を削る行為が追加されるという炎上待った無しのアプデが成されたりした。
そんな俺の
優しい桜色の、スラッとしている中にもほんのりと甘さを含んでいるようなその爪を見て、それからその画像を写すスマホを持つ自分の指を見て、愕然とした。
余りにも酷い。
生まれて初めて自分の爪を「痛々しい」と思った。それと同時に、こんな指先ではこのキャラに気持ち悪いと思われるのでは、と途端に大きな恐怖と焦りに襲われた。その瞬間からとにかく「爪を伸ばすこと」「爪切りを使うこと」「無闇に触らないこと」を意識した生活を始め、無意識でも剥いだり削ってしまった場合はキャラを思い出して決意を改めていた。結果、数ヶ月で人並の爪を得ることができた。長い深爪期間の影響か、未だに指の腹や指の先端にある肉は変形しているし爪の伸び方も若干変だが、今までを思えば正に天と地ほどの差だ。爪を囓るクセも削る行為も剥ぐ行為もほとんど無くなった。もちろん、あのキャラの爪までとはいかないが俺は今のこの爪の方を気に入っている。
さて、話は180°を何回か回転して、少し前まで遡る。俺がオタクとして愛して止まない幻獣の擬人化学園ものコンテンツアプリの定例アプデにて、俺が一人の人間として愛して止まないキャラのボイスが追加された。ミッションを爆速でクリアし新規ボイスをアンロック、からの爆速イヤホン装着。大きく吸ってぇ吐いてぇ、吸ってぇ吸ってぇ吸ってぇ、吐いて、吸って・・・いざポチッとな。
「お前、爪キレイだな。・・・なに、龍の一族は爪に拘りがある奴が多いから目に付いただけだ。」
つめきれいだな?いま つめきれいだなって?そういった?この せいりゅうさま。このおかお と こえのよい、いけめんが?つめまでみてるの?いやもうなにそれ。すき。
ひとしきり悶えてバグった後に思ったことはただひとつ。
そうだ、
こうして、ネットでネイルケアについて調べ「ネイルオイル」に辿り着いた。色々な物を比較して、少しお高いが保湿効果も香りも良いと評判の小瓶を注文。開封の儀を終え、いよいよ今夜初塗りである。風呂上がりに恐る恐る瓶を開けるとフワッと花の香りが漂った。やっぱ良いな。普通のネイルボトルのように蓋にハケ?ブラシ?が付いていて、それを想像の中でのネイルを思い出しながら縦に動かした。10本全てが終わると、電気に照らされて指先がキラキラと反射して、確かにこれは楽しいと感じた。乾くまでの数十分で脳裏に浮かぶのはこれまでの
今思えば最悪な形で始まった深爪が、キャラとの出会いでどんどん変わっていく。その内に本格的でないにしろ色を付けたいと思うかもしれない。なんにしろ、爪だけでなく自分自身も変わっていっているのは確実だし面白い。チョロいとも言うが、ある意味オタクとして人間として惚れた弱みだ。楽しく振り回されていようではないか。
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