今夜は月が綺麗ですね
曙 春呑
愛してる
月が衝突する
そんなニュースを聞いたのはほんの2週間も前なはずだ。
「…んでもうこんなに近くにいやがるんだ。」
いますぐにでも俺らを飲み込みそうなほど近くにまで迫っている月を見る。
どうやら今日が最後の日らしい。
どうしようもない現状に足掻こうとする奴らばかりが街に溢れている。
おかげさまでいい終末だ。
喧騒、狂気、ここは阿鼻地獄かよ。
「あー…だりいな。」
そういい頭をかく。
「せっかくだしうちらも終末っぽいことせん?」
隣にいる同級生のリカがそう言う。
「まあでもうちはスイくんと最後を過ごせるから嬉しいけどな。」
「バカップルみてえなこと言うなよ。俺らは付き合ってもねえっての。」
最後の日までこんな会話ばっかりじゃ嫌気もさしてくる。
「思い返せば楽しい日常やったわ。」
月はもう、ゆっくりと近づいてくるのがわかるほどまで近くにいる。
「うちな、将来したいこととか沢山あってん。」
イヤホンをつけて音楽を聴きながらそう言う。
「話す時くらいイヤホン外したらどうだ。」
「この作家さんええ曲ばっかやで片耳貸そか。」
そういい片方差し出された。
切ないピアノ調の俺の好みには合わない曲だ。
二人して高台に座り、イヤホンをつけ、月を眺める。
「月もここまで近づくと綺麗とかの次元やないなあ。」
そう呑気に言うリカの目には落ち着きと共に恐怖が隠れていた。
「やっぱ怖えのか。」
「まあな。でも、あなたとなら本望や。大好きやで。」
風が吹き荒れる。
強風が俺らを仰ぐ。
より一層騒がしさが増した。
リカがイヤホンを外し立ち上がる。
「それでもやっぱりうち、怖いなあ。」
涙を拭い、リカが潰れそうな声で言う。
「片想いやった。それでも最後の時間をうちと過ごしてくれてほんまに嬉しかった。たとえ死んでも、例え灰になったとしても大好きやで。」
愛ほど歪んだ呪いはない。
こいつからの告白なんて何度も受けた。
でも、この告白は俺のこの世への唯一の無念になるのは間違いない。
地上のものが天へと吸い寄せられていく。
どんどん崩壊していく。
俺らのここももう長くないだろう。
「ま、運命だからな。諦めろ。俺はとっくにそうした。」
「まったく…いさぎいいわ。」
そういいながらリカはクスッと笑った。
体が今にも浮きそうだ。
終わりが近いらしい。
立ち上がり、笑いながらも涙を流すリカに一歩近づく。
「まあ落ち着けよ。」
また一歩、彼女に近づく。
「俺はあんま好きじゃねえけど、こいつの曲でも聴いてリラックスしろ。」
リカの片耳にイヤホンをつける。
「でも俺が好きだったやつはこいつの曲好きだからよ。きっとお前も気にいるはずだ。」
もう片方も耳につけた。
また泣きそうな顔をするリカの顔を拭う。
「・・・・・」
自分でも何を言ってるのかわからないくらい周囲の音は大きくなっていた。
リカもまた何か言っていた。
お前もそれかよ。
ま、最後くらいは気が合ったな。
愛ほど歪んだ呪いはない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後に聞いた彼の言葉。
曖昧すぎるけど、きっと私のことなのかな。
つけられたイヤホンで外の世界の音が遮断される。
切ないピアノ調の私好みの曲が耳を占領する。
涙が溢れる。
片想いじゃなかったんだ。
月が地球に衝突する。そのニュースを聞いてから全てを諦め、恥を捨て、好きだった彼に何度も告白した。幾度となくべたべたとくっついた。
そっけない態度で彼は私を突き放した。気はないんだなって、それでも一緒にいれて嬉しかった。
なんだ、両想いだったんだ。
「・・・・・」
イヤホンから流れる音のせいで自分が何を言ってるのか自分で聞き取れなかった。
彼もまた何かを言ってた。
口を見れば、私と同じことを言っていた。
彼もそれに気づいたのか、少し笑っていた。
冷たい風を吹かす月が私を宙へ誘う。
そんな私を彼は暖かく抱きしめてくれた。
吹き荒れる風のなか、二人空を舞った。
世界の終わりを上から見つめる。
なんて醜いんだろう。
それでも私は、この醜い世界で、最後に幸せを手に入れた。
本当に、愛ほどの幸福はきっと存在しない。
今夜は月が綺麗ですね 曙 春呑 @NinjinDrrrr
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