兵糧庫復活

日が沈んでまた昇り、翌朝2月20日の朝5時となると、デンガハクは覇王軍の本陣へ帰還した。


早速米俵の束が東陣の新しい兵糧庫に、大勢の兵站へいたん部隊によって輸送される。


デンガハク自身は諸侯たちが待ち構える軍事会議の天幕に入った。


覇王は待ち侘びていたように椅子からスクリと立ち上がり、間髪を入れず弟に尋ねる。


「ハクよ。よくやった。して、兵糧はどのくらいあった?」


「凡そ5万の兵を養うのに40日分かと」


「おお、まさかそれほど兵糧を入手できるとは思わなんだわ。フハハ、ユーグリッドの奴め、カモが米俵を背負ってきたというわけだな」


覇王はデンガハクの報告を聞き、満足そうに笑い飛ばした。


本陣にいた諸侯たちもその副総大将の任務成功にほっと胸を撫で下ろす。


だがデンガハクはなおもこの順調過ぎる略奪に懸念を抱いていた。


「あ、兄上。確かに俺は全ての米をそこにいた農夫どもに試食させて毒味をさせました。そして俺自身もご命令の通り米を食べました。その米には特におかしな味もせず、むしろ美味でございました。


ですがあまりにも敵の手が生緩すぎます。こんな大量の米が無防備に国の外に晒されているというのに、何の対策も打っておりませんでした。まるで我々に最初から米が奪われることを想定して事を運ばせたかのように思えてなりません。


もしかしたらまだ何か、敵が策謀を巡らせているのやもしれません。兄上、どうかもう一度米を精査していただけませぬでしょうか?」


デンガハクは慎重を重ね、額に汗を搔きながら願い入る。


だが覇王はもはや目の前の収穫と空腹に心を奪われており、全く無警戒な状態だった。


「ハクよ、考えすぎだ。お前自身も毒味をしたというのならば、毒など入っていなかったということだ。所詮ユーグリッドも王に在任してから一年にも満たない未熟者よ。戦の経験も浅く、農園が我々に略奪されることなど予測できなかったということだ。我々を兵糧攻めで仕留めようとして、大事なところで勝機を失った詰めの甘い半端者よ。


策士策に溺れるとはこのことだな。奴がボヘミティリア王国を落とせたのも、所詮はまぐれだったと言うわけだ」


覇王はそう断言して弟の疑り深い進言を遮る。弟が何に対しても余計な心配をしてしまう性質は兄にもよくわかっていたのだ。


覇王がユーグリッドの侮りの評価を再提示した時、本陣の天幕の入り口が開かれた。その冬の冷たい風が入ってくる隙間からは、鼻孔をくすぐるいい香りが漂ってきた。


「食事のご用意ができました」


一声掛けると兵站部隊がぞろぞろと入ってきて、炊きあがったばかりの米を諸侯たちの前に配膳する。覇王の元には注文通り3杯の白飯が届けられた。


覇王は早速居住まいを正し箸を手に取る。


「うむっ! 中々噛みごたえはあるが美味であるな! これが四季咲米しきさかまいとやらいう海外の米か! フハハ、これならいくら食べても飽きることはないわ!」


覇王が嬉しそうに大量のご飯を口に掻き込む。昨日からずっと何も食物を口にしていない覇王にとって、この食欲をそそられてしまう温かな湯気の香りには我慢ができなかった。


諸侯たちも夢中で四季咲米の白飯を口に運び入れる。


「あ、兄上ッ!! それはッ!!」


思わずデンガハクは手を伸ばし、兄の食事を止めようとする。


だが覇王はその弟の制止をわざと無視して空腹を満たすことに集中する。弟の根拠のない諫言かんげんなどもはや耳に入らないほど己の食欲に支配されていたのだ。


(どうする? このまま我々はユーグリッドの米を食べても良いのか? 奴は本当にただの間抜けで、みすみす米を我々に奪われたとでも言うのか? いや、そんな都合のいい解釈ができるはずがない。奴の奸智の底知れなさは俺が一番良く知っている。


だが、俺は覇王軍にそれが敵の策略だと証明できる方法などどこにもない。もはやこの飢えの危機に苦しんでいた我々の軍の食欲を止めることなどできない。例えこれが罠だったとしても、我々はもうユーグリッドの米に頼らざるを得ないか・・・・・・)


デンガハクは自分の疑いを晴らすことができなかったが、結局諸侯たちの食事を止めることを諦めてしまった。


諸侯たちは完全に米を食べ終わり、お代わりを要求する者さえいた。


「さて、今日からまた本格的にアルポート王国に攻め入るとしよう。昨日は兵士どもに『兵糧は必ず届けるから待て』と我自身が命令しておいたのだ。兵士どもにも食事を与え、我が軍の士気を上げねばな。兵站部隊っ、食事はもう皆に届いておるか?」


「はっ、全ての部隊に食事の配膳が完了しております。現在の時間でしたら、もう全員食べ終わっている頃だと思われます」


兵站部隊の兵が懐中時計を確認し、覇王に情報提供を行う。


覇王はその報告に満足そうに頷き、大きな箸をカランと音を立てて置いて立ち上がる。


「諸侯どもよッ、よく聞けッ!! これより我が軍はアルポート王国の攻略を再開する!! 一時間後の朝七時、全軍がアルポート城へ攻撃できるように軍備を整えよ! 以上で今朝の軍事会議を解散とする!! 各自、己が軍に戻り出陣の構えを取っておけ!!」


「「「「「「「「御意っ!!」」」」」」」」


諸侯たちが覇王の指令を受け、一斉に天幕を出て行く。


覇王自身も本陣を発ち出撃の準備をする。


後に残されたのはまだ疑念が解消できてないデンガハクだけであった。


空となった茶碗の群れは、米粒一粒とて残されておらず、綺麗な光沢を輝かせていた。その眩い光はまるで鋭利な刃物の切っ先のように見え、デンガハクは不穏な気配を感じていた。


こうして、覇王軍はユーグリッドの農園の略奪に成功し、兵糧の十分な備えができたのである。

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