大農園略奪

デンガハクの5000の騎馬部隊がアルポート王国に構えた東陣から南方面に向かって遠足すると、そこには小山が見えた。2月19日昼15時、凡そ半日かけて農園があると言われる平山に到着したのである。


デンガハクの騎馬部隊はそこで襲歩しゅうほをやめ、警戒を強めながら小山の森の中へと常歩させて進んでいく。敵軍の伏兵がいないか、あるいは火計による全滅を狙ってこないか、常に辺りを見渡しながらゆっくりと進軍する。


やがて部隊が森を抜けると、そこには大きな田園地帯があった。腰に剣を携えた農夫たちが、懸命に苗を田んぼに植え続ける光景が目に入ってくる。


「おいっ、貴様ら!! 武器を捨てて全員我が軍の前に跪けッ!!」


開口一番、デンガハクは作業をしている農夫たちに指図した。


田んぼから驚いて顔を上げた農夫たちは、一瞬でその物々しい大勢の軍隊に青ざめる。そこには馬に乗って整列した、明らかに敵意のある武装した集団がいたのである。


騎馬隊のとある組には、大きな台座があぶみの後ろに乗せられているのがうかがえ、一目見ただけでこの農園を略奪しに来たのだということがわかった。


(ま、まさか覇王の軍隊!? ひいいいッ、お助け~ッ!!)


農夫たちは一斉に足をガクガクと震わせて立ちすくむ。


だがそんな愚図な下民の群れにデンガハクはますます腹を立てた。


「おいっ、早く武器を捨てて俺の部隊の元まで集まれっ!! さもなくば全員斬り殺すぞっ!!」


その横暴で突然な脅しに、農夫たちは持っていた苗箱を投げ出して剣も投げ捨てる。そしてあたふたと全員がデンガハクの騎馬隊の前に跪いた。


デンガハクはそれを見遣ると、すぐ近くの部下たちに振り向いて、近隣の掘っ立て小屋の中を調べるように命令した。


部下たちは馬に乗ったまま一斉に掘っ立て小屋の扉を打ち破り中へ入ると、瞬く間に残りの農夫たちも連行した。


「おい、貴様ら、ここの農園で働いているのはこれで全員か? 誰か逃げ出した者はおらんだろうな?」


デンガハクは威圧的な怒鳴り声で跪く整列した農夫たちに問う。


一番前にいたこの農園の主任の農夫が、おずおずとデンガハクを見上げながら答えた。


「は、はい。これで全員揃いやした。あっしらは全部で500人おりまして、ユーグリッド様のご命令で米を作ってるんでごぜぇやす。その、将軍様は一体何の御用でこの農園にいらっしゃたのでごぜぇやしょうか?」


わかりきった質問を襲撃者の首領に尋ね、農園の長はおののきながら答えを待つ。


デンガハクは事も無げに鼻を鳴らしてそれに回答したのだった。


「貴様らの米を全て頂きに来たのだ。今我々覇王軍はアルポート王国との戦争で兵糧が必要なのでな。まさか我々の要請を嫌だとは言うまいな?」


「せ、戦争ッ!? そ、そんな大事になってるなんて、あっしら全然知りやせんでした・・・・・・」


その驚愕の事実に皆肝を絶対零度になるほどに冷やす。国の滅亡や故郷に残して来た家族たちのこと忍び思い、頭が不安でいっぱいになる。


(戦争が起こっていることすら知らないだと? この農民どもは情報も遮断されたままずっとこの農園で働かされていたということか? ユーグリッドめ、一体何を考えている?)


「おい、ここ最近で誰か農園に訪れた者はいるか? 正直に言え。嘘を付いたらその場で八つ裂きにするぞ!」


デンガハクは疑念を深めながら農園の長に尋問する。


長は自分たちがこの場を生き残るため洗いざらい話を始める。


「い、いえ誰もここに来てはおりやしません。あっしらはただ3ヶ月分の食料を1月の始め頃にアルポート王国から届けられてからは、それっきり誰とも会っておりゃあせん。あっしらはただ本当にユーグリッド様のご命令で米を育てていただけでごぜぇやす」


その農夫の命乞いのような弁明に、デンガハクはますますこの農園への不信を募らせる。前方の右奥を見ると、そこには大量の米俵の束が四阿あずまやの下に置かれていたのである。


「アルポートから食料が届けられた? これだけ米があるのにわざわざアルポート王国から食物が輸送されているのか? 貴様らはそこの米を食って自給自足しているのではないのか?」


「い、いえ、この米は覇王様への上納米でして、決してこの米を食べてはならないとユーグリッド様から仰せつかっておるのでごぜぇやす。あっしらは一口もあの米を食べてごぜぇやせん」


その農夫の体を縮こまらせた説明を聞き、デンガハクは警戒を強めたまま思考の渦に入り込む。


(おかしい・・・・・・覇王への上納米、あれはユーグリッドが兄上を油断されるために巡らせた、媚び入る振りをした偽計だったはず。奴らがボヘミティリア王国を滅ぼしたことで、既にこの農園で米を育てる理由はなくなったはずだ。


それなのに、わざわざアルポート王国から食料を送ってまで農民に作った米すら与えず、覇王への献上品だと言って米の生育を続けている。まさか、我々が略奪するのを見越して毒を仕込んでいるのではないか?)


「おいっ、貴様ら!! よもやこの米に毒など入れてはおらんだろうな? ユーグリッドの指図で何かおかしなものを入れてはいないか?」


「と、とんでもごぜぇやせん!! あっしらはただユーグリッド様よりキィネの実を肥料にして、田んぼを耕せとご指示を受けているだけでごぜぇます」


「キィネの実? 何だそれは?」


デンガハクはギラリと目を光らせて問う。その聞いたこともない品種の名に明らかに訝しみを見せた。


「は、はい。そのキィネの実はユーグリッド様が海外から輸入した肥料でごぜぇまして、作物の成長促進をするのでごぜぇやす。この肥料を使って米を育てれば実も大きくなって栄養もたっぷりとなるのでごぜぇやす。


あっしらは一度も食べたことがごぜぇませんが、ユーグリッド様ご自身もお食べになって、美味であると米を褒めておりました。決してあっしらは怪しい米なんぞ作っておりやせん」


「・・・・・・・・・・・・」


デンガハクは考え込む。そのキィネという得体の知れない果実に十分に難色を示した。だが海外事情に詳しくないデンガハクにはそれがどのようなものであるのか理解できない。デンガハクは農園の長に確認の指令を出す。


「なら、そのキィネの肥料とやらがある場所に案内しろ。立てっ」


「へ、へえ」


そして農民がデンガハクを含む一部隊を連れて掘っ立て小屋の中に案内する。そこでは種籾たねもみを袋に入れて水槽に漬ける吸水作業の光景が目に入る。その水槽は一見しただけでは水を張っているだけのものと何ら変わらなく思える。


「この水槽にキィネの実とやらいうものが入っているのか?」


「へえ、そうでごぜぇやす。こうしてキィネの果汁を吸水させて栄養を含むようにしているのでごぜぇやす」


「なら、それを掬って飲んでみせろ」


「は、はい」


農夫がキィネの水槽から果汁水を掬って飲む。それには全く味はなく水とほぼ変わらなかった。


「ま、全く味がごぜぇません」


「味がしない? 果実なのにか?」


「へえ、キィネの実は食用品ではごぜぇやせんので。海外では作物の肥料として使われているのでごぜぇやす」


そしてデンガハクもついに水槽に指を漬けて一舐めする。確かに味がせず特におかしな味はしない。


(一見、毒の気配はないが、妙だな。このキィネの実とやらは本当にただの肥料なのか? 何故ユーグリッドはこんなもので米の栽培などしている?)


「ならば今度は貴様たちが外の米を食してみせよ。本当に毒が入っていないか確かめさせてもらう」


「へ、へぇ」


その疑り深い侵略者の将軍に、農夫はただペコペコ頭を下げて従うしかなかった。


そして米俵の紐が一斉に解かれ、そこから一杯分ずつ米が掬い取られ、500人分ほどの炊事が一挙に行われた。


その白煙からは確かに美味しそうな香りがし、今朝から何も食べていないデンガハクの鼻孔をくすぐる。


炊きあがった米は確かに通常の米粒よりも大きく、ふっくらと瑞々しく膨らんでいた。


「貴様たち、それを食べてみろ」


そのデンガハクの命令に農夫たちが一斉に食べ始める。皆食すると「おおっ」と感嘆の声を上げ、初めて食べる四季咲米しきさかまいの美味に酔いしれる。突然苦しんで倒れるような者は特にいない。


その様子を見遣ると、デンガハク自身も炊きあがった白米を一杯食した。


(むっ! 美味いな! これほど美味い米を食ったのは初めてだ。ユーグリッドの奴め、こんな上等な米を育てておったのか)


だが、食したはいいがなおもデンガハクの疑念は晴れない。ユーグリッドがこんなに安々と、これだけの量の米を覇王軍に略奪されることを許すだろうか。どうしても、何か裏があるような気がしてならない。だが、この米がなくては覇王軍は飢餓で滅びてしまうのだ。


(ざっと見た所我々覇王軍5万兵分を養うとしたら、40日分ぐらいはあるだろう。十分すぎるほど十分な量だ。だが、本当にこの米を兄上の元に届けても良いのだろうか?)


デンガハクは茶碗を持ったまま悩み入る。だが覇王はデンガハクに確実に敵の米を奪ってこいと既に命令を下している。兄からの期待は大きく、それに覇王軍の兵糧を失ったのは自分の責任だ。兄からの信望と自分の罪のみそぎ、その2つを天秤の同じ1つの皿に乗せれば、どうしても米を運ばざるを得ないという結論に達した。


「貴様ら、米を運べ。我々の部隊がいる前まで全ての米俵を運んでくるのだ。1俵でも隠すような真似をしたら全員皆殺しにするからな」


「へ、へへぇ」


おずおずと農園の長が命令を承諾すると、農夫たちが一斉に米俵を運搬した。騎馬隊の前にはいくつもの米俵の巨大な三角錐の塔が出来上がり、平山の一角には壮観な風景が広がった。500人の農夫たちはまたしてもデンガハクの前に跪く。


「こ、これで全部でごぜぇやす。あっしら、もうあなた様方に差し上げるものは何もごぜぇやせん。あっしらはただ、ユーグリッド様のご命令で農園の経営をしていただけでごぜぇまして、何も将軍様たちに逆らうつもりはごぜぇやせん。だからその、命だけはぁ・・・・・・」


農夫たちが一斉にデンガハクの騎馬隊に平伏する。皆ガタガタと体を震わせており、まるで毛皮を全て剥ぎ取られた子羊のようだ。皆ただ生き残りたい一心で自分たちが何の抵抗もできないことを証明する。


だが次の瞬間、農園長の首が飛んだ。


最前線のデンガハクが両手剣を抜き、残忍にも一振りで長の懇願を却下したのだ。


農園では忽ち農夫たちの甲高い悲鳴が一斉に響き渡る。


「あいにく貴様らに我々が略奪したことをどこかの国に密告されでもしたら、覇王の威信は落ちてしまう。全軍、口封じのために全員殺せッ!!」


その残虐な号令とともに一斉にデンガハクの騎馬隊が駆け出した。槍やげきなどによって農夫たちの心臓を貫き、首に刃を突き立てる。


ユーグリッドの農園は逃げ惑う農民たちの阿鼻叫喚に包まれ、平山は瞬く間に赤黒い平原と化した。生き残った者はもはや誰もいない。


「よし、これで全員片付いたな。米俵を全て馬に積めっ!! 我々覇王軍の元へ搬送するのだ!!」


そして大量の米俵の積荷が、連れてきた馬の上に乗せられる。固く縄で縛りつけられ、落ちないように荷物が整備された。


「全軍撤収っ!! アルポート王国の我が陣まで帰還するぞっ!!」


積荷作業の完了が確認されると、速やかにデンガハクは号令を発した。騎馬隊が森を抜けアルポート地方の平原を駆け抜けていく。


山に残されたのは、後は人間の屍の山だけであった。

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