着実に進む兵糧庫壊滅

兵糧庫の周りに白百合が植えらる作業が終わり、その日の2月16日の夜10時となった。


デンガハクが再びドムが統括する兵糧庫に訪れる。一日の終わりも近いこの時間に、定期的に副総大将が顔出しに来ることが決まっていたのだ。


「ドムよ、調子はどうだ? 上手く兵糧の管理はできているか?」


「はっ! 全くもって問題ありません! 順調に兵糧の管理と配達を抜かりなくできております!」


ドムが右の拳を左胸に当てて敬礼する。


その従順な配下の様子にデンガハクは満足そうに頷く。


「そうか、ならいい。残りの兵糧はどれくらいある?」


「今の所6万の兵を養うとなると、後10日ほどでございます」


「・・・・・・10日、10日か。あまり芳しい状況とは言えんな」


しかしデンガハクはすぐに渋面を作り、ドムの率直な答えに悩み入る。そして今後の戦のことを慎重に考えた末に、余儀のない指令を出した。


「大事を取って、できれば後5日はど兵糧を確保しておきたい。食事の量を多少減らしても構わん。15日分の食料を賄えるようにしておけ」


「はっ、了解しました! では昼食を抜きにして朝、夜だけに食事を配膳するというのは如何でしょうか? 今までの米炊きも雑炊に変え、汁物も海水を蒸留した水で水増しします。そうすれば後18日は持つでしょう」


「・・・・・・やむを得ぬな。ではお前の言う通りにしよう。その海水を蒸留するという方法はお前に任せるぞ」


デンガハクはドムの提案を受け入れるとふと横に目を遣る。すると兵糧庫の周りにやけに花が咲いていることに気がづいた。昨日は見かけなかったその白雪が積まれたような光景に、デンガハクは不審に思いドムに質問した。


「おいっ、ドムよ! この花の群れは何だ? これはお前の独断でやったことか? 何故お前は我が軍の兵糧庫に花など植えているのだ?」


「はい、これはネズミ除けでございます。最近我が軍の兵糧庫でネズミの被害が多くなっているため、百合の花を兵士たちに埋めさせました。百合にはネズミを遠ざける匂いを発する効果があるのです」


「百合の花だと? そんなものでネズミ除けができるのか? こんなどこにでもあるような平凡な花に、そんな珍妙な効能があるとは初めて知ったわ」


デンガハクは感心したように声を漏らす。そしてその抜かりのないドムの博識さにますます信頼を深めた。


「まあよい。お前がそういうのであれば間違いないだろう、では俺はこれで戻るとする。明日も兵糧の管理を頼むぞ」


デンガハクは引き続きドムに兵糧庫の管理を委託すると、そのまま馬に乗って兵糧庫を出ていった。


(さて、一応兵糧の節約の仕事はしておくか・・・・・・デンガハクに今俺のことを疑われるわけにはいかない。明日は油藁の仕事と平行して海水の蒸留作業もしなければな)


そしてドムに変装していたユウゾウはシノビ衆たちを連れて己の拠点に戻っていった。


日が昇り17日の朝7になると、早速ドムに化けたユウゾウは兵糧庫の兵士たちに作業を指令していた。


昨日作ったばかりのごま油の藁を、むしろの上に置いて日差しの元に晒し、水気が全くなくなるまでカラカラに乾かす。


そして焚き火の上に海水を張った鍋を置き、更にその水面の上に一回り小さな桶を浮かべ、更に冷たい海水の入った鍋を蓋として乗せた蒸留装置を作る。これによって下の鍋から湧き上がる水蒸気が上の鍋底に水滴となって溜まり、その蒸留水が桶の上に垂れ落ちることで真水を作ることができるのである。


そしてその2つの作業は夕方6時まで続けられ、大量の真水と大量の干し草が完成した。


「できた水は空になった貯水箱に入れ直しておけ。それから油藁はわかりやすいように米俵の横に積むんだ」


そしてユウゾウはテキパキと兵士たちに指示を出す。


部下たちは慣れた手つきで物資の運搬作業を進めた。


それから17日の夜10時が過ぎた頃、またデンガハクがやってきた。


「ドムよ、兵糧の調子はどうだ? 上手く兵糧の節約はできているか?」


「はっ、デンガハク様! 昼食を抜きにしたことで我が軍の兵糧は後15日ほど確保できました。アルポート地方の海水を汲み上げ、蒸留する作業も順調に進んでおります」


「・・・・・・海水か。俺も海のことにはあまり詳しくないが、本当にそれは飲めるのか?」


「はい、私めはこうした野外活動での技術については熟知しております。私めが試飲した所塩の味も全くしませんでした。完全な真水を作ることができております」


「そうか。なら、その真水とやらを俺も飲んでみることとしよう」


そしてデンガハクはユウゾウの案内を受け、貯水庫の陣門を開く。


そこには木製の貯水箱が台座の上に乗せられ、いくつも整然と並べられていた。


そしてユウゾウにより海水から作った飲み水が入った貯水箱を示されると、デンガハクは蓋を開けて手で水を掬った。


「うむっ! 確かに全く塩の味がせんな! これなら十分飲み水として使えるだろう! して、今日作った水はどれくらいの量だ?」


デンガハクが期待を胸にユウゾウに問う。


「凡そ5000の軍を養うのに一回の食事分ほど」


「・・・・・・5000の兵たった一回分? そんなに少ないのか? やはり人間が海水を飲むというのはそれほど難しいことなのだな」


デンガハクは残念そうな顔をする。だがその表情の曇りは一瞬で晴れる。


「だがまあいい、どの道もうすぐこの戦争も終わるのだからな。カマンが見事アルポート王国の武器庫の破壊をできたのだ。これで奴らの大砲の弾が尽きるのも時間の問題となった。アルポート王国が我ら覇王軍の手によって落ちる日も近い」


デンガハクは濡れた人指し指を顎に添えてククとほくそ笑む。その横顔には確かに普段のデンガハクが纏っていた己への自信と敵への嗜虐心が溢れていたのだった。


(・・・・・・まずいな。デンガハクの話が本当なら、アルポート王国は相当劣勢になってしまっているということになる。この覇王の側近が言う通り、アルポート王国が落ちるのも時間の問題だろう。


そうなればユーグリッド様は覇王によって殺されてしまい、俺たちがこの任務を続ける意味がなくなってしまう。俺たちも急いで兵糧の焼き討ちを決行せねば!)


デンガハクが心の余裕を持ってニヤついている中、ユウゾウは焦りの感情を持って眉根に皺を寄せる。


シノビ衆にとって主の命が失われるということは、自分たちの命が失われるということと同じだ。ユウゾウは自分たちの任務の成否こそが、今まさにアルポート王国の命運を握っているのだということを悟る。主の王命を命がけで果たさなければ自分たちも主も死んでしまう。ユーグリッド王と覇王との長きに渡る因縁がもうすぐ決着が着くのだという事実をはっきりと認識した。


それからしばらくして、デンガハクとユウゾウは確認の用が済み貯水庫を共に出る。


すると覇王軍の副総大将はふと、米俵の横に大量の藁の束が置かれていることに気がついた。


「おいドム! このむしろに置かれた藁の束は何だ? 何故こんな所に大量の藁が置いてある? 何やら油のような臭いもするぞ! 馬の飼料置き場は確か兵糧庫の一番奥にあったはずだが?」


デンガハクは訝しげな表情で指を指しながらユウゾウへと顔を向ける。


「・・・・・・はい、これは実を申しますと、人間が食べられるように藁の加工をしているのでございます。この藁に既に我が軍が持参していたごま油を漬けることで、人の胃腸で消化できるように処置致しているのです。この藁を刻んで白飯と混ぜれば、腹持ちの良い麦飯を作ることが可能となります。


我々覇王軍は今食料難であり、どんな物でもできるだけ食材に変えて、兵糧の備えを確保せねばならないと私めは考えているのです。決して味が良いとは言えませんがやむを得ません。我々覇王軍はもっと食材の調達に専念するべきでしょう」


ユウゾウは覇王軍の兵糧に関する手抜かりのない意見を述べる。


その配下の進言を聞き届けると、デンガハクはおもむろに藁の一束を掴み取って口の中に入れる。もごもごと歯を動かすが中々噛み切ることができない。まるで雑草のような青臭い味がして不味かった。だがそれを何とか飲み干して、デンガハクは渋面を作って答えを返す。


「・・・・・・やむを得ないな。こんな物でも今の我々にとっては貴重な食料だ。兵糧が多いことに越したことはない。ドム、もしもの時は馬を殺してでもこの藁の食材を作り置きしておけ。裁量はお前に任せる。我々覇王軍が勝利する瞬間まで兵糧を万全に確保しておくのだ!」


「はっ! 仰せのままに!」


ユウゾウが再びキビキビと敬礼の姿勢を取り副総大将の指令を授かる。


そしてデンガハクはその頼りがいのある配下の様を見遣ると、ニコリと口元を笑わせ安心する。そのまま憂いなく馬に乗って身を翻すと、颯爽と兵糧庫を去っていった。


その後ろ姿を見届けた後ユウゾウたちシノビ衆8人も、17日が終わる深夜12時に自分たちの拠点へと戻っていった。


「お前たち、とうとう我々の任務を達成する時が来た。明日19日となる深夜12時より、覇王軍の兵糧庫の焼き討ちを決行する。この破壊工作にこそアルポート王国の、そしてユーグリッド様の命運が懸っているのだ。この任務は絶対に失敗できぬ。心してこれから説明する作戦を聞けっ」


「「「「「「「はっ」」」」」」」


そしてシノビ衆8人は覇王軍の兵糧攻めの最後の仕上げへと入ったのだった。

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