白百合とごま油の藁

「というわけだ兵糧庫の兵士諸君よ。今日よりこのドム将軍が新しい兵糧長となる。今後は各自ドムの命令に従って兵糧警備と食事配達を行え!」


2月16日朝5時前、デンガハクがドムの部隊とともに東陣の覇王軍の兵糧庫に赴くと、兵士たちに新兵糧統括者がドムであることを発表した。


ドムは一歩前に出ると自己紹介する。


「ええ~、私が今日よりこの兵糧庫の管轄を務めるドムだ。今後はお前たちをビシバシ指導してやるから覚悟しておけぃッ!! つまみ食いする者や遅刻する者はその場で鞭打ちの刑だぁッ!!」


いきなり見慣れぬ将が現れ厳しい態度で名乗り上げると、兵糧庫の兵士たちは辟易とした。先日横領の罪で殺されてしまったシュウメイとは真逆の性質の上司である。元々自分たちの元には戦火も及ばず、気が緩んでいた支援部隊には一気に緊張が走った。


「では、後のことは頼んだぞドムよっ! 俺はアルポート王国との戦場にすぐ行かねばならん!」


「はっ! ご武運を! デンガハク様!」


ドムがハキハキした声でデンガハクを見送ると、早速兵糧庫の部下たちにギロリと振り返る。


「ではまずは食事を全軍に運べっ! もう準備はできておるのだな!」


「は、はいっ! 既に調理は終わっております!」


部下の一人がおどおどした態度で答えを返す。皆そのドム将軍のいかめしい出で立ちに直立姿勢を取っていた。


「では配膳部隊は料理と米を届けろっ! しばらくはいつも通りの献立でいい。今後の食事の量は私が決めていく!」


ドム将軍の荒々しい掛け声に、兵士たちが慌てて鍋や米の袋などを持って兵糧庫を出ていく。ハズレの上司を引いてしまったことに皆残念に思いながらも、仕事はきちんとこなさなければならない。


ドム将軍は配膳部隊たちが陣門を出ていくのを見届けると、次は巡回兵の一部隊を一瞥し声をかける。


「おい、お前たちっ! 私に兵糧庫の案内をしろっ! 今覇王軍の食料事情がどうなっているのか調べておきたいっ! ボザっとするな! 早くこっちに来いっ!」


「は、はいっ!」


その初めての相手でも容赦のない横柄さに、ますます兵士たちは縮こまった。5人の巡回兵は早速兵糧庫の西北の一番奥の、高床式の倉庫から順々に案内する。ドムに付き従う7人の部隊も合流して13人の行列となる。兵糧庫の兵たちは恐る恐る倉庫の中身をドムに見せていった。


「・・・・・・はい、ここの倉庫にはごま油の壺がありまして、凡そ今は20壺ほどあります。焼き物を作る時にはこの油を使って調理しております」


「ふむ、なるほど、我々覇王軍はごま油を使って調理しているのだな。どれ、一口舐めさせてもらおうか」


ドムは油壺の蓋を開け、指を豪快に突っ込んで口に入れる。


「・・・・・・ふむ、なるほど、中々純度が高いようだな。これだけ品質が良ければ火焚にも用いることができるだろう。なるほど、これは使える・・・・・・」


ドムが次々と壺の中身の味を確かめてはほくそ笑む。


その不可解で無遠慮な新兵糧長の姿に案内兵たちは顔を見合わせて戸惑いを見せる。先程からこの闖入者ちんにゅうしゃに兵糧の説明を続けているが、覇王軍の事情自体もあまり詳しくわかっていないようだった。本当にこの将が適任なのかと疑問に思えてくる。


「よし、では次は馬の飼料について調べておきたい。この軍は確か藁を馬の餌にしているのだったな」


「・・・・・・はい、確かにそうですが」


「では、そこに案内しろ」


ドムの突然な申し出に兵士たちはまた顔を見合わせる。人間の食料が危機だという時にどうして家畜の飼料のことなど気にするのだろうか。兵士たちが疑問を持ちながら外へと案内し、四阿あずまやの屋根下に大量の藁の束が積まれた所へ連れて行く。


ドムはそれはをつぶさに調べ初め、人間の食用で無いものなのに口に放り込む。


「ふむ、ちゃんと乾燥しておるな。この藁は後どれくらいある?」


「はあ、兵たちの食料と違って今の所大量にあります。だいたい21日分ぐらいはあるでしょう」


「そうか、覇王軍の兵糧が後11日分だったから10日分余計にあるということだな。それなら話は早い。10日分の飼料を兵糧庫の中央広場にまで運び出せ」


唐突に兵糧長が不可解な命令を出してきたことで、ますます案内兵たちは混乱する。一体この傲岸不遜な新参の将は何を考えているのだろうか。


その兵たちの困惑を他所に、ドムは矢継ぎ早に更に指示を出す。


「それからさっき見たごま油の壺も全部もってこい。それも中央の広場だ。他の兵たちも全員呼んでこい」


そして兵たちが慌てて駆け出すと、集合の呼子笛よびこぶえが兵糧庫で鳴らされた。


しばらくして16日の12時の昼過ぎになると、兵糧庫の兵士たちが全員中央広場に集められた。兵士たちはいきなりの召集令に不審を覚えながら、上目がちに尊大な新参将をおずおずと見上げる。


「よし、お前たち、早速だが今からネズミ退治を行う。兵糧帳簿によると最近ネズミの被害が増えてきているそうだからな。ネズミ除けの施工を行う」


そのドムの命令に兵士たちはまたしても首を傾げてしまう。確かに横領事件があったことは聞いているか、果たしてネズミの被害などという報告があっただろうか。


そんな兵士たちの疑いを無視してドムは大声を張り上げる。


「では作り方を説明する。といってもそれほど難しいものではない。まずここに用意した藁にごま油をふんだんに付け、高床式倉庫の真下や横側に敷く。そして更に倉庫の周囲の地面には百合の花の植える。以上それだけだ」


兵士たちはその謎の命令にまた眉根をひそめる。そんな作業は兵糧庫の職に付いてから一度もしたことがない。そしてついに疑問の声が一人の兵の口から飛び出てきた。


「あの、将軍。それに一体何の意味があるのでしょうか?」


おずおずと下級の兵士が尋ねると、ドムはそのネズミ除けの仕組みについて説明し始めた。


「言っただろう。これはネズミ除けの施しだと。ネズミには百合の花の臭いを嫌がる性質がある。だから百合の花を兵糧庫の各地に埋めることで、ネズミの食い荒らしを防ぐことができるのだ。


更にごま油はネズミにとっては致命的な毒になる。ネズミがこのごま油を吸った藁を齧れば、忽ちネズミは死んでしまうということだ。この2つの害獣除けの処置をすることによって、我々は覇王様の兵糧庫を守ることができるのだ」


ドムは尤もらしく振る舞って嘘か本当かわからない豆知識を披露する。


兵士たちは納得できるようなそうでないかのような微妙な顔をする。


「あの、ですが我々の軍には百合の花などありません」


一人の兵士がためらいがちに前に出て、ネズミ対策の材料がないことをを指摘する。


だがドムは大きく首を横に振って手を振った。


「いや、大丈夫だ。アルポート地方の、この陣から少し北に行った所にある平原には、冬にも咲く百合の花が満開になっている。それを今からありったけ運んでくるのだ。巡回部隊を半分ほど割き、その者たちで百合の花を摘みに出かける」


ドム将軍は百合の花の在り処を兵たちに教える。


やけにアルポート地方の事情に詳しい兵糧長に、兵士たちはますますこの男の素性がわからなくなった。いつの間にこの将軍はアルポート地方の調査などしたのだろうか。


だが結局将軍の命令に兵士たちは逆らえない。ドム将軍直属の部隊3人が兵士たちを連れて遠足に出かける。


そしてその日の夕方6時頃になると兵士たちは大量の百合の花を摘んで帰ってきた。


「よし、そのまま倉庫の下や横側に百合の花を植えておけ。これでネズミ駆除の第一作業は終わりだ」


ドムが指示を出すと兵士たちは花植えを始める。兵士たちはこの意味不明な作業を終わらせたい一心で無言で土いじりをする。そして兵糧庫の周囲はあっという間に百合の花に包まれた。


「花植えはこれで全部終わりだな。後は夜9時に食事を全軍に運び終えれば、我々の今日の仕事も終わりだ。ごま油の藁作りの作業も順調に進んでいる。害獣駆除の準備も着々と整ってきているということだ・・・・・・」


ドム将軍は機嫌が良さそうに何度も頷きを見せる。


兵士たちはその上司の姿を見るとわずかながらほっと一息ついた。強面の男がいつどこで虫の居所が悪くなって、自分たちに怒りの矛先を向けてくるのかわかったものじゃない。その事が上手く運んでいると思っているらしい上司から、余計な火の粉が降り掛かってこなくて済むと思っていたのだ。


「これで昼時の巡回兵の仕事は終わりだ。お前たちはもう自分の野営地に帰っていいぞ。後は夜時の巡回兵に任せておけばいい」


ドムは解散の許可を部下たちに出し、追い払うように手首を振る。


巡回兵たちはそそくさと陣門を出ていく。


そして夜の巡回兵たちがすぐに兵糧庫の外からやって来た。


ドム将軍の奇妙な行動はまだまだ続く。

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