覇王軍の兵糧庫調査
2月13日の夜10時になるとユウゾウたちは黒装束の衣装に着替え直し、シュウメイがいる兵糧庫の中に侵入した。倉庫の屋根に上り、兵糧庫全体を観察する。
すると兵糧庫の木の柵の陣門が開かれ、覇王の次弟デンガハクが入ってきた。そのシノビたちの眼下の将はどこか歩調が荒々しく、遠目から見ても明らかに苛立っていることがわかる。
「シュウメイ! 残りの兵糧はどうなっている!? 後どれくらい持ちそうだ!?」
デンガハクは声を荒げてて詰め寄るようにして管理者に尋ねる。
「は、はい、今の所14日分ぐらいかと・・・・・・」
「14日だとッ!? 予定では15日ではなかったのか!? 一日分減っているぞ!!」
「そ、それが、昨日の夜の間に食料の横領があったらしく、朝に確認しました所一日分の兵糧がなくなっておりました。誰かがその食料をどこかへ隠し持っているのではないかと・・・・・・」
シュウメイがおずおずと事件があったことを伝えると、デンガハクはこめかみをヒクヒクさせて激高した。
「この愚か者がッ!! その簒奪者は明らかに貴様の兵糧部隊がやったことだろッ!! これだけ厳重に警備をしておきながら、それほどの量の食料が奪われたのだとしたら、兵糧庫の事情をよく知るこの部隊の身内以外に考えられん!! こんな杜撰な管理をしおって、貴様はそれでも覇王の兵糧庫を預かる兵糧長かッ!!」
デンガハクはついに苛立ちが頂点に達し、シュウメイを思い切り殴り飛ばした。
シュウメイの体は吹き飛ばされ、陸に打ち上げられた人魚のように足を曲げて倒れる。両手を砂利の上で強かに打ち、頬には痛々しい紫のあざが膨れ上がった。
「いいか!? 次にこんなヘマをしてみろっ!! 貴様を部下たちの前に晒し者にして棒打ち100回に処してやるからなッ!! 明日もこの時間に見回りに来るから覚悟しておけッ!!」
デンガハクは力なく倒れたシュウメイを脅しつけると、そのまま足を踏み荒らして兵糧庫を出ていく。
シュウメイはその怒れる副総大将の背中を見送るとノロノロと立ち上がり、すぐに部下たちの手当を受ける。その間もシュウメイは沈痛な面持ちで口を閉ざしていた。
(これは使えるぞ! デンガハクはシュウメイに対して不信感を抱いている。これを利用すれば、デンガハクにシュウメイを殺させるように仕向けられるかもしれない)
ユウゾウは一計を案じ、その陰謀の実行を決定する。
その後13日の終わりの深夜12時となり、シノビ衆6人が拠点に集まっていた。残りの2人にはユウゾウの指示により引き続き兵糧庫の陣の中を観察させている。その事情を拠点に集まった部下たちにまず説明し、それから部下たちの報告をユウゾウは受けた。
(やはり、北陣と南陣に兵糧庫はなかったか。海の上の西陣にも恐らく敵の兵糧庫はないと見ていいだろう。シュウメイの兵糧帳簿から鑑みてもそれは明らかだ。このまま東の兵糧庫の破壊だけに俺たちは注力しよう)
「よし、お前たち、このまま眠らずに任務を続行する。これから東の兵糧庫まで全員で赴き敵陣を捜査する。どうやら敵の兵糧庫には食料を横領する者が存在するようだ。その者の正体を探し出すぞ」
「「「「「はっ」」」」」
そしてシノビ衆たちは全員黒装束に着替え、東の兵糧庫に向かった。全員で防柵を飛び越え、倉庫の屋根に鉤縄を掛け、音もなく各倉庫の
そのまま匍匐の姿勢で屋根の前まで出て、怪しい動きをする敵兵がいないか観察する。
しばらく時間が経つと、ユウゾウの部下の一人が倉庫の前から突然4人の内2人の見張り兵が、その小屋の中に入っていくのを確認する。そのシノビはすぐさま屋根から静かに飛び降り、木製の窓から内部の様子を確認する。
「ほ、ホントに大丈夫なのかよ? 覇王の食料を盗み取ろうなんて。見つかったら俺たち殺されちまうぜ?」
「大丈夫だよ。昨日も上手くいったんだ。どの道覇王軍にもう食料なんざない。上手く俺たちだけでも食料を確保して海賊王んとこにでも逃げようぜ。舟ならもうアルポート王国の外れにある岸辺に繋いである。なるべく食料を多く奪って海賊王に献上するんだ。
そしたら仲間たちも含めて、俺たち全員が海賊王の家来になれるってわけよ」
倉庫の中の敵兵が大胆にも海賊王に降ることを仲間に話している。どうやら覇王軍を裏切って海賊王の所に亡命するつもりのようだ。
そして外にいる見張り番の兵士たちは巡回兵たちがやって来ると、仲間は今用を足しに行っていると説明し、少し長くなっておりしばらく戻ってきそうにないとも弁明する。この2人の兵士も横領の共犯のようだ。
その犯人たちの一連の連携を確認し終えると、シノビは再び鉤縄を使って屋根に登り、別の屋根にいるシノビに向かって石を投げた。
その石ころの音にまた別のシノビが気づくと、更に別のシノビがいる屋根に向かって石を投げる。
その伝達作業が繰り返され、どんどんシノビ衆全員に合図が行き渡ると、兵糧庫近くに張ってあった偽の天幕に全員が集合する。そして最初に石を投げた部下のシノビが話し始めた。
「食料を横領している敵兵を発見しました。その盗人どもは見張り番全員が共犯のようで、兵糧庫の西北の一番奥にある食料庫で盗みを働いておりました。恐らくすぐにでも兵糧の袋を外に運び出すはずです。海賊王の元へ亡命するための手土産にしようと考えているようで、昨日から簒奪を続けているのだという情報も得られました」
部下の報告を聞き終えると、ユウゾウは静かに頷く。そして部下たちに次の指示を送った。
「よし、ならば全員でその盗人の兵どもを尾行するとしよう。奴らが兵糧をどこに隠しているのか見つけ出すのだ」
ユウゾウが短く部下たちに告げると、一斉にシノビ衆たちが盗人兵の尾行を始める。
その敵兵2人は何喰わぬ顔で西北の食料庫から食料袋を運び出し兵糧庫を抜ける。陣門を
そしてしばらく二人は歩を進めると陣から離れ、東陣の少し北に外れた所にある拠点に到着する。
「おう、食料持ってきたかお前らっ! 調子はどうだ? 誰にもバレず運び出せたか?」
「ははっ、大漁だぜっ! これで10日ぐらいは持ちそうだ。他の奴らも誰も気づいちゃいない」
食料を盗んできた2人の兵は、既に拠点にいた他の仲間と言葉を交わし、そのまま地面に袋を置いてドカリと上に座る。シノビ衆たちがしばらく様子を
「どうせ覇王軍は投石機もなくなっちまったし、このまま食糧難で滅びちまうんだ。今逃げなきゃ俺たちも死んじまうぜ。兵糧が尽きる前にさっさと逃げ出すのが得策ってもんだ」
「全くそのとおりだな、俺たちの方も上手く覇王の宝物庫から金銀財宝を奪ってきてやったぜ。これだけあれば海賊王も俺たちを仲間に入れてくれるだろうよ」
「ははっ、やったぜ! 元々俺はデンガダイのことが嫌いだったんだよ。何が天下統一だよ、意味不明なこと言いやがって。それならまだ金さえ渡せば話が通じる海賊王の方がマシってもんよ。俺はこれから先海賊王の靴だって舐めてやるぜ」
「ああ、そうだな。どの道俺たちももう後には引けねぇ。覇王を裏切ってただで済むわけがねえからな。それで確認なんだけどよぉ、明日の深夜12時には仲間10人と一緒にここに集合して、それから荷物運んで海に渡るって段取りでいいんだよな? これで俺たちも海賊の仲間入りってことだよな?」
「そうそう、それでいい。ちゃんと時間を間違えずに来いよ? 約束の12時に遅れる奴は全員置いていくからな?」
6人の男がぺちゃくちゃと脱走計画について話し合う。ユウゾウたちの気配など微塵も感じ取れないほど夢中になっていた。
その会談をしばらく観察し、男たちが自陣に戻っていくの見届けると、ユウゾウたちも自分たちの拠点に戻った。
「お前たち、今後の方針が決まった。明日の14日の終わりの深夜12時、盗人どもの拠点を4人で襲撃する。残りの4人は引き続きシュウメイの尾行を続け、奴が就寝に就くまでに睡眠薬を盛れ」
ユウゾウの指示にシノビ衆たちが頷くと、そのまま床に入りわずかばかりの就寝を取る。
そしてしばらくして時間が経ち、14日と15日の間の深夜12時となった。例の盗人の拠点では、話の通り10人の賊兵が集まっている。皆これから覇王軍を脱出することに意気揚々としており、その門出を祝い合っている。
そしてしばらく談笑が続いた後、全員が一斉に荷物の運搬を始めた。
そしてその瞬間、シノビ衆四人が襲撃をかけた。
そしてドサドサと海賊王に献上するはずだった荷物が地面に落ち中身が零れてしまう。
ユウゾウたち四人のシノビはその食料と財宝の荷物を新しい食料袋に入れ直し、血のついた古い袋を捨て去る。
「よし、このままシュウメイが眠る野営地まで運ぶぞ。
そしてユウゾウたちは覇王軍の兵の衣装に着替え、荷物を担ぎながら走った。東陣の防柵の外側から担いだ荷物を投げ込み、そのまま自分たちも柵を飛び越える。そして再び荷物を持つと覇王軍の支援部隊に化けてシュウメイの野営地へと向かった。
その兵糧長が眠る天幕にこっそりと入ると、ちょうど杭が打ち付けられている幕の端っこの隅まで荷物を運ぶ。そして4人のシノビたちは荷物をそっと置き、地面に垂れ下がっている幕の隙間に隠し入れる。
寝床に横たわるシュウメイ自身は、他のシノビ衆たちが予め眠り薬の粉を入れた食事を食するように仕向たことで、深い眠りに入っている。
結果としてシノビ衆たちは誰にもばれずに、シュウメイの天幕に盗み出された食料や財宝を隠すことに成功した。
これでシュウメイが覇王軍の物資を横領しているかのように見せかけることができたのだ。
「これで後はデンガハクに『シュウメイが物資の横領をしている』という密告書を送るだけだ。明日になればシュウメイはデンガハクによって殺されることになるだろう。そしてその時が、俺たちが敵の兵糧庫を攻略することができる好機だ」
そして15日に入った深夜の工作を終えると、ユウゾウたちは己たちの拠点に戻り睡眠を取る。
こうして、シノビ衆による覇王軍の兵糧庫焼き討ち工作が始まったのだ。
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