シノビ衆の工作

時は遡り2月12日の終わりの夜12時、覇王軍の東陣の最後尾北の一角ではある小さな天幕が張られていた。ちょうど東陣営の北東の防柵の角に設置された目立たない覇王軍の幕屋であり、周囲には篝火も掛けられていない。


そこには8人の部隊が駐屯しており、覇王軍は誰もその者たちのことを知らない。


「お前たち、よくぞ集まったな。予定通りだ。これで俺たちシノビ衆が全員集合できた」


その天幕の中で、一人の黒装束の男が他の同様の格好をした者たちに密やかな声で話しかける。その者たちはそう、ユーグリッドが家臣として抱えているユウゾウを頭領としたシノビ衆8人であった。


「俺たちはユーグリッド様より覇王軍の兵糧を全て焼き払えというご命令を頂いた。つまり俺たちが成すべきことは覇王の食料源を根絶すること。このユーグリッド様がお与えくださった任務を、俺たち8人の身命を賭して必ず成し遂げる」


「「「「「「「はっ」」」」」」」


頭領の任務内容の言伝ことづてに、他の7人のシノビも小さく返事をする。


「ではまず第一に俺たちがしなければならないことを確認しよう。それは敵の兵糧の在り処を探すことだ。まずは明日から丸々一日を使って敵陣営の全ての兵糧庫を洗い出す。


北陣に3人、南陣に2人、そして俺を含む東陣に3人で調査を開始する。班員の分け方は地面に書いた通りだ。明日もこの深夜の12時にこの拠点に全員集まり情報交換を行う」


「「「「「「「承知しました」」」」」」」


そしてシノビ衆はその日交代で見張りを立てながら就寝する。明日の潜入任務に備えて体力を温存していたのだった。




そして朝の3時となりシノビ衆たちは動き出した。ユウゾウたちは覇王軍の兵士に化けて天幕の中から出てきた。


他の覇王の陣営にはごく少数の見回りがいたがほとんど人が見当たらない。敵軍は皆まだ眠っているのだ。


「よし、お前たち。まずは朝の炊事の煙の位置を確認するぞ。見晴らしの良い所を見つけ出してそこから兵糧庫の位置を割り出すのだ」


「「「「「「「はっ」」」」」」」


囁くように返事しながらシノビ衆たちが散る。そしてユウゾウたち3人の部隊も移動を開始した。


「まずはあのやぐらに登ろう。敵の見張り兵を首を締めて始末し、代わりに俺たちがあそこを乗っ取る」


ユウゾウは部下たちに伝え、静かに櫓の梯子の前へと移動する。ユウゾウが声を出さず手だけで待ての合図を出すと、音を立てずに梯子を登り出す。登り切る直前で、櫓の上で前方を眺めている3人の兵士の背後が見えた。


次の瞬間、ユウゾウは飛び上がると伴に手に持っていた鎖鎌を瞬く間に3人の敵の首の外周に回す。そして3人の首を同時に鎖で巻きながらユウゾウの元に引き寄せる。


「ガ、ガ、ガ・・・・・・」


まともに悲鳴を上げることすらできず、3人の兵士たちはユウゾウが鎖を交差させて締め上げるかいなによって絶命した。瞬く間に三人の兵士の死体が出来上がったのである。


ユウゾウは死体を静かに床に下ろしてから梯子の上から顔を出し、手の仕草だけで部下たちに上がるように合図を出す。そして部下たちがすぐさま梯子を登ると、ユウゾウは次の指示を出した。


「このまま敵の死体を片付ける。予め用意した誰もいない天幕の寝床に兵を隠しておくのだ」


そして3人のシノビは死体を担ぎながら梯子を降り、速やかにユウゾウたちが作った偽の天幕の中に入る。そして死体に毛布を被せて誰にも見えないようにした。


「これで2日は持つだろう。死体の腐敗の臭いが発生するまでは誰も気づかないはずだ。早速元の櫓に戻るぞ」


「「はっ」」


そして3人は誰もいなくなった東陣の櫓の上に登った。


朝3時半となり、シノビたちは覇王軍の巨大な投石機が後陣を通りかかったのを見た。その数は20機ほどあり、明らかに今日でアルポート王国と決着をつける算段だとわかった。ユウゾウたちの部隊はその光景に思わず肝を冷やす。


「ユウゾウ様、どうなされますか? あの投石機を止めねばアルポート王国が負けてしまうやもしれませぬ」


部下の一人が櫓の上で小さな声をかけてくる。


「・・・・・・いや、俺たちがユーグリッド様から授かった任務は、飽くまで敵の兵糧庫を焼き討ちにすることだ。俺たちは余計なことは考えず、兵糧庫の破壊だけに専念しよう。投石機のことはアルポート王国の将たちに任せておくのだ」


「・・・・・・はっ」


飽くまで自分たちの任務に集中すると宣言するユウゾウに、部下は短く返事をする。そしてそのまま部下たちは遠眼鏡とおめがねの筒を片目に当て、覇王軍がいつ炊事を始めるのか調査を開始した。


しばらくしてちょうど朝5時になると、覇王軍の後陣の真ん中辺りで一斉に白い煙が立ち上った。その煙の群れは線で繋げるとちょうど1つの円を描くことができる。


そして時間が経つに連れ、その初めに浮かび上がった煙の円を中心として順々に、更に大きな円形状の煙の群れが立ち上っていった。その煙の円はどんどんと陣の外側に向かって放射状に立ち上っており、規則的な周期で覇王軍の部隊が炊事を行っていることがわかった。


(凡そ10分ごとに、最初の円から300メートルほど離れた位置から順々に煙の群れが上がっている・・・・・・恐らくこれは、同一の場所にある兵糧庫から一斉に各陣に食事が運ばれているということだ。、ほぼ同じ時間帯で覇王軍の各部隊が朝食を摂るという規則が決まっているのだろう。


だとしたら兵糧庫があるのは恐らく最初にできた煙の群れの円の中だ。その半径は約2キロメートルほどの巨大なものであり、この東陣にかなり大規模な兵糧庫があることがうかがわれる。俺たちが狙うべきなのはその東の後陣の中央にある巨大な兵糧庫だ)


そうユウゾウは結論すると、部下たちにまた静かに指示を出す。


「あの最初に出来た煙の円の内側まで移動するぞ。恐らくあそこに敵の兵糧庫がある」


そしてユウゾウたちは3人の巡回兵に化けて覇王の陣を歩き出した。そして目的の場所の近くまで到着すると、やはりそこに兵糧庫があることがわかった。外側の防柵の隙間から大量に積まれた米俵や、大きな貯水箱の列が見え、そしてその他の食料が収納されていると予測される高床式の倉庫がいくつも建てられている。


見張りの兵たちも数多く存在しており、皆倉庫の前に4人ずつ立っていたり、5人の部隊で兵糧庫のある陣営を何度も巡回していたりしていた。今兵糧不足の覇王軍にとって食料は最重要の物資であり、そのためにかなり厳重な警備を敷いているようだ。


そんな物々しい大勢の兵士たちが兵糧庫に駐屯する中、その中央で声を張り上げる将がいた。


「よーしっ! 全部隊に食事が行き届いたな! では調理部隊、次の昼12時までに全軍の食事の用意をしておけっ! 北・南・東・西、全ての陣に食料が行き届けられるように配膳の準備をしておくのだ!!」


朝の物静かな霧の中で、陣中央の敵将の大声が響き渡る。あの者が恐らくこの兵糧庫の統括者だろう。そしてその男は重要な情報を漏らしたのだ。


(この兵糧庫から東西南北の全軍に食事が送られているのか・・・・・・だとしたら、覇王軍の食料はここの兵糧庫で一括して管理されていることなる。道理で警備が厳重でこれだけ巨大な施設になっているわけだ。


だがこれは俺たちにとっても好都合なことだ。この兵糧庫さえ破壊できれば、覇王軍は飢餓に陥ることになり、俺達の任務も完了する)


そしてユウゾウは具体的な目標の設定が終わると、部下たちに再び指示を出す。


「あの兵糧庫を統括する将について調べる。奴の尾行を続け、なるべく多くの情報を入手するのだ。何か兵糧庫を破壊するための手がかりが得られるやもしれん」


そしてユウゾウたちはその将についての調査を開始した。




そしてその日13日の夜まで調査を続けると、覇王軍の兵糧事情についての様々な情報が得られた。その兵糧庫を統括する男の名はシュウメイ、覇王軍の戦では常に支援部隊に所属している将だということが諜報活動の結果わかった。


兵糧庫のすぐ近くの南東の陣営にシュウメイが逗留とうりゅうする野営地がある。その者が寝泊まりする天幕の中を調べると、ぺーじの厚い兵糧帳簿が置いてあった。


それをつぶさに読むと、確かにそのシュウメイという将がこの戦の兵糧統括者だということが把握できた。


更に帳簿を調べ進め、朝5時、昼12時、夜9時より戦闘を行っていない後衛部隊に一斉に食事が届けられることも判明した。前衛部隊には軍の帰還が確認され次第、食事の支度がすぐさま執り行われるのだということも合わせて記されていた。


ユウゾウたちは更に帳簿の頁を繰り、覇王軍の兵糧統括者について知っていく。


(このシュウメイという男は覇王から随分と信頼されているようだな。長年兵站へいたん将を務めており、性格も真面目だそうだ。そして部下たちからの信用もあり、部隊の指揮能力も高い。覇王の兵糧庫を任せられるには十分な逸材というわけか。


だが、だからこそこの男は俺たちの任務を遂行するためには邪魔な存在となる。奴がいる限り兵糧の厳重な警備は崩すことができず、火攻めをする好機も訪れないだろう。まずは奴を消すことが俺たちシノビ衆の第一目標だ)


ユウゾウは暗殺の陰謀を部下たちに伝えると、更にシュウメイの尾行を継続する。


ユウゾウたちの兵糧庫焼き討ちの任務は、まずシュウメイを暗殺することから始まった。

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