同盟と亡命

「ではまずリョーガイ、残りの大砲の残弾がどれくらいあるのか教えてくれ。倉庫は全て破壊されてしまったが、外に持ち出した分がまだあるはずだ」


2月17日午前3時半、玉座に座りながらユーグリッドが大砲大将リョーガイに尋ねた。その衣服は敵軍の侵入者カマンを斬り捨てた直後であり、紅白の色を成して血塗れになっていた。


宮仕えの者たちが玉座の間の中央でカマンの死体の掃除をしており、せっせと床を雑巾で拭いて桶に絞り出すことを繰り返している。


「はい、では単刀直入に話させていただきます。同じ調子で覇王の軍とアルポート王国が戦い続けたとしたら、残りは今日も含めて3日ほど、つまり19日の夜には尽きる計算となります。


節約すればまだもうちょっと持ちましょうが、砲弾の破壊工作に成功した覇王が果たして攻め手を緩めるかどうかわかりません。下手をしたら予測よりも早くに砲弾が尽きる可能性もあります」


リョーガイはいつもの砕けた口調ではなく丁寧な言葉遣いで説明した。その余裕のない語り口が事態の深刻さを裏付けている。


「そうか。だとしたら我々が今まで通り優勢に戦えるのは後3日ということか・・・・・・ソキン、お主は今後の戦況についてどう考える?」


ユーグリッドは項垂れるソキンを睨みつけながら質問する。その王の目は今失望と怒りに満ちており、大将軍の職を今からでも解いてやりたい衝動に駆られている。


アルポート王国の大砲の残弾が尽きかけている原因は、まんまと敵の偽計に引っかかり西側の防備を怠ったソキンにある。この王の大将軍に対する不愉快な感情を示す視線は当然の報いだった。


ソキンは額の冷や汗を腕で拭いながら話を始める。


「・・・・・・はい、陛下。では私めの見解を話させていただきます。現在毎日の互いの軍の兵力の消耗は平均してアルポート王国が約500兵程度、覇王軍が約5000兵程度となっております。


アルポート王国は現在1万9000の兵力があり、一方で覇王軍は5万8000程度。今までと全く同じ戦いが続けば3日後の19日の夜にはアルポート王国が1万7500、覇王軍が4万3000となるでしょう。


ですが、覇王にも我々の武器庫が破壊された報は既に知らされているでしょう。何しろあれほど大規模な火災や爆発音が響きましたから。


ですので覇王軍は恐らく今日から敵の大砲の残りの玉を完全に消費させるべく、慎重な攻めを決行してくることでしょう。そして我々の大砲の砲撃の勢いがなくなった所で一気に攻め入る算段をしているはずです。


アルポート王国の北南東に最低必要な兵力の防衛線は5000兵程度、その数値を下回れば敵軍にアルポート城を攻城される可能性がかなり高くなります。我々は何としても、北南東に5000の兵力を維持すべきです」


ソキンが意気消沈した気持ちを何とか奮い立たせ、落ち着きを取り戻しながら王に防衛戦の意見を述べる。


ユーグリッドの視線はまだソキンに対して冷たく、けれど表向きには平坦な心持ちで問い続けた。


「そうか、覇王の軍から城を守るには最低1万5000の兵が必要だということだな? それを下回れば我々は死線を辿ることになる。


ではここで重要なことをお主に問おう。もし大砲の玉が尽きた後に我々が覇王軍と戦うとしたらどうなると思う?」


その氷の刃のような単刀直入な王の問いに、諸侯たちはゾクッと背中を凍らせる。それに対する答えこそがこの国家の存亡を左右する分水嶺ぶんすいれいの質問だったのだ。


「ええ、陛下。正直に申し上げるますとはっきりと答えは出せません。何しろ我々アルポート王国は大砲なしで覇王軍と戦ったことがありませんから。ですが確実に今よりもアルポート王国の被害が甚大になることは確かです。


今アルポート王国の一日の被害は500兵程度、それが大砲がなくなるとなるとその3倍の1500か、4倍の2000か、あるいは10倍の5000兵となるかもしれません。


そして防備が手薄となり一度でも覇王に城門をこじ開けられれば、圧倒的に兵力数で劣る我々は忽ち覇王軍に滅ぼされてしまうでしょう。そうなればこのアルポート王国の歴史も終わる。我々が覇王軍に負けてしまう可能性は十分にあるということです」


ソキンは口を濁しながら敗北の可能性について語る。


その頼りない大将軍の不確かな口述に諸侯たちの不安がますます募る。


もはや覇王打倒の戦意は崩れ落ち、自分の保身についてすら考え始めていた。


「・・・・・・そうか、戦況は読めないということか。だが依然として厳しい状況には変わりないだろう。付け加えて今お主に聞いておくとしよう。今兵を失ったばかりの西側の防備についてはどう思う?」


ユーグリッドはあえて目を背けていた議題について触れる。その失態を犯した大将軍の急所を、王は容赦なく抉ったのだ。


老いた将はその王の問いに、ドキリと心臓を跳ね上がらせ体の温度を下げる。だが大将軍は飽くまで己の今までの見解を変えなかった。


「ええ、それについてはもはや兵を置く必要もないでしょう。敵軍も決死の覚悟で海軍を全て消費したのですから。再び海から攻めてくることは二度とないでしょう。


後は敵を牽制するために領民に兵の格好をさせて見張らせておけば十分だと思います。やはり我々は北南東の防衛に全力を注ぐべきです」


名誉を損なった老将の意見に、ユーグリッドは懐疑の目を向ける。だが自らもしばらく考え込むと、やはり自分もその通りだと思い直す。覇王とて万全な軍備を整えて攻めてきたわけではない。覇王軍が保有する海軍が全滅した可能性は十分考えられることだ。


「・・・・・・わかった、ソキン。お主にもう一度大将軍になる機会を与えてやる。お主の西側を無防備にしてもいいという意見を信じるぞ」


王は縮こまっている大将軍に半ば念を押すような口調で職務の継続を容認する。王自身もこの罪を犯した己の一族を許してやりたいという気持ちがあった。


ソキンは畏まって王に深く一礼する。


「・・・・・・まことに申し訳ございません、陛下。この不名誉は、このアルポート王国を勝利に導くことで必ずそそがせて頂きたく存じ上げます」


大将軍の誠意と悔恨の混ざった謝罪を受け止めると、王は小さく頷く。そして正面に首を向け直すと再び諸侯たちに呼びかけたのだった。


「では、諸侯たちよ。お主たちも今のアルポート王国が危急だという事情はよく理解できただろう。状況は圧倒的に我が軍が不利だということだ。そこであえて尋ねるとしよう。この戦局を打破できるような起死回生の策がある者はいるか?」


ユーグリッドは何度も左右に首を振りながら諸侯たちを見渡す。


だが諸侯たちは誰もが俯き、王と目を合わせようとしない。つまりそれは誰も案を思いついていないということだ。その玉座の間が沈痛な雰囲気に包まれる中、一人の男が一歩前に出た。


「あ、あの、モンテニ王国に救援要請を出すというのはいかがでしょうか?」


その他国との同盟案を出したのは、意外にも宰相のテンテイイだった。軍事的なことに意見を述べたのは珍しいことであり、おずおずとした態度を取っている。


「現在、モンテニ王国は遠征した覇王軍が全軍撤退したことによって、他国との戦争状態から免れております。その兵力数は依然5万の軍勢があり、我々アルポート王国の1万9000と合わせれば、覇王の5万8000の軍勢とも十分渡り合えます。


我々アルポート王国が守りを固めている隙に山守王の軍勢に背後を突いてもらえれば、例え覇王軍ても戦いに困窮することになるのではないでしょうか?」


テンテイイはたどたどしく藁にも縋るように意見を述べる。理論上の数値で考えれば確かにモンテニ王国の5万の軍勢が今の覇王軍5万8000と戦えば、対抗できる可能性はある。


だが王はその宰相の理想論的な考えにかぶりを振った。


「いや、残念だがそれは実現できそうにない。我々アルポート王国は既にモンテニ王国との同盟を一度無下に断っている。モンテニ王国は50年間一度も他国と親交したことがなく、自国だけで治世を成り立たせることができる国だ。奴らにとっても小国のアルポートを救援する義理はないということだ。


それにせっかく覇王軍がいなくなって自国が平和になったばかりだというのに、あの事なかれ主義の国が自分から戦争などという国家存亡の事態などに関わり合いになりたいとは思わないだろう。わざわざ自国の兵士たちを大多数犠牲にしてまで、戦の天才の覇王を討ち倒したいと考えるなどとは思えない。


剰えモンテニ王国は覇王の軍略によって国土の3分の2を破壊されている状況であり、今は国力の回復を優先して復興作業に注力したいと考えているはずだ。とても戦争などしてる余裕はない。お主のモンテニ王国との同盟戦略は当てにならないということだ」


ユーグリッドがモンテニ王国の平和主義な性質を陳述して、テンテイイの献策を却下する。


テンテイイはそのばっさりと切り捨てた王の否定に、やっぱり出しゃばるべきではなかったと後悔する。


王は更に追い打ちをかけるようにその案の穴を述べた。


「それにお主は重要な点を見逃している。それはモンテニ王国からアルポート王国に着くまでにかかる遠征の日数についてだ。仮にその同盟が成立したとしても、この国家間の軍の遠征には9日ほどかかる。つまりモンテニ王国の援軍が着く頃にはアルポート王国は既に9日間覇王と防衛戦を行っていることになる。


大砲が尽きるまで今日も入れて後3日、差し引き6日の間アルポート王国は万全でない状態で覇王と戦いを強いられることになる。西門の海から出てモンテニ王国に早馬を飛ばす期間を入れれば7日だということだ。


果たして今2万にも満たない兵力で覇王の5万8000の大軍にどれだけ持つのか、その期間は恐らくとても短いものだろう。モンテニ王国が援軍に駆けつけてきたとしても、その頃にはアルポート王国は滅んでいる可能性が高いということだ」


王の全く未来のないこの国の展望の示唆に諸侯たちはがっくりと肩を落とす。やはりこの国は滅んでしまうのだろうか。


数少ない勇気を振り絞って意見を出したテンテイイも、すごすごとあっさり下がってしまう。


「・・・・・・誰か、他に案のある者はいるか? どんな可能性が低いことでも馬鹿げたことでもいい。何か策を思いついた者はおらぬか? 今誰も思いつかぬようであれば、アルポート王国はほぼ間違いなく滅びてしまうぞ」


王は藁にも縋る思いで再び諸侯たちに呼びかける。


だが依然として諸侯たちは沈黙を貫いており、誰も王に口を開く者などいない。そんなどんよりとした空気の中でまた一人、王の前に歩み出る者がいた。


「・・・・・・陛下、これはあまり使いたくはなかったんですが、一度アルポート王国を捨てて、海賊王の所に亡命するというのはどうですか?」


その案を出したのはアルポート王国の財務大臣リョーガイだった。献策をしたリョーガイ自身もまたテンテイイと同じようにあまり自信がなさそうな様子だった。


『アルポート王国を捨てる』という言葉に王は敏感に反応して振り返る。


「ええ、わかってます陛下。あなたがこの国をどれだけ誇りに思っているのかということは。父君である海城王が築き上げたこの国を守りたいという陛下の気持ちは十分に私にもわかっております。


ですが現実問題、アルポート王国の王であるユーグリッド陛下が亡くなれば、それはアルポート王国が滅ぶことも同じです。この国の存続を考えるならば、王が絶命することだけは絶対に何としても避けなければならない。


ですから今はアルポート王国を守ることをひとまず諦め、諸侯や一族たちを連れて海賊王の所に逃げるのです。幸い私も海賊王とは親交が深く、この亡命を実現できる可能性は大いにあります。海賊王は8万の軍勢を持つ大国であり、今の覇王軍5万8000の軍勢を討ち倒せる力も十分備わっています。


しばらくは海賊王の元で我々の面倒を見てもらい、覇王打倒の時を待つのです。その覇王滅亡が達成できたのならば、その時はまた我々がアルポート王国に帰ってくるのです。そうすれば、再びユーグリッド陛下はアルポート王国の統治者になることができます」


リョーガイはいくらか現実味のある亡命の意見を述べ終える。


その覇王から逃げるという選択肢があることに気づかされると、諸侯たちも一縷の望みを抱いた。


だがしばらく王が目を瞑って考え込むと、結局その豪商人の意見も否定してしまった。


「いや、ダメだっ! お主の亡命の策はとても受け入れられない! そんなことをしてしまっては、アルポート王国が海賊王の属国になってしまう!」


王が大きくかぶりを振り、頑なに国の独立性を重視して主張を始める。


「海賊王は利己的で残忍な男だ。もし奴に我々が助けを求めてしまったとしたら、必ず奴は我々に法外な要求をしてくるだろう。アルポート王国の自治権を認める代わりに莫大な献上金や土地の所有権などを条件として提示してくるはずだ。


そうなればアルポート王国は結局覇王に100万金両を上納し続けた時と状況が全く変わらなくなる。最悪海賊王にアルポート王国を乗っ取られる事態にすら成りかねない。


そんなことになれば、何のために我々が覇王に反旗を翻して決戦に臨んだのかがわからなくなる。この国の全てを捧げてでも叶えようと掲げてきた覇王打倒の大義が、何の意味も成さなくなってしまう。あんな全く信用のできない海賊王に頭を下げて、アルポート王国の未来を全て託すなどという無謀な戦法は俺には到底できない!」


ユーグリッドはやはり頑として海賊王の傘下に入ることを拒絶した。海賊王も覇王と肩を並べられるぐらい、その悪名はこのアーシュマハ大陸の全土でも轟くほど度を超えているものだったのだ。


「・・・・・・まあ、陛下がこの亡命案に賛成することはないだろうとは私もわかっていました。私だって海賊王が信用ならない男だということは百も承知しております。


ですが現実問題、このアルポート王国にはこれ以上の策があるとも思えません。陛下はこの国の逆境に対して、何か考えをお持ちなのですか?」


リョーガイが反対に王に戦局を覆す案について尋ね返した。リョーガイもこれが王を苦しませる質問だと言うことは十分に理解していた。


だが、リョーガイとて一介の人間。自分の命が危機とならば、自分が一族を連れてアルポート王国から逃げ出すことを考えなければならない。リョーガイ自身も他の諸侯たちと同様に保身を考え始めていたのだった。


ユーグリッドは深い悩みに入り浸り、まるで永遠の眠りに落ちるかのように頬に手の甲を添えて目を閉じる。だが王はやがてそっと瞼を開き、諸侯たちに真っ直ぐ目を向けて答えたのだ。


「・・・・・・1つだけ、勝てる方法がある」


その王の力ない勝算の発表に諸侯たちはどよめいた。それは希望か絶望か、その臣下たちの審判が今、王に下されようとしている。


王はその玉虫色の戦略について静かに語り出した。


「知らぬ者もおるだろうから先に言っておこう。俺には8人のシノビの家臣を抱えている。今まで黙っていたが、実を言うと既にそのシノビ衆たちに覇王の兵糧を全て焼き払えと命じておいたのだ。それは覇王軍への兵糧攻めによって敵を全滅させようとする我らの戦略に則ったものであり、戦が始まる前から予めシノビ衆たちを敵軍に潜り込ませておいた。


もしシノビ衆たちが敵の兵糧の焼き討ちに成功すれば、忽ち覇王軍は飢えに苦しみ死に絶えることになるだろう。それが今の俺が提案できるお主たちへの唯一の戦略だ。俺はこのシノビ衆たちの作戦の成功に全てを賭けようと思っている」


自分が今用いている謀略について打ち明けると、ユーグリッドはドサリと玉座に力を失くし腰掛ける。これが今の自分にできる精一杯の提言だった。


諸侯たちはその脱力した王を見遣ると、なおも疑念を抱かざるを得なかった。そのたった8人の工作員で、5万8000の覇王軍相手に何ができるというのだろうか。そもそもそのいきなり出てきたシノビがいるという打ち明け話でさえ、王が得意とする作り話なのではないだろうか。


諸侯たちは頭を俯かせ、ますますこの戦争への勝利を疑ってしまう。臣下たちに覇気がある者はおらず、皆意気消沈としていた。


だが、そんな中でたった一人ユーグリッドだけはユウゾウたちの事を信じていた。


(頼むぞ、ユウゾウ。もはやこの絶望的な戦況を覆せるのはお主たちしかいない。お主たちシノビ衆8人にアルポート王国の全てが懸っている)

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