老将カマンの嘲笑

アルポート王国の西地区の大砲倉庫がカマン軍によって爆破された。しばらくしてその夜襲騒動が収まった後の深夜3時、玉座の間では緊急の諸侯会議が開かれた。


諸侯たちは皆この放火事件の報せに飛び上がり、一斉に目を覚まさせた。


玉座には寝間着姿のままのユーグリッドが座っており、幾人かの諸侯も同じ格好である。


玉座の間の中央には先程タイイガンが捕らえたカマンが跪かされており、王の怒りの籠もった睨みを受けている。


だがカマンはそんな恐ろしい敵王の形相などどこ吹く風といった不遜な態度を取っている。


ユーグリッドは両手剣を右手に持ったまま静かに、ドスの効いた低い声で捕虜に尋ねた。


「カマンとやら、お主がこのアルポート王国の西地区で放火を起こしたそうだな。挙げ句我々の武器庫まで火薬で爆破したとまで聞く。この罪は相当に重い。お主はこんなことを仕出かして、まさかただで死ねるとは思っておるまいな?」


ユーグリッドは死よりも恐ろしい事柄があることを敵将に脅し伝える。


だがカマンは無礼にもそっぽを向いて敵王に答えたのだった。


「フン、貴様らに殺されることなぞ、この奇襲を覇王様に命じられた時から覚悟していたことよ。覇王様は儂を信じて策を授けてくださり、そして儂はそのご命令を果たしたまでだ。もはやこれで貴様らアルポート王国も終焉の時だ!」


カマンは体を拘束されながら粋がって見せた。その太った肉塊はもはや縄が食い込む痛みすら気にかけていない。


ユーグリッドの片眉が眉間に皺を寄せてピクリと動く。


「覇王の策略だと?」


「そうだ、これぞ戦の天才覇王様が編み出した謀略よ。貴様らはまんまと覇王様の罠に引っかかったのだ。冥土に土産に教えてやる。偉大なる覇王様がどのような頭脳明晰を巡らせていらっしゃったのかを!」


カマンは最期の時を悟り、覇王の謀略について自慢気に語り始める。


「貴様らアルポートどもがこの防衛戦で大砲を主力とすることは最初から読めていた。だからこの戦が始まった時から覇王様はそれを無力化する策をお考えになっていたのよ。大砲自体は全て敵の各城壁に備えられており、直接破壊することは難しい。だからその残弾をなくしてやろうと覇王様はお考えになったのだ。


西地区の北側に大砲の玉が備蓄された武器庫があることは、既に覇王様の内偵によって我々にも報されていた。そしてそれを覇王様が我々西海軍に全て破壊せよと命じられていたのよ。


覇王様はまず敵を油断させ、西城壁の守りを手薄にする策をご教授になられた。それが案山子部隊の舟で何度も西城壁を攻め入らせることで、我々西軍が本気で攻めて来るつもりがないと貴様らに思い込ませるという偽計の策よ。


そして貴様らはそれに引っかかり、まんまと西軍の兵を他の軍に割いた。城壁の篝火の数が少なくなっておったから一目瞭然だったわ。そして更に敵に矢を無駄遣いさせることで、敵に舟を射っても無駄だということも合わせて思い込ませていたのだ。


そして我々は敵が完全に油断しきった所で、今度は我々が案山子に化けて波に流されるままに城壁に近づいた。そして頃合いを見て、一気に舟の最後尾の兵に推進車輪を回させて城門まで辿りついたのよ。そして手薄になった西城壁の守備兵を殲滅したのだ。


それから我々は目的の武器庫を探し出す時間を稼ぐために囮の軍隊を派兵した。それがあのアルポートの焼き討ちだったというわけよ。儂も含む囮の部隊は砲弾の武器庫のない南側に火を放ち、そこに敵の大軍が集まってくるように誘い出した。そしてがら空きとなった武器庫のある北側の捜索を残りの100人の部下たちにさせ、ついに武器庫を見つけ出してやったのよ。


そして部下たちが予め携えていた火薬と火種を使い、鉄の玉の箱ごと武器庫を全て爆破してやったのだ。そして貴様らは大砲の玉を全て失い、もはや大砲を撃って我々の軍を殲滅することができなくなったのだ!」


カマンは不敵に口元を歪め、その覇王の破壊工作の謀略の全貌について語り終える。


諸侯たちはその覇王の深謀遠慮で大胆な策略に呆気に取られ閉口している。


その敗北の沈黙を悟ると、カマンは突然その場にいる全諸侯たちを嘲るように高笑いを始めた。


「ギャハハハハッ!! これで貴様らアルポート王国もお終いよ! 貴様らが唯一覇王軍と対抗できる大砲が使えなくなり、もはや覇王軍がアルポート王国の城内に攻め入るのも時間の問題となった!


例え貴様らが泣こうか喚こうが、平伏しようが這いつくばろうが、覇王様は貴様ら全員を皆殺しにする! 貴様らはボヘミティリア王国の虐殺よりも恐ろしい目にあって死に絶えて行くのだッ!!


ギャハハハッ、ハハッ、ギャハハーー」


ザシュゥッ!!


その瞬間、カマンの口から血が吹き出した。そのあまりにも速い突進は誰の目にも止まらなかった。


ユーグリッドが海城王の剣を抜剣し、真っ直ぐに構えてカマンの開けた口を貫いたのだ。王の白い衣は鮮血を帯び、一瞬で紅白の紅葉模様の衣服となった。


「ガ、ガ、ガハッ・・・・・・」


王の剣が抜き取られると、そのままカマンは呼吸を詰まらせて絶命した。王は袖で血振りをし、そのまま両手剣を一振り回して鞘に収める。そして怯えるテンテイイに掃除用の宮仕えを呼ぶように命じると、そのまま血塗れの衣服のままに玉座へと戻る。王は鞘を石畳の床に叩きつけ、号令を発した。


「これより緊急の諸侯会議を行う!! 大砲の残弾がなくなった我らが、今後どうやって覇王と戦うかについてだ!! ソキン、この国の軍事最高責任者であるお主が犯した失態は重いぞッ!!」


ユーグリッドがソキンに怒りを込めて叱責する。


ソキンはもはや王の隣に立つことすら恐れ多く、冷たい汗を流しながら気勢を失って項垂れている。


「・・・・・・申し訳ございません、陛下」


ソキンがやっとのことで掠れた消え入りそうな声を絞り出す。


2月17日深夜3時半、夜もそろそろ明けようとする頃、アルポート王国では緊急の諸侯会議が開かれた。

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