西地区襲撃
ちょうど2月17日となった深夜12時、アルポート王国の西城壁の兵士は欠伸をしながら見張りをしていた。他の兵は寝ているというのに、何故自分たちは眠れないのかとぶつくさ文句を言っている。やることもなく暇になってぼんやりと目前の海を眺めていると、10隻ほどの大きな舟を発見した。
(やれやれ、また案山子の舟かぁ。覇王の奴もしつこいなぁ)
その10隻の舟の上には大量の人影が見え、皆完全にピタリと止まっている。アルポート海域の波に流されるまま、どんどんアルポート城の西側の城壁に近づいてくる。
(はあ、また案山子の舟調べる仕事になんのかぁ。今日も朝まで居残り決定だ。どうせなら、金か女でも積んでくれりゃあいいのに・・・・・・)
そう心の中で愚痴ると、兵士はふと気がついた。
10隻の舟の後ろの少し離れた所にまた10隻舟が並んでいるのである。その舟もやはりどんぶらこ、どんぶらこと、流されるままに城壁まで流れてくる。
(あ~あ、また舟が増えちまいやがったよ。どうせアレもまた案山子の舟なんだろ? あ~あ、こりゃ調べんのに昼まで時間がかかりそうだ。あ~あかったりぃ。まあけど、どうせ俺たちのトコは戦なんてなくて暇なんだけどな)
兵士がぼんやりとそう考えていた時だった。
突然前方の舟の速度が急激に上がった。10隻の舟が一斉にアルポート城の西城壁の岸まで襲いかかる。兵士たちには見えなかったが、その時舟の船尾に取り付けられた、推進車輪が一斉に人力で回されたのである。
そのあまりの唐突な舟の進撃に、兵たちは弓を
ドゴオォォォンッ!!
そして舟が一斉に壁を貫き城壁を震撼させた。何とその舟の
「アルポート城の城壁をよじ登れぇッ!! 梯子を掛けろォッ!!」
その号令とともに一斉に舟の人影が動き始めた。そう、その人影は案山子などではなく本物の兵だったのだ。覇王軍の海軍の総指揮官を務める将、カマンが統率する2000の軍勢だった。
カマン軍の大多数は一斉に背中に隠し持っていた盾を取り出し上へ構え、残りの少数は船底に隠してあった梯子を持ち出し前に出る。梯子部隊が舟の上を走り、城壁に梯子を立て掛けしっかりと全員で固定する。その梯子に素早く盾を構えた兵が梯子を次々と登る。
「ゆ、弓だァッ!! 弓を射ろォッ!!」
兵士の一人が叫び、一斉に500の兵が舟に弓を射掛ける。
だが舟部隊は全員盾を傘にしており全て弾き返す。梯子部隊もしゃがみ込むことで盾の傘に入り、舟の上のカマン軍には全く被害が出なかった。
「てやあああッ!!」
カマン軍の兵士がとうとう城壁を上りきり、アルポートの西城壁の兵士に剣を抜いて斬りかかる。
弓しか装備がなかったアルポート兵は瞬く間に血飛沫を上げて倒れ伏す。
そして他の舟部隊も次々と城壁をよじ登り、あっという間に西側の城壁はカマン軍によって制圧された。後ろの舟部隊も到着し、2000のカマン軍が血塗れとなった西城壁の上に集合する。
「これより二手に分かれてそれぞれの任務を果たすぞッ!! 全軍前もって指示した通りに動けッ!!」
そのカマンの号令が放たれた時、アルポート西地区で鐘の音が鳴った。西の城壁より逃げ出した兵がアルポート王国中に緊急事態を報せたのである。
「しまった!! 敵に気づかれてしまった!! だが任務は続行する! 我々は何としても、この破壊工作を成功させるぞ!!」
そしてカマンの軍は二手に分かれてアルポート王国の侵入を開始した。
所変わって一方で、こちらは南地区で睡眠を取っていたダイラスの軍。彼の者たちは鐘の音を聞きつけると一斉に飛び起きた。
「敵襲だァッ!! 西地区を敵に襲われている!! 全員急いで装備を整えよッ!!」
兵士たちは慌てて鎧や剣を身に着け整列する。既に各部隊には松明が配られており、敵の夜襲部隊に備えている。万全な出陣体勢はすぐさま整えられた。
「これより西地区に向かい捜査を始める! 怪しい者がいたら片っ端から引っ捕らえよ! 抵抗する者は斬れッ!!」
そして一斉に山狩りのようにダイラス軍5000の兵が西地区に出動したのである。暗闇の中、松明の明かりだけを頼りに西地区の各地の捜索が進められていた。
だが、中々怪しい者は見つからない。敵軍が完全に行方不明となっており、その規模すら把握できていなかった。敵の奇襲を恐れ、兵士たちは松明兵の周りを囲みながら八方に隙なく目を凝らす。しばらく緊迫した静寂がダイラス軍に訪れた。
だが次の瞬間、急に西地区の南側から煙が無数に巻き起こった。そしてその地点は赤々と昼のように明るくなっている。
「敵の焼き討ちだァッ!! 全軍西地区の南に迎えェッ!!」
松明を振りかざすダイラスの掛け声とともに、ダイラス軍は鬨の声をあげて走り出した。
そして全軍が到着すると、やはり西地区の南側が燃えていた。各住居には火の手があがっており、物々しい炎の轟音が響き渡っている。
「敵がまだ近くにいるはずだッ!! 4000の軍は敵を探し出せぇッ!! 残りの1000の部隊は消火活動に当たれぃッ!!」
そしてまたダイラス軍が索敵を始める。そこにタイイガンの5000の軍も合流する。
「おうっダイラス! 一体こりゃ何の騒ぎなんだ!?」
「タイイガン殿、これは恐らく敵軍による火攻めです。敵は火を放つことでアルポート王国の全土を燃やすつもりなのです」
「げえッ、そりゃやべえぞっ!! アルポートが燃えちまったら国が滅びちまうッ!! 急いで敵の野郎を探し出さねえと!!」
二人の将が更に別れて捜索を再開する。そしてちょうどそれが始まった時だった。
「敵がいたぞォッ!!」
遠くから兵の叫び声が聞こえる。そちらを二将が見遣ると、西地区の東側で更に煙が巻き上がっていたのだった。どうやらまた敵が焼き討ちを始めたようだ。
「クソッタレッ!! 覇王どもの思い通りにはさせねぇぞッ!! 待ってやがれクソ野郎ッ!!」
タイイガンの軍が一斉に走り出す。
だがダイラスはその場に佇み悩み続けていた。
(おかしい・・・・・・敵が焼き討ちを狙っているのだとしたら、時間を合わせて一斉に各地で火を放つのが定石のはずだ。そうすれば我々の消火活動も手が回らず、アルポート王国全土に甚大な被害を与えることができるというのに。なのに何故わざわざ一箇所ずつに火をつけるような真似を敵はしているのだ?
これでは全ての地区に火を付け終える前に、我々の軍によって取り囲まれてしまうだろう。これはまるで、敵がわざと我々に発見されたがっているような気が・・・・・・)
ダイラスは考えに耽っていたが、目の前で炎が燃え広がっているのを見るとすぐ現実に戻る。
部下たちが炎の燃え上がった住居近くの家を取り壊し、延焼するのを防いでいる。何とか南側の炎の被害をこれ以上拡大することを防ぐことができた。
(いずれにせよ、敵軍の規模がわからない以上味方軍が多いことにこしたことはない。覇王軍との白兵戦となれば我々も無傷ではいられないだろう。敵軍を数に任せて押し切るのが得策だ)
そしてダイラスは、走り去っていったタイイガンの元へと急ぐことにした。
そして西地区の東側にいくと、やはりそこも炎に囲まれていた。
近くには消火活動のために家を打ち壊す部隊がおり、そして何と言ってもタイイガンの軍が敵軍を囲んでいるのが目に見えた。
タイイガンの軍は凡そ5000兵ほどであり、敵の軍は凡そ2000兵ほどだった。
タイイケンが両手剣の双剣を抜き怒号を上げる。
「てめぇらなにもんだッ!! 何のためにこんなことをしやがった!! 舐めた真似しやがって、てめぇら全員生きて帰れると思うなよッ!!」
タイイガンが眼前の太った老将に片方の剣を突きつけて威嚇する。
「ほざけぃッ小僧ッ!! 儂は覇王様の軍の海軍総指揮官カマン!! 覇王様より、このアルポートの地を全て火の海に沈めよとご命令を頂いたのだッ!! 貴様らアルポート王国を明日にもボヘミティリア王国と同じにしてやるッ!!」
「抜かせジジイッ!! そのデブヅラをブッタ斬ってやる!!」
そしてタイイガン軍とカマン軍の打ち合いが始まった。燃え盛る住宅街の中、互いに激しく
カマンは三叉の使い手であり、無数に残像を分身させてタイイガンに襲いかかる。
だがタイイガンも負けじと父譲りの豪腕と双剣を振るいガンガンと鳴らして受け流す。
タイイガン軍の兵士たちもカマン軍の兵士たちも正面衝突のぶつかり合いとなった。
「我々も応戦するぞっ! タイイガン殿の援護をする!!」
そしてその乱闘の中にダイラス軍も参戦した。合計1万の軍対2000の軍となり、圧倒的な数の暴力がカマン軍を襲う。カマン軍はタイイガン、ダイラスの兵たちにあっという間に取り囲まれ、次々と討ち倒されていく。
西地区の東側は一瞬で炎の紅蓮と血の赤黒で染め上げられていく。
そしてとうとう決着の時が来た。
「オラアアアァァッ!!」
タイイガンが両手剣の双剣を交差に振り上げ、カマンの三叉を空高く弾き飛ばす。そしてよろめき倒れる敵の老将に向かって、自らも両手剣を投げ捨て飛びかかる。
カマンは抵抗して暴れ回ったが、タイイガンが兜のない頭に一発鋭い拳で殴りつけると、そのまま敵は伸びてしまった。
タイイガンは大声で後ろに控えていた部下に命令する。
「よしっ、おめえら縄持ってこいッ!! 敵の野郎を生け捕りにできたッ!! 後でこいつをユーグリッド陛下の前に突き出してやるっ!!」
そして手早く縄が持ってこられ、二重にも三重にも必要以上にタイイガンはカマンを縛り上げ拘束する。その作業が完了し、タイイガンが一汗拭っていると、そこに騎馬隊が掛けてつけてくる音が聞こえた。
タイイガンとダイラスが見上げると、それは大将軍ソキンの5000の軍であった。その部隊は皆大きな水瓶を持ってきており、この火事の報を既に知らされている。
「ダイラスっ、タイイガンっ! ここにいたかッ! 敵軍は今どうなっている!?」
ソキンが手早く尋ねると、タイイガンはニコリと笑い、縛られ気絶したカマンを突き出した。
「おうっ、ソキンのじいちゃん。この通り敵を生け捕りにしてやったぜ。この野郎がこの火事の首謀者ってやつだ。こいつの部下どもは全員俺とダイラスで蹴散らしてやったぜ」
「タイイガン、私のことは『ソキン殿』と呼ぶようにと言っているだろう。だがよくやった。これで敵の夜襲は鎮圧できたようだ。後はこの火事を水瓶部隊によって消火しよう」
ソキンが敵の掃討の完了を確認し、後ろに控える自軍へと首を振り返らせる。そしてその白銀の剣を持つ片手を上げ、そのまま振り下ろし前方に突きだそうとする。
だが、その次の号令を下そううとした時だった。
ドッゴオオオォォォンッッ!!
まるで巨大な爆弾が空から落ちてきたかのような轟音が鳴り響いた。
その場に居合わせていた将兵たち全員が音のほうへと顔を見上げる。
するとそこには大きな黒い煙が暗雲の如く立ち込めていた。その夜の闇よりも濃い恐ろし積重の黒煙は、このアルポート王国の大惨事を示していた。
「ま、まさかっ、あの方角はッ!!」
ソキンが驚きのあまり細い目を皿のように
「ダイラスっ、タイイガンっ!! すぐにあの煙の上がっている西地区の北へ迎えッ!! 私の軍隊はこのまま消火活動を行う!!」
ソキンの急変した焦りの態度に、若き将たちも慌てて軍を連れて北に向かった。15分ほどしてそこに到着すると、何と武器庫の全てが燃え盛り煙が上がっていた。
「な、なんてことだ・・・・・・これはリョーガイ様の大砲の倉庫だ・・・・・・」
ダイラスは愕然としてその
するとちょうどその倉庫の物陰から、こそこそと人影が現れた。
「あの野郎どもに違いねぇッ!! あいつらがこの倉庫を爆破しやがったんだ!! チキショウめ、絶対に逃がすなぁッ!! フン捕まえろォッ!!」
タイイガンの号令とともに一斉に兵士たちが飛び掛かる。そしてカマン軍100人の兵士が瞬く間に引っ捕らえられた。
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