膠着する戦場

「敵の舟部隊が攻めてきたぞォッ!! 大砲を撃てぇッ!!」


2月14日朝9時、リョーガイは大砲部隊に号令を放っていた。再び迫りくる覇王軍の部隊を赤黒い肉塊と化して打ち払う。


これで覇王軍の突撃する第四陣は半数にまで減った。


「敵が岸にまで着きやがったぞぉッ! 矢を放ちやがれぇッ!!」


東の城壁の新しい守備将、タイイガンが怒号を上げる。


彼の者はタイイケンの長男であり、父が戦死した後はシンギ家の新たな主となっていた。年齢は若く、父親譲りの巨躯と武勇を持ち合わせる。だが天は人に二物を与えぬものか、あまり頭脳は父に似ず賢くない。アルポート王国の新大将軍ソキンの命令により、リョーガイとともに東城壁の防衛を任命されていたのだ。


「ああちっくしょう、ソキンの奴め、結局商人の俺を戦場に駆り出しやがって。俺の仕事は屍の山築くことじゃなくて金の山築くことだっつうの!!」


リョーガイは文句をいいながら全滅した敵の第四陣を見下し、次の敵の突撃部隊に備える。


そんなリョーガイのぶつくさ言いながらも真面目に任務に励む姿を見て、タイイガンは呵呵かかと笑い飛ばした。


「ハハハ、リョーガイのおっさんも板についてきたじゃねえか!! 始めは覇王どもにビビってチビってた癖に」


「チビってなんかいねえよガキ!! いいからお前は大人しく見張りでもしてやがれッ!! 全く何で俺がこんなガキのお守りまでせにゃならんのだ・・・・・・」


リョーガイはまたしても頬袋を膨らませる。携帯していた食料袋から干物を取り出しバリバリと食べ尽くす。もはや何人も敵兵を殺しすぎて、血や内蔵の臭いすら気にならなくなっていたのだ。


一方でタイイガンは部下たちに命令して鉤縄かぎなわを投げさせ、全滅したばかりの敵の舟を引き寄せる。素早く梯子を掛けて城壁を降り、敵の死体を担いで戻ってくる。


「おほーっ!! 見ろよおっさん、宝の山だぜ!! こいつらしこたま武器貯め込んでやがる! 弓矢、爆弾、剣、ついでにクソみてぇに固まった兵糧玉まである。敵のものは俺のもの、こりゃ全部俺のもんだぁッ!!」


「馬鹿野郎ッ!! 勝手に飛び降りるんじゃねえよアホ息子ッ!! お前が遊んでる間に敵が突っ込んできたらどうすんだ考えなしめッ!!」


同じ意味の罵倒言葉を投げつけながら、リョーガイはタイイガンの無鉄砲さを叱りつける。


だがタイイガンは見張りもろくにせず、ただ目の前の戦利品に夢中になっていた。


「ハハハッ、大丈夫だよおっさん! 敵が攻めてきたらそれこそ俺の両手剣で全員ブチのめしてやるッ!! 矢でも鉄砲でも持ってきやがれってんたッ! 全部弾き返して、てめぇらに返して当ててやるッ!!」


タイイガンは人間では到底できない芸当を豪語して笑い飛ばす。


リョーガイは大砲の上に両手を添えたまま、頭を項垂れる。


「はあ、お前は無駄に元気でいいな。お前にとっちゃ戦場なんて遊技場みたいなもんか。ったく、タイイケンはあんな仁王面でも、もうちょっと慎重だったっつうのに・・・・・・」


リョーガイがポツリと昨日亡くなったばかりのタイイケンについて話す。


するとその瞬間、笑っていたはずのタイイガンの顔が一変して険しいものになった。


「・・・・・・よせよ、おっさん。今親父の話すんのは。俺だって昨日ガキみてぇに泣いちまって朝やっと収まったとこなんだ。親父のことを思い出すと、ドンドン覇王に対してムカついてくる。今すぐにでも出撃して俺がぶっ殺してやりてぇよ」


静かにタイイガンは覇王への憎悪と殺意を滾らせる。


リョーガイはその若者の無謀すぎる望みを慌てて諌め止める。


「おいおいおいおい、まさかお前まで本気で覇王軍のイカれた10万の軍に突っ込もうなんて考えてねえよな? んなことしたらお前は真っ先に覇王軍に串刺しにされちまうよ。タイイケンだってお前ら一族守るために、死ぬつもりで覇王の投石機ブチ壊しに出て行っちまったんだぜ。お前にまで死なれちゃ、それこそタイイケンが地獄から蘇って俺をぶっ殺しに来ちまうよ」


「うるせぇよごうつく商人ッ! 親父が地獄行きなわけねえだろアホッ!! 親父の話すんなって言ってるだろチクショウがッ!! いいから黙って敵が来ねぇかチビりながら見てろよ反逆野郎ッ!!」


「だから俺はチビってねぇっつってるだろ! お前こそ今目からしょんべん漏らしてんじゃねか! 威勢は良くてもやっぱガキはガキだな!」


「うるせぇッ! よそ見してる暇あったら前向けこの野郎ッ!! 人の顔ジロジロ見んな!!」


二人が他愛のない悪態の付き合いをする。だがこれは決して全く無意味なものでもない。


この罵り合いはリョーガイにとっては戦争の怖さを紛らわすための、そしてタイイガンにとっては父親の死の悲しさを紛らわすための気晴らしであった。戦場の悲惨さをつまらない会話でごまかさないと二人ともやってられないのだ。二人のアルポート将が子供のような言い合いを続け、互いの心の平静さを支え合う。。


だがそこにまた敵の吶喊とっかんが轟いた。


「おい来たぞ若造ッ! すぐ弓矢と爆弾の準備しやがれッ!! ダベってる暇はねえぞコラッ!!」


「わかってるっつうの! おっさんこそ手元狂ってこっちに大砲撃ってくるなよ! オラッ、全員前へ出やがれッ!!」


そして二将は覇王軍との決戦に備えた。


第五陣、第六陣が一丸となって迫ってくる。一度に攻めてくる敵兵がまた増えてきていた。覇王もやはり本気でアルポート城を落とすつもりなのだ。


「大砲を撃てぇッ!! 敵を一掃するぞォッ!」


そしてリョーガイは号令を放った。




その後時が経ち、2月14日の夜8時となった。覇王軍が全軍撤退をし、またしてもアルポート王国は防衛に成功した。その束の間の休戦が訪れると、すぐにアルポート王城に諸侯らが集められ軍事会議が開かれた。


「・・・・・・なるほど、今の所我々が優勢ということだな。覇王は8000兵ほど戦力を失い今7万ほどの軍勢、対して我々の被害は600兵程度で2万1000の軍勢を保てている。やはり各方角に配備された大砲の威力が物を言っているようだな」


「はっ! 現在北南東の三陣に15門ずつ大砲を構えており、今の所敵の城内への侵入も許しておりません。大砲の威力は凄まじく、一瞬で突撃する兵の半数を打ち倒すことができます。


西地区の北側には、大砲の玉を大量に備蓄した倉庫があり、この戦いでは凡そ1が月ほど残弾が持つことができる見込みです」


ユーグリッド配下の将ダイラスが、大将軍ソキンが剣の柄を両手に持って尊大に構えた姿に向かって、跪きながら答える。


彼の南の防衛将は、謹厳実直な将であり、武官・文官問わず諸侯たちからの信頼も厚い。ユーグリッド王自身も彼の者を重用しており、顔立ちが整っている。海城王の平和な時代からアルポート王国に仕えてきた若き将だが、彼の者の武家の家名は名高く、その者自身の将としての武芸や采配の才覚も高かった。


そんな美男子の将の回答に、ソキンが片手で顎をさすって思考を巡らせる。


「覇王は現状北と南に1万9000、東に3万の軍を構えている。それを考慮して我々の陣形を考えるに、明日も北と南に6000、東に7000の配備をして城の防衛に当たるとしよう。


恐らく覇王も投石機を全て失い攻めあぐねているようだ。我々もこのまま同じ戦術で守り抜けば、やがて覇王軍の兵糧も尽き全滅するだろう。我々アルポート王国は今勝利の道を歩んでいるのだ」


ソキンの自信に満ちたこの覇王との戦争における見通しに、諸侯たちも目を輝かせる。最初はタイイケンを失ったことで胸が不安でいっぱいになっていたが、とうとう覇王打倒への目処が立ってきたのだ。諸侯たちがますます士気高揚とし、戦意を高める。


だがその諸侯たちが盛り上がる中で、ダイラスだけは己の懸念をソキンに示した。


「はい、ソキン様。私もその陣形で間違いないと存じます。ですが、1点だけ気になることがございます。それは西の陣についてです。覇王軍の2000の海軍がこれまでの戦で不審な動きを見せております」


「不審な動き?」


ソキンは再び両手を剣の柄に添えてオウム返しに尋ねる。


ダイラスはその敵の不穏な行動について語り始めた。


「はい。覇王軍がアルポート王国に襲来して城攻めを行った12日、13日のちょうど深夜12時より、敵軍の舟が西門に何度も接近するという事態が発生しております。西側のアルポート軍はその敵軍の夜襲に慌てて弓矢で応戦しましたが、結局その舟には大量の案山子の兵が舟に乗せられているだけでした。


どうやらアルポート海域の波に乗って自然に我々の城壁にまで辿り着いたものらしく、そうした敵の案山子の舟が何度も夜のうちに流れてくる事象が繰り返されております。


その後敵の舟を引き寄せつぶさに舟の中を調べてみましたが、特に攻城兵器などの備えはなく、誰も舟に乗っておりませんでした。ただ大量に我々の矢が刺さった案山子の部隊が乗っているだけであり、舟自体にも特別な仕掛けはございませんでした。


ですがこんなおかしな動きを敵が繰り返すというのは何やら怪しい臭いがします。覇王軍が我々アルポート王国に対して罠を仕掛けているのやもしれませぬ」


ダイラスの訝しみ警戒する顔を眺めながら、ソキンは「ふむ」と唸り再び考え込む。だがその顔はすぐに深刻とは程遠いものになった。


「・・・・・・どうやらそれは、敵が我々の矢を消耗させるための策略だな。現在我々は一切の舟の渡航を禁じており、他国との貿易を行っていない。つまり我々も全く補給ができぬということだ。


恐らく覇王もそれを読み切っており、我々の武器が尽きるのを待っているのだろう。我々の矢が尽きれば、水堀で舟を漕いで城壁へ近づく敵部隊に対応できなくなる。そうなれば大砲の遠距離攻撃を掻い潜ってきた覇王の部隊に忽ち城の攻城を許してしまい、我々は覇王軍との白兵戦を強いられてしまう。


覇王軍は水上戦には弱いが、陸地戦となれば最強の部隊だ。使い道のない西の舟の部隊を泳がせ我々の消耗を誘い、本格的な北南東の守備を突破しやすくする算段なのだろう。


当然我々は屈強な覇王軍と正面対決になってしまえば負けてしまう。無闇に敵の策略に乗らず、矢を温存しておくべきだ。これからも敵のその舟による挑発が続くようであれば、我々はそれを一切無視すべきだろう」


ソキンは結論して、西の敵の海軍に脅威はないということを諸侯たちに披露する。


諸侯たちもソキンの論には納得でき、皆頷きを見せる。


「仮に西の敵軍が城攻めを行ってきたとしても、それはたった2000兵程度。アルポート王国の国内の兵たちと乱戦になったとしても十分に対応できる。恐らく覇王自身も西側から城攻めをする気はなく、飽くまで我々の軍が逃げないように見張りを続けているだけだ。


西の覇王軍は放っておいても問題なかろう。我々は北南東の城壁の守りに徹するべきだ」


覇王の思惑を読み切り、ソキンは改めて北南東の防衛を主張した。


だがダイラスはなおも跪き考え込む。果たして覇王がそんな姑息なチマチマした手を使うのだろうか。覇王は総力戦を好む男であり、もっと大胆なことを考えているような気がする。だがそれは飽くまで己の妄想にすぎず、結局決定的な答えが見つからなかった。


黙り込むダイラスをソキンが見咎めて命令する。


「ダイラス、もうそなたの報告は終わった。下がるがよい。一応西側の陣には今日も見張りの2000の兵を置いておくが、今日また同じ空の舟が来るようであれば、もう覇王が我々の消耗を狙っていることは確定的だ。もはや我々の兵力も少なくなってきており、一兵でも兵を確保しておきたい状況にある。


これから北南東の兵力が消耗するようであれば、西側の兵をそちらにあてがうべきだろう。覇王との3つの激戦区で我々は戦力を維持し、守りを固めておかなければならない」


ソキンは言葉を締めくくり、顎をしゃくってダイラスに下がるように指示を伝える。


ダイラスは結局何も言えずそのまま頭を下げたまま後退する。


それを見送ると、ソキンは諸侯たちに命令を下した。


「諸侯たちよ、聞くが良い! 我々は現状の軍の配備のままに覇王軍と当たる! 明日以降も北と南に6000兵を、東に7000兵を置いて対応する! 兵力が不足した場合は西側の陣営の兵力を割き、主力三軍に補填するものとする! 以上、今日の軍事会議は終了する! 各軍、明日の決戦に備え朝までに軍備を整えておけ!」


ソキンの戦いの方針の決定が下されると、諸侯たちは一斉に玉座の間を出ていく。もはや皆覇王への優勢を勝ち誇っており、中には退屈そうに欠伸をするものさえいた。


ダイラスは一人佇み悩んでいたが、結局そのまま退出してしまう。




そして15日、16日と経っていき、やはりその間も覇王軍は同じ戦略を取ってきた。結果アルポート王国の兵力は1万9500万となり、覇王軍の兵力は6万となる。


16日の夜8時の諸侯会議では、再び昨日の深夜12時に西側で敵の案山子部隊の舟が流れてきたという報が入ったが、もはやその時には既に弓矢による攻撃を兵たちが止めており、舟の回収だけに務めていた。


明日の17日も同じ戦力で北南東を守ることが決定し、その不足分1500の兵が西側の陣から引き抜かれた。そして西側の守備はわずか500兵となる。


そして17日の深夜12時、アルポート王国で事件は起こった。

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