不死身の怪物は戦場に散る
デンガハクがアルポート軍に向かって突撃すると、その中にはタイイケン自身の姿もあった。
タイイケンはその双剣の残影を撒き散らしながら振るい、デンガハクの軍を圧倒していた。
大盾ごと、槍ごと、敵の迎撃部隊を真っ二つにし、八つ裂きにする。まるでタイイケンは
「タイイケンッ!! もう一度この俺が相手になってやろうッ!! 次こそは貴様の首を頂くぞッ!!」
タイイケンが迎撃部隊を突破し、ついに前方の投石機に迫った時、デンガハクも敵将の目前に迫った。両者はまた両手剣の打ち合いとなる。
10合、20合、30合、だがしばらくすると、タイイケンは見切りを付けて逃げ出した。すぐ近くの投石機を双剣の乱舞によって、辻斬りの如くバラバラにしながら次の投石機へと向かう。
そしてまた後方では15門の大砲が撃ち出された。その砲撃は全て外れたが、次の砲撃でまた1つ投石機に直撃する。
そして同時にまた前方の投石機2つで、タイイケン軍の自爆工作が起こった。
(おのれ! これで後ろの投石機は後8つ、前方の投石機は後6つとなった。この調子だと後ろの投石機が2つ壊されるのも時間の問題だろう。だが決して兄上より預かったこの投石機を壊滅させたりはしないッ!! 俺がタイイケンの進撃を止めるッ!!)
そしてタイイケンがまた1つ投石機をみじん切りにすると、そこでデンガハクが追いついた。もはやデンガハクも防御の構えを捨て、タイイケンの猛攻の如く乱れ突きを放つ。
タイイケンも負けじと双剣を以て防御の構えを繰り返し、全ての剣撃を弾き返す。
だが、やはりタイイケンはすぐに身を引いた。馬を反転させて次の投石機へと走らせる。
「逃がすかァッ!!」
「ぐぅッ!!」
タイイケンはその冷たい鉄の激痛にうめき声を上げる。だが心臓にまで届いていない。タイイケンの厚い鎧が短剣の刃を直前の所で防いだのだ。
しかし出血はひどく肺は破れ、その血が流れ続ければタイイケンはいずれ絶命するだろう。
それでもタイイケンは懸命に馬を走らせる。全てはこの投石機破壊の任務のため、ユーグリッド王の勅命を果たすため、もはやこの戦場に出た時から命など当に捨てていた。
タイイケンは背中に短剣が刺さったまま、次の投石機に向かって剣を構える。
瞬く間に投石機は紙吹雪のように散り、これで前方の投石機は残り4つとなった。
それを見計らって大砲の轟音がまた遠方より響き渡る。
「タイイケンッ!! 貴様の思い通りにはさせんぞッ!! 貴様の命運もここまでだッ!!」
デンガハクがタイイケンの背後に向かってまた突きを繰り出す。
だがその心臓を捕らえた突きは、直前でタイイケンの馬が急回転されたことによって躱される。まるで背中に目があったかのような鋭い反応だった。
だが、確実にタイイケンの体力は消耗していた。アルポート平原の土の上に大きな血溜まりの跡が点々と落ちている。もはやそれは人の死亡の閾値を超えている血液の量だった。
だがタイイケンは決して倒れない。タイイケンは馬上で双剣を斜め十字に構えながら、再びデンガハクと対峙する。
「ハア・・・・・・ハア・・・・・・貴様らに、アルポート王国を・・・・・・ユーグリッドの国を落とさせはしない」
喋るのもやっとはずのタイイケンは低く、それでも気迫のある声でデンガハクに啖呵を切る。そしてタイイケン自身がデンガハクに突撃した。
「うおおおおおおおぉぉぉッッ!!!」
地鳴りのようなタイイケンの怒声がアルポート平原に響く。肺に刃が達しているとは思えないほど恐ろしい雄叫びを上げてデンガハクに襲いかかる。そしてタイイケンの暴風の双剣が再び唸ったのだ。
デンガハクはまたしても剣圧に押され、苦戦を強いられる。
(何ということだ!! これが瀕死の男の力なのか!? この猛獣の群れのような
デンガハクは何とかタイイケンの乱撃を弾いて免れ、馬を引き返す。
タイイケンはその撤退を確認すると、すぐさま自らも馬を翻し投石機へと向かう。
「そこだァッ!!」
だがその瞬間、デンガハクの長剣が真っ直ぐに飛んだ。タイイケンがすぐ己の追跡を止め、次の投石機に向かうことを読んでいたのだ。
「ウグゥッ!!」
タイイケンは鈍く悲痛な声を上げ、思わず右手の両手剣を平原に落としてしまう。双剣使いのタイイケンにとって、それはもはや自分の半身を失ったのも同然だった。デンガハクの長剣が完全にタイイケンの左の肺を貫いている。
だが、タイイケンは止まらない。右の肺だけで荒い呼吸を続け、左手で重みのある両手剣を持ちながら猛進する。もはやこの人の形をした化け物は倒れることを知らぬのだろうか。タイイケンは二本の剣が突き刺さった背中をデンガハクに向けながら、次の投石機に到達する。
だがそれと同時にデンガハクの両手剣が、止めの突きを繰り出そうとタイイケンに迫る。
咄嗟にタイイケンは馬を急回転させ防御の構え取る。だがデンガハクはその動きを読んでいた。
「もらったァッ!!」
デンガハクはタイイケンに繰り出そうとした突きを、タイイケンの馬の目に繰り出した。
途端に馬は悲痛な
タイイケンもそのまま後ろに転がり落ちてしまった。その拍子に背中に突き刺さっていた2つの刃も深々と押し込まれてしまい、ついに心臓にまで至った。
だが、タイイケンは屈しない。左手の両手剣を決して離すことなく、両手に持ち直し再びデンガハクに剣を向けて立ち上がる。
(何だこの男は!? どうしてこれほど傷を負って死なぬのだ!? もはや此奴は人間なのか!? この男は不死身だとでも言うのか!?)
デンガハクは驚愕と畏怖さえ覚えながら、馬上からタイイケンの死神に取り憑かれたかのような形相を見下ろす。もはやこのアルポートの将は己の死の運命さえ捻じ曲げているのだ。
タイイケンは血を吐きながら荒い呼吸を上げ、それでもその恐ろしい双眸の光だけは生きていた。
だがデンガハクは己の勇気を奮い立たせ、その死に抗い続ける人型の化け物に両手剣の切っ先を突き付ける。
「タイイケンよッ!! ここまでだッ!! これで貴様の武勇伝説も終わりよッ!! この俺が貴様の首を刈り取ってやるッ!!」
デンガハクが敵将に最期の時を宣告すると、一気にタイイケンの瀕死の体に突進した。馬の
だが、タイイケンは見切っていた。高々と剣を振り上げ、太陽に向かってその血塗れの切っ先を突き上げる。
デンガハクの馬の首と、そしてデンガハクの両手剣が飛んだ。その数々の血を吸い尽くした誉れ高き剣は折れ、その刃の残骸がはるか遠くの地面に突き刺さる。
デンガハクは落馬し、そのまま何度も地面に横転した。側頭を強かに打ち、血を流すほどに頭蓋に衝撃が走る。そしてその意識が失われそうなほどの激痛の中、耳の奥で微かな音を聞いた。
ズサリ、ズサリ。断頭台の処刑人のような地面を踏みしめる音が近づいてくる。
振り返ると、タイイケンが立っていた。その化け物は逆光を巨躯に浴びて大きな影となっており、ただその己の生を貪り尽くした白い双眼だけが禍々しく輝いている。その巨大な左手には血で赤黒く染まった両手剣が握られており、目の前の牙を全て失った獲物を狩り殺そうとしている。
デンガハクは地面に尻もちをついたまま、両手で無様に後ずさりした。
(馬鹿な・・・・・・この俺が震えているだと! 戦場で一度も恐怖など感じたことがないこの俺が、こんな死に損ないの男に怯えているだとッ・・・・・・!!)
武器を全て失ったデンガハクはもはや抵抗をできず、わなわなと震え出す。その蛇の目には多数の毛細血管が充血し、飛び散りそうなほどに見開かれる。
タイイケンは最期の瞬間をこの眼の前の敵将に全て捧げようとしていた。もはや他のものを斬る余裕などどこにもない。タイイケンは己の殺意を全てこの戦意を失った男に向けていた。
タイイケンはゆっくりと剣を頭上に振り上げ、その切っ先を再び太陽の逆光に浴びせる。
その影でできた化け物の凶刃に恐れ慄き、デンガハクはついに死を覚悟し目を閉じた。
だが、その瞬間だった。
突如雷雲の如き黒い影が雷の矢のように襲来する。その巨大な黒の塊は黒馬であり、そして全身を黒鎧で纏った将であった。それはこのアルポート王国に復讐の念を燃やした総大将、覇王デンガダイであった。
覇王は既に大斧を両手で振るい上げ、その瀕死の大将軍タイイケンに振り下ろさんとしている。
タイイケンは咄嗟に振り返り、渾身の力を振り絞って防御の構えを取った。
だが、その白銀の大剣は折れていた。巨大な赤い裂け目ができ、そこから赤黒い肉の束が飛び出した。
そして覇王の黒馬が巨大な2つの真紅の肉壁の間を突き抜けていく。その血みどろの門をくぐり抜けると、覇王と黒馬は真っ赤に汚れて染まっていた。
やがてアルポートの平原には2つの左右対称の肉塊が崩れ落ちる。
覇王は血に塗れた大斧を高々と上げて空に叫ぶ。
「敵将タイイケン、討ち取ったりィッ!!」
アルポートの忠臣、タイイケン・シンギは戦死した。
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