決死の投石機破壊任務

2月13日11時半、不惜身命ふしゃくしんみょうの鬼神、タイイケン・シンギがアルポート王国の東城門前で出陣を構えていた。


アルポート城の物々しく大きな城門が今、火山への入り口のようにタイイケン軍5000の部隊の前に立ちふさがっている。


「開門ッ!!!」


タイイケンが短い号令を発すると、一斉に二人の兵が左右の城門を開く。それと同時に城門のすぐ近くの兵が歯車を回し、更に城門の前から掛けられる大きな跳ね橋を下ろし始める。


キリキリと鉄鎖の金属音が響くとともに、木の架け橋がだんだんとアルポート平原の岸辺の上へと近づいていく。そしてその鎖のついた橋が水平になった時、ついに火口への入り口が開かれた。


その火の海の先はそう、覇王軍5万の軍勢が布陣する投石機部隊の一団である。その溶岩のように恐ろしい真黒の岩を放つ敵の投石機は後10機、それら全てを破壊するのがタイイケンが王から授かった勅命である。


(こんな勝ち目のない戦をするのはいつぶりぐらいだろうな。この突撃がどれだけ効果があるのかはわからない。だが、悪い気分ではない。俺はあいつを、ユーグリッドを王として認められたのだからな)


タイイケンにはもはや、己の武人の魂よりも大切なユーグリッドへの忠義が宿っており、その忠君に身命を尽くすことこそが己の畢竟ひっきょうの使命となっている。その忠誠の炎は決して消させない。その新しくできた我が主君が、己の無謀な突撃を信じて託してくれた任務を果たすまでは。


タイイケンは馬の腹を両足で圧迫して合図を送り、橋の上をゆっくりと歩かせる。そのまま5000の兵を引き連れてちょうど橋の真ん中まで来て馬を止める。前方を向いたまま城壁の上に叫んだ。


「リョーガイッ!! 俺は出陣するッ!! 俺の軍が前方の投石機を破壊し、貴様らが後ろを狙いやすくする!! 貴様らの部隊は後ろの投石機を撃ち続けろッ!!」


タイイケンの覚悟の怒号が空に響き、城壁の上のリョーガイが慌てて石垣から顔を出す。


「おいおい、馬鹿言うなよ!! 相手は5万の軍勢引き連れてんだぜ!! そんなちゃちな数の部隊で突撃したら、あっという間に囲まれて殺されちまうぞッ!!」


「ああ、そうだ。俺たちは確実に死ぬ。だが、それでユーグリッドの国が守れるなら本望だ。俺は奴から直々に勅命を受けたのだ。全ての投石機を破壊せよと。俺はその崇高たる王の命令に従い、この任務を俺の命をなげうってでも果たす! 俺が死んだ時は、後のことを頼む」


タイイケンはそれだけ伝えると、馬の腹を蹴って駆け出した。


その後に騎馬隊、歩兵隊と一斉に走り出す。


タイイケン軍が橋を渡り終えると、速やかに跳ね橋は鎖が引かれ閉じられた。


「タイイケン軍が攻めてきたぞぉッ!! 全軍打ち方止めいィッ!! タイイケン軍の迎撃に当たるッ!!」


投石機を打ち続けていたデンガハク軍が中断の号令を放ち、一斉に防御体勢に入る。大盾部隊が投石機の前面に幾十にもなって構え、更に槍部隊も合流する。投石機部隊自身も剣を抜き、アルポート軍への臨戦態勢に入った。


「伝令兵ッ!! 後陣に控える覇王軍に伝えよッ!! 至急救援部隊を要請すると!!」


そして3人ばかりの伝令兵が後陣へと駆け出していく。タイイケン自身もその走り去っていく敵兵の姿を捉えていた。


(ざっと前陣にいる敵軍は1万兵ほど、我々の兵の2倍といったところだな。始めから我らタイイケン軍が不利だということだ。後ろの覇王軍なぞが合流したら、あっという間に我々全員が討ち死にするだろう・・・・・・


ならば、やはり短期決戦に臨むまでよッ!!)


タイイケンは手綱を打ち更に馬を加速させる。


騎馬隊もタイイケンに遅れまいと全力で馬を駆らせる。


その猛進する鬼気迫る部隊に、デンガハクも両手剣を抜いた。自らも迎撃部隊の最前陣に立ち、タイイケン軍の迎撃の構えを見せる。


その光景に城壁の上のリョーガイも目を光らせていた。


「今の内だァッ!! タイイケンが敵と打ち合ってる内に、全部終わらすぞぉッ!! 大砲を撃てェッ!!」


タイイケンが出撃し、敵軍の投石機が攻撃を止めたことで勇気を得たリョーガイは、再びアルポート王国の主力指揮官として闘志を燃やす。


大砲部隊の士気も上がり、集中して大砲の位置を調整できるようになった。


砲弾がタイイケン軍とデンガハク軍の遥か上空を飛来する。


「待っていたぞタイイケンッ!! 貴様が出撃することは読めていたッ!! この投石機の攻撃も、貴様を炙り出すための覇王の戦略よッ!!」


「ほざけデンガハクッ!! 貴様如きに討ち取られるタイイケン・シンギではないわッ!!」


タイイケンも両手剣の双剣を抜き、右手の剣を腹の前で横向きに構え、左手の剣を頭の上で手前に構える。


デンガハクも左手で手綱を操りながら右手で両手剣を持ち、タイイケンへと突進する。


そして両者が至近距離まで近づくと、そのまま馬を駆らせながら両手剣の打ち合いとなった。タイイケンが嵐の如く双剣を振るい、デンガハクは大山の如くその剣を受ける。デンガハクはタイイケンの荒々しい猛攻を防ぎなら、反撃の好機を待つ。


だが中々その時は訪れず、タイイケンは決してデンガハクに隙を見せない。デンガハクは少しずつ剣筋が乱れ、馬との歩調もわずかに揃わなくなる。


(タイイケンめ、噂に違わぬ豪傑よ。この”三剣のデンガハク”でさえも奴の隙を突くことができない。剣の技術は俺のほうが上だが、奴には圧倒的な神速の剣を振るえる豪腕がある。この俺さえも、ここまで押される敵は初めてだ)


デンガハクは武士としての闘志を燃やした。だがすぐに冷静さを取り戻し、より戦の実利を重んじることにした。デンガハクはタイイケンの暴風の剣捌けんさばきを一閃して弾き飛ばし、馬を回転させ引き返す。


「どうしたデンガハクッ!! 臆病風に吹かれたかッ!! さっさと戻ってこの俺と勝負しろォッ!」


タイイケンは逃げるデンガハクの背中に怒鳴りながら煽り立てる。


(フン、貴様の挑発には乗らん。どの道兄上の軍隊が到着すれば貴様らの軍など一瞬で屍の山となる。俺の任務は兄上が全力で作り上げたこの投石機を守ること。俺はこの護衛の任に命を懸ける!)


デンガハクは投石機の前面に出た軍陣まで引き返すと再び号令を掛ける。


「全部隊、突撃せよッ!! 迫りくるタイイケン軍に当たれッ! 一兵たりとも敵軍を投石機に近づかせるなァッ!!」


そして投石機の前の兵たちが一斉に平原を駆け出した。すぐに迫り来ていたタイイケン軍の騎馬隊と混戦になる。


騎馬隊は大盾の壁に打ち付けられ転倒し、大盾部隊もまた騎馬隊の突進に押され転倒する。

騎馬隊はすぐに歩兵となり自らも槍を振り回す。デンガハク軍の槍部隊も一斉に襲いかかった。


だがその結果、タイイケン軍の槍兵は圧倒的にその強さを見せた。次々とデンガハク軍の槍兵や大盾兵を薙ぎ倒し、怒りの大蜂の如く次々と敵の心臓を貫いた。


(やはり、投石機の訓練に重きを置いていた工兵では、タイイケンの軍に敵わぬか・・・・・・奴の部隊は奴自身だけでなく、奴の部隊も化け物よ。ここは数に任せて押し切るしかない!)


「怯むなぁッ!! 数は圧倒的に我らが有利ッ!! 敵を一兵ずつ取り囲み、一斉に槍で突き刺すのだァッ」


陣の後ろに控えていたデンガハクの号令とともに、槍兵が一斉にタイイケンの部隊を円形に取り囲む。そして10対1となった槍兵たちは、一斉に槍で突撃する。


タイイケンの兵は10本の槍が体を貫かれ、瞬く間に息絶えた。


だが、デンガハクの槍兵がタイイケンの騎馬隊を倒したのも束の間、タイイケンの歩兵部隊もついに合流する。


剣と盾を両手に持ったタイイケン軍は一斉にデンガハク軍と打ち合いになる。やはりタイイケン軍は屈強であり、投石機の訓練ばかりしかやっていないデンガハクの軍はあっという間に打ち倒された。


前方の投石機を守っていた陣に風穴が開き、ついに一人の兵が壊れた投石機の前に到着する。すると同時にその兵がとんでもないことを仕出かした。


懐から点火薬を取り出すとそれを鎧の上で摺り、腰に据えた爆弾の束に直接そのまま火を付ける。そして瞬く間にその兵は投石機とともに木っ端微塵となった。肉塊と木くずの花火が盛大に戦場に散る。


「一番右の投石機がなくなったぞォッ!! 全員あの後ろの投石機を狙えェッ!!」


そして城壁で控えていたリョーガイの大砲部隊が一斉に火を吹く。15つの砲弾が一斉に右後ろの投石機めがけて飛来し、そしてついに1つが投石機に命中した。


その投石機は鉄の巨大な玉によって無残に潰され、二度と瓦礫を飛ばすことができなくなった。周りにいた守備兵たちも粉々に砕け散る。


(くっ! 投石機がまた1つやられてしまった。リョーガイ軍め、どんどんと精度を上げてきおっている。我らの迎撃部隊もタイイケン軍に押されており、今我が軍が劣勢となっている。やはりここは、この俺自身も出るべきか・・・・・・)


デンガハクは再出撃を決断すると、再び両手剣を抜く。そして馬を駆らせ、自らも混戦の舞台となる敵味方の陣へと飛び込んでいった。


タイイケン軍とデンガハク軍は死闘を繰り広げていく。

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