最期の忠誠

2月13日正午12時、タイイケンが馬に乗ったままアルポート王国の王城に着くと、そのまま城の中へと馬を駆けらせていった。


警備兵たちが慌ててその無礼千万を制ししようとしたが、「退けッ!!」とただ大将軍が一喝すると、水を割ったように二人の兵士たちは左右に引いた。


そのまま乗馬しながら玉座の間に着くと、驚く文官の諸侯たちを尻目にタイイケンはユーグリッドの前で馬から飛び降りる。


「ユーグリッド!! 緊急事態だっ!! 俺に5000の兵を率いて、東門から出撃するように命令しろッ!!」


タイイケンは飛び降りるや否や、突然王に向かって指図する。


まるでその武官の臣下がこの国の全ての決定権を握っているかのような物言いに、ユーグリッド自身も狼狽うろたえる。


「どうしたというのだタイイケン? 何故お主がここにいる? お主は確かリョーガイとともに、東の城壁で敵の投石機と応戦をしていたはずだが?」


「そのリョーガイが役立たずになってしまったのだ!」


その大将軍の言い切りに王も含めて諸侯たちがさっと青ざめる。


王はすかさず目の前に迫る大将軍に聞き返す。


「・・・・・・まさか、リョーガイが戦死したのか?」


「いや違う! 奴はまだ生きている。だが奴は完全に敵の投石攻撃に震え上がってしまい、何もできぬ木偶の坊になってしまったのだ。戦場では今リョーガイが指揮を取れなくなったことで、配下たちが滅茶苦茶に大砲を撃っている。


だがその攻撃は全く功を奏しておらず、投石機を破壊することができていない。


だから俺が敵軍に出撃することで、リョーガイの戦意を奮い立たせる必要があるのだ!」


タイイケンは頑なで豪語たる勢いで自分の出撃を主張をする。


だがその命知らずな要望に王は口元に指を添えて悩む。王自身も今の戦況を考えながら、大将軍に諭すように意見を述べた。


「だが、それはあまりにも危険過ぎる。覇王軍の東陣には今5万の軍が構えている。それをたった10分の1しかいない5000の兵で突撃するなどあまりにも無謀だ。城の防備とて兵を割いた分手薄になってしまい、敵の攻城を許してしまうやもしれぬ。


お主の出撃が得策だとはとても思えん。それなら俺が直接リョーガイの元に行って激励をーー」


「ならんッ!!」


ユーグリッドは臣下の命を無駄にしたくない一心で却下の意志を示そうとした。


だがタイイケンは大きくかぶりを振って王の言葉を遮った。


「ユーグリッド、貴様はこの国の王だ。万が一貴様が死にでもすれば、それこそこの国の兵たち全員の戦意が失われてしまう。貴様は最後の時までここに残るべきだ。


それに俺の突撃は単にリョーガイを勇気づけるためだけのものではない。この突撃には別の意味がある」


タイイケンは決然としてそこまで主張すると、今の大砲部隊の戦況について語り始める。


「今、敵軍はデンガハクの指示によって投石機が前後に2列となって並べられている。後ろには健在な10機の投石機が、前には我々が破壊した10機の投石機が構えられている。


だが、この前方の大きな投石機が邪魔となって後ろの投石機が見えなくなってしまっているのだ。結果的に大砲部隊は当てずっぽうで後ろの投石機を狙うことしかできなくなっており、今はもはや全く当てられる気配がない。


そのために俺の軍が出撃して前方の投石機を再び粉々に破壊せねばならぬのだ。前の投石機を破壊できなければ、絶対に後ろの投石機は破壊できない」


タイイケンは前方の投石機破壊の意義を披露し、重ね重ね出撃の決意を主張する。


その大将軍の穿うがつことができない鉄の意志に更にユーグリッドは悩み入る。王とてこの戦争が無傷で終われるとは思っていない。だが大将軍の命を投げ捨てるような決断にはどうしても納得ができなかった。


「・・・・・・俺も東側の戦況については聞いている。敵が20機の投石機でひたすらにアルポート城に攻撃していると。


だが敵の投石機はすこぶる命中率が悪いそうだ。ただでさえ投石機は無差別な城内への攻撃を想定した威嚇兵器であり、その上敵のあの投石機も急ごしらえのもので全くもって出来が悪い。つまり敵とて今攻めあぐねていることに変わりはないのだ。


このままひたすら守りに徹して、投石機に玉が当たるまで大砲を撃ち続けることはできないのか?」


ユーグリッドは命綱を臣下に垂らすように提唱する。


だがタイイケンはそのアルポート王の細い糸くずをすぐさま断ち切って否定した。


「いや、そんなことはできん。アルポート軍はリョーガイだけでなく大砲部隊も今錯乱しているのだ。そんな頭のおかしくなってしまった連中が冷静に正確な砲撃ができるとは思えん。


誰かが人柱となって先陣を切り、覇王軍と戦う必要がある。覇王軍とアルポート軍の正面対決が始まり、投石機の破壊の目処が立てば、流石に大砲部隊のボンクラ共も目を覚まして士気をあげるはずだ」


「・・・・・・・・・・・・」


ユーグリッドは押し黙り、大将軍の出陣の決断をやはり渋る。例えどれだけ頑固に出ると言われても、大切な臣下を見殺しにするわけにはいかない。タイイケンはこの国で最強の軍人であり、その大黒柱を失うということは味方の戦意を大きく下げることに他ならない。王は頭を俯かせ沈痛な面持ちを続ける。


だがそんな優柔不断な王を見かねたタイイケンは、半ば発破をかけるように、半ば強要するように、主君の両肩を力強く揺さぶった。


「ユーグリッド、俺に出撃を命令しろ! このままでは唯一投石機に対抗できる大砲とて敵に全て破壊されてしまうやもしれん。大砲部隊が全滅すれば、もはや我々には投石機に抗う術がなくなってしまう。アルポート王国も一巻の終わりなのだぞッ!! 大砲も兵力もまだ十分に残っている今しか、敵軍に攻め入る好機がないのだ!!


甘い考えは捨てろッ!! 俺に出撃しねと命令しろッ!!!」


タイイケンの決死の覚悟は止まらない。もはやその武人の信念は諸侯も、王も、そしてタイイケン自身でさえも歯止めのかからないものだった。


だが、そんなタイイケンの決意に横槍を入れるようにして、バタバタと玉座の間の階段を上ってくる音が聞こえてくる。


王と諸侯が一斉に振り返ると、そこには大量に火薬玉を腰に携えた重鎮ソキンが立っていた。


「陛下、その覇王軍の東陣への出撃命令、私にお与えください!」


ソキンもまた鋭く目を見開き、武人の覚悟を王に示す。


「ソキンッ、何故ここに!? お主は北の城壁で敵の城攻めの守りに着いているはずだが!?」


「ええ、陛下。ですがご安心ください。今北の防衛戦では敵が昨日と同じ戦法で攻城を図っており、全く成果を上げておりません。私がおらずとも北の城壁は守りきれるだろうと判断して、ここまでやって来たのです。


ですが私の耳にも東側の敵の投石機の情報は入りました。大砲の名手サルゴンが討ち取られ、持ち主のリョーガイも戦意を失っていると。


私もタイイケンと同じ考えであり、今ここで打って出て大砲の砲撃の露払いをすべきだと存じ上げます」


ソキンが火薬玉の束を物々しく揺らしながら王に歩み寄る。その燃え滾る姿は今まさに爆弾の群れに火が付きそうなほど鬼気迫った前進だった。ソキンが王の前に到着すると、跪いて礼をする。


「陛下、どうか私めに投石機の破壊をご命じください。必ずやこの命に替えましても、全ての投石機を破壊してみせます!」


ソキンもまた武人として死ぬことを望んでいた。


その死にたがりの病が再発してしまったソキンを見て、ユーグリッドはまた頭を抱えてしまった。


「ソキン、お主は俺とこの戦で生き延びることを誓ったはずだが? レグラス家3代に渡ってお主は生涯仕えてくれるのではなかったのか?」


「ええ、確かに私は陛下より生きよというご勅命を頂きました。ですが申し訳ありません陛下、やはり私はもうこの戦争で生きられそうにございません。これは己の私欲のためではなく、この国を守るための私の役割なのです。


この投石機破壊の出撃自体は誰かがせねばならぬものです。ですがその役目はタイイケンではなく私こそがやるべきものなのです。


タイイケンはこの国の戦時における全権を委ねられた、アルポート王国の武の要でございます。この先アルポート王国が覇王以外の敵によって侵略を受けたとした場合でも、必ず彼の武力と采配がこの国の平和をもたらすために必要となります。


一方で私は凡庸な年老いた武人の身。朝廷時代よりずっと皇帝陛下の元でお仕えしてきましたが、これといった華々しい戦績は上げておりません。


ならばこの覇王軍との戦や未来の戦においても不必要であると言えるのは、この私めソキンのほうでございます。タイイケンは決してこの覇王との決戦で死ぬべき男ではないのです。私が東門から出て、私が死にます。ですがその代わり必ず投石機を全て破壊してみせましょう。


ですからどうか陛下、私に出撃しぬことをご命じください」


老将はもはや王とともに歩む未来を捨てて覚悟を決める。


その身投げのような言葉を聞き届け、王は胸が傷み悲しい気持ちになった。せっかくソキンが生きる希望に目覚めたというのに、結局戦がその希望を奪ってしまったのだ。


ユーグリッドはソキンとの誓いが霧散して消えてしまったことに唇を噛んだ。やはり、ここで出撃すべきなのはソキンなのかもしれない。タイイケンを今失ったら、この戦争で勝てる可能性も遥かに下がってしまうのだ。


だが王がそう考えた時、タイイケンは王の正面で跪くソキンの肩を強引に突き飛ばした。


ソキンが横転して頭を打つ。


そして代わりにタイイケンが王の真正面に立ったのだった。そのままタイイケンは体を横に振り返らせ、その石の床に倒れたソキンに向かって怒鳴り散らした。


「馬鹿がッ!! 貴様のようなろくな功績もない凡将が突撃しても犬死するだけだッ!! 敵の陣にはデンガハクもいるのだぞッ!! 貴様がセコセコと爆弾に火を付けている内に敵に切り捨てられるのが関の山だッ!! 身の程というもの弁えろこの老いぼれッ!!」


タイイケンは傍若無人に暴言と侮辱をソキンに浴びせた。


その無作法極まりない狼藉に、ソキンがすぐさま立ち上がりキッと一瞬睨み返す。だが老将はしばらくすると結局己の無力を悟り、しなしなと項垂れて目を伏せてしまう。


タイイケンの言うことは己の心臓に直撃するほどの図星だった。例えこの国に不要なのは自分の方だとしても、結局この投石機破壊の任務を成し遂げられるのはタイイケンしかいない。ソキンは何も反論できず、両拳を握りしめて立ち尽くすしかなかった。


タイイケンはその萎びた老人の様子を見て、高慢に顎を向け鼻で笑う。


「フン、どうやらやっと己の分際というものがわかったようだなジジイ。貴様などせいぜい娘の腹から生まれてくる孫の顔でも楽しみにして、しぶとく残りの余生でも生きていろ。貴様はこんな右も左もわかっておらん若造のガキどもを残して勝手に一人で死ぬつもりなのか?


貴様の役目はそんな洟垂はなたれどもの政治ごっこを本物の王政にすることだろ。此奴らを本当の王族にできるのは、海城王様の腰巾着となって無駄にまつりごとに詳しくなった貴様にしかできぬことだ。


いいか、俺が貴様に直々に命令してやる。ユーグリッドのために、キョウナンのために、貴様は生きろッ!! ここで出撃しぬのは俺の役目だッ!!」


タイイケンは己の圧倒的な武人としての実力と覚悟の違いをソキンに見せつける。


ソキンはそのタイイケンの武人としての厳然たる風格に気圧されて、スゴスゴと後ろに下がらざるを得なかった。


そしてその老兵の諦めの意志を見て取ると、タイイケンは改めてユーグリッドに真っ直ぐな姿勢で体を向ける。そのアルポート王国大将軍の全身には死に際を飾る戦士として、己の武士の魂が全霊をもってみなぎっていた。


「ユーグリッド、貴様もこれでわかっただろう? この戦に勝つためには誰かが東門から打って出ねばならん。そして敵の東陣の投石機を全て破壊できるのは、アルポート王国でこの俺たった一人しか存在しないのだ。


・・・・・・ユーグリッド、この俺に出陣の命令をしろッ!!」


タイイケンは強く勇ましく武人として王に命令を求める。


もはや王ですら覆すことができないタイイケンの出撃命令の要望に、ユーグリッドは全身を苦渋で震わす。若き王には大切な臣下に絶対に死ねと命じるのは初めてだった。だが決断の時はすぐそこまで迫ってきている。もはやいつ敵の投石機が城壁の大砲部隊を全滅させるのかわからないのだ。


ユーグリッドはアルポート王国の大将軍に玉砕命令を下すしかなかった。


「・・・・・・わかった、タイイケン。お主の進言に従おう。


アルポート王国大将軍タイイケン・シンギ、アルポート王国国王ユーグリッド・レグラスの名の下にお主に勅命を下す。東門より5000の兵を引き連れて出撃し、敵の投石機を全て破壊せよ。これがお主に下す最期の勅令だ」


ユーグリッド王が勅命を下すと、タイイケンは静かに目を瞑る。その暗闇の中に入ると、今城の外で巻き起こっている戦争のことなど忘れてしまうほどの静寂が訪れた。


まるでこの世の全てのものが無に帰して、自分の武人としての人生さえも全てなかった事になったかのような感覚だった。


だがタイイケンの胸の内には、かつて憎んでいたはずの王からの玉砕の勅命を受けたことで、不思議とどこか充実感に満ちあふれていた。己の生涯の全てを海城王にだけ注ごうと思っていた敬愛の念が、死の間際になってその息子であるユーグリッドにも注ごうという気持ちが生まれていたのだ。


タイイケンは王の前で跪き、手のひらに拳を当てた礼拝の姿勢を取る。これがアルポート王国の大将軍タイイケンの、最初にして最後に捧げるユーグリッドへの忠誠だった。


「ご命令のままに、ユーグリッド陛下」

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