リョーガイの苦渋の出陣 

「リョーガイ、お主には戦場に出てもらう。東の城壁で大砲部隊の指揮を取り、覇王軍の投石機を全て破壊せよ」


2月13日午前10時、玉座の間でユーグリッドからの勅命が下されると、リョーガイの頭の中は真っ白になっていた。


「お主も既に聞いたであろう。お主の配下の将、大砲撃ちのサルゴンが戦死した。サルゴンはこの国一番の大砲の名手であったが、敵の投石した瓦礫に当たって死んでしまったのだ。もはやまともに大砲の指揮を取れるのはお主しかいない」


ユーグリッドが冷淡に戦況を説明する。


しかしリョーガイは意識を取り戻すと、ブルブルと頭を高速回転させて露骨に不承諾の意を表す。


「いやいやいや、待ってくださいよ陛下! 私はしがない商人ですよ! 素人の私が戦場に行ったって何の役にも立ちはしませんよ! その私がそんな岩が滅茶苦茶に飛んでくるイカれたトコに棒立ちして、むざむざ敵に殺されに行けって言うんですか!?」


リョーガイは半ば怒りと恐怖を抱えて喚きながら王に反駁する。


だが君主はどこまでも商人を冷徹な声の調子で諭したのだった。


「ああ、お主には俺の命令のために死んでもらうかもしれない。だが、結局今お主が戦場に出なかろうが、投石機を破壊せねばアルポート王国は滅ぶ。そうなればお主はお主の一族ごと覇王軍に殺されるのだぞ。行けリョーガイ。さもなくばお主を国家反逆罪を犯した罪によりこの場で斬る」


その絶対零度な君主の命令に、なおもリョーガイは苦々しい愛想笑いを浮かべる。その薄ら笑いには一切余裕はなく、藁にも縋る思いで抵抗を続けた。


「おいおいおいおい、勘弁してくださいよ陛下。私の反乱を起こした罪は永久に恩赦するって約束してくれたはずですよ。たった2ヶ月前のことなのに、陛下はもうお忘れになっちまったんですか? あなたの言ってることは例えこの国の王と言えど、あまりにもご無体な暴君ってものですよ」


リョーガイは王との約束を盾に命令を断ろうとする。


だが王は断固首を横に振って却下する。


「いや、それとこれとは話が違う。俺がお主に永久に恩赦したのは飽くまで過去の国家反逆罪についてだ。今お主が犯そうとしている背反命令とは一切関係ない。よいかリョーガイ。お主はアルポート王国の臣下であり、王の命令には絶対に従わねばならん。さもなくば俺は直ちにお主の一族を皆殺しにするものとする」


王の武断的な支配者としての恐喝に、もはやリョーガイの目の前が真っ黒になる。戦をする前からもう自分の命の在り処を見失っているのだ。


だが、その臣下の気つけのためにユーグリッドは飴を与えた。


「そんな今死んだような顔をするなリョーガイ。お主はまだ覇王軍に殺されておらん。当然この戦に勝利すれば褒美をやる。もしお主が敵の投石機を全て破壊できたなら、このアルポート王国の宰相の位をお主に授けよう」


その王の約束に、玉座の間にいたテンテイイがビクリと肩を震わせる。


だが王は今テンテイイのことなど眼中に入っていないようで、現宰相は何の反論もできずガクリと肩を落とすしかなかった。


(ああ、やっぱりそうなのか。最近陛下が私の献策を受け入れてくれず、リョーガイ殿の進言ばかり取り入れていたのはそのためだったのか。どうやらずっと前から決まっていたことのようだ。やはり私は宰相などという地位には向いていなかったのだ)


テンテイイは一人心の中で煩悶し、結局今の立場に対して諦めの境地に入る。この戦争が例え勝利に終わったとしても、この先自分がどうなるのかわからない。テンテイイは目の前の戦争よりもこれからの自分の行く末で頭がいっぱいだった。


「わかったな、リョーガイ? 俺もお主との約束は必ず守る。残りの俺が覇王の首を持ってくるという約束の成否は、お主の手腕にかかっている。俺が約束を守るためにお主も命を賭けてくれ」


「・・・・・・・・・・・・」


リョーガイは苦渋の表情を作り、額に汗を流す。まだ王の意見に対しては反論できる余地があったが、もはやこの命令が覆ることは天地がひっくり返ったとしても起こり得ないだろう。


リョーガイとて十分に理解している。この戦場で大砲を上手く操れるのは自分しかいないと。そしてアルポート王国の命運が自分の命に懸っているのだと。リョーガイは己の一族のため、己の財産のため、そして己自身の命のために決断せざるを得なかった。


「・・・・・・わかりましたよ陛下。ホントはわかりたくはないんですけどもうわかりましたよ陛下。私は覇王のイカれた投石機の前に出ます。ですが必ず約束は守ってくださいよ。仮に私が死んだとしても、私の墓前に覇王の首と宰相の位を添えてもらいますからね」


「いや、そんな約束はできん。俺はこのアルポート王国の未来のためにお主には生き残ってもらわねばならぬのだ。よいなリョーガイ? 戦場で必ず生き延びよ。さもなくば死体となったお主には覇王の首も宰相の位もやらん。永久にアルポート王国の反逆者としてその墓に汚名を刻んでやる」


王の無茶苦茶で横暴を極めた生き残れという勅命に、リョーガイは何の言葉も返せない。あんぐりと口を開け、その口に放り込まれたごく少量の飴の上に大量の鞭を浴びせられた。


だがユーグリッドは剣の鞘を床に鳴らし、呆けた豪商人に再度絶対的な命令を下した。


「リョーガイ・ウォームリック。彼の者に命ずる。アルポート王国の東の城壁よりいでて、覇王軍の投石機を全て破壊せよ。どんな手段を使っても構わない。必ずこのアルポート王国に勝利をもたらせ」


黄金の鎧の王が玉座近くの近衛兵たちに目配せすると、リョーガイは両脇を担ぎ上げられ引きずられながら退出させられる。そのまま豪商人が王城の城門まで連れて行かれると、いつの間にかそこにはリョーガイの赤い鎧兜や宝剣、それから赤い馬が用意されていた。


リョーガイの出撃命令が王から下されたことを聞きつけ、ウォームリック家一族が駆けつけてきたのだ。


だがリョーガイは一族たちには目もくれず、王への恨みつらみでいっぱいだった。


(クソゥッ! クソゥッ! 結局俺はユーグリッドの犬かよッ!!)


しかしリョーガイは心持ちは駄々を捏ねながらも、手早く鎧兜と宝剣を身に着け赤馬に飛び乗る。そのままリョーガイは涙目になりながら一族たちに一言「俺が死んだ時は頼む」と言い残し、部下の兵たちとともに馬を駆けらせていった。


「・・・・・・どうかご無事で、お父様」


そんな父親の背後を見送りながら、娘のリョーキはポツリと呟いた。既に自分も薙刀を持って武装しており、いざという時は覇王軍と戦う覚悟である。その勇敢な娘の声がリョーガイに届いたかどうかはわからない。


リョーガイは岩の雨が振る戦場に出陣した。

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