蘇る災厄の兵器

2月13日朝4時、アルポート王国にその悪夢は蘇った。


東の城壁の上の見張り兵が昨日の戦勝に酔い、余裕を持って生あくびをしていた時だった。冬の霧の中の平原から、巨大な物体の大群が迫ってくる。


(何だアレ? 覇王軍は一体何を運んできたんだ?)


ガラガラとアルポートの平原に荒々しいわだちの跡を作りながら、それは覇王の東軍前衛に到着する。


そしてアルポートの兵士たちは震撼したのだった。


「ば、馬鹿な・・・・・・投石機だとっ!」


兵士の一人が絶叫する。


何とアルポート軍によるボヘミティリア王国の侵攻戦で、全て爆破して破壊したはずの投石機が目の前に現れたのだ。その黒々と焦げた木製の材質は、この静謐せいひつな白い霧とは不調和な禍々しい様相を醸し出している。


それぞれの投石機は横に2列となって整列しており、合計20機が前後の陣で朝の霧の中に配置された。


投石機の車輪を回して運んできた覇王の部隊は到着次第、すぐに投石機上部にある垂直になった匙状の発射装置に手をかけた。木の床板に水平になるように下ろし、その匙の半球の空洞の中に瓦礫の破片を入れる。その匙を斜め下に引っ張る動作に伴って、匙の柄の端に取り付けられた弦が大きくねじれ、キリキリと音を立てて螺旋状となって張り詰める。


「投石を放てぇッ!! アルポート王国を瓦礫の海に沈めるのだァッ!!」


投石機部隊の総指揮官、デンガハク・バウワーが大喝の如く号令する。


投石機の発射装置を押さえていた兵士たちは一斉に手を放す。弦の捻れが反回転して元に戻るバネの勢いと、梃子てこの原理によって再び匙が垂直の位置に戻る反作用の勢いが装置に加わる。その力学的な作用により、瓦礫の群れが隼の如き速度で宙を舞う。その無秩序な形をした空飛ぶ残骸たちは、アルポート王国の遥か城壁の上を優に越え、ガシャン!ドシャン!ガシャン!とアルポート王国の城内に炸裂して降り注いだ。


「う、うわあああッ!! 瓦礫が落ちてきたぞぉぉッ!!」


その敵軍の遠距離射撃によって、一斉にアルポート城内の兵士たちは大混乱に陥った。逃げ惑うようにして慌てふためきながら見張り兵たちが、寝ていた兵士たち全員を叩き起こし出す。中には既に瓦礫の下で、冬眠中の蛙のように真っ赤に押しつぶされた兵士もいた。アルポート城内は一斉に阿鼻叫喚の絶叫の中に包まれた。


「フハハハッ!! 敵城が騒がしくなっておる! 城内のアルポート軍どもはどうやら慌てふためいているようだな! よし、このまま投石を続けろッ!!」


デンガハクが馬上から長剣を抜き、アルポート王国の城壁へと突き出す。


投石機部隊は次々と瓦礫を発射装置に乗せ、そして手を離し一斉に瓦礫の群れを弾き飛ばす。


その岩の残骸の着弾とともに、また城内に凄惨な悲鳴が湧き上がった。


その悲痛な声は城の外の平原にいるデンガハクにも十分聞こえるほど大きな絶叫だった。


「フハハハッ!! 見るがいいッ、ユーグリッド!! これが我ら覇王軍が長年培ってきた軍事産業の技術の賜物よ!! 我々は貴様らが滅ぼしたボヘミティリア王国から瓦礫や木の残骸を搔き集めたのだ!! そしてその残骸の部品を駆使し、この20機の投石機をモンテニ王国まで引き連れてきていた技士たちによって作らせたのよ!!


全ては我が兄覇王デンガダイが、この侵攻戦の一戦を勝ち取るために閃いた起死回生の戦略! 貴様らアルポートがボヘミティリアの兵器工場を破壊して高をくくっていた隙に、我々は兵器を大量生産し、このアルポート城の攻略に備えていたのよ!!」


デンガハクは再び高笑いを上げ、その敵軍が突然突かれた急所を嘲笑う。


投石機の群れは無慈悲に瓦礫を撃ち続け、アルポート王国にいた兵士たちや領民たちを次々と圧殺する。その被害は忽ち甚大なものとなり、東地区で出撃を待ち構えていたアルポート軍2000の兵が、そして東地区に避難していた領民5000人が犠牲となった。アルポート王国の東地区は恐慌状態に陥り、兵士たちの士気や領民たちの秩序が一斉に乱れ始める。


その報を雷電の如く知らされた武官の諸侯たちはすぐに軍を引き連れて城壁の前線へと向かう。


東の城壁に将兵たちが辿り着くと、既に敵軍は投石機の周辺に大盾部隊を幾重にも重ねて配置しており、アルポート軍の襲撃に備え万全の守りを構えていたのである。


「まさか・・・・・・敵がまた投石機の一団を作って我々アルポート王国に攻撃を仕掛けてくるとは・・・・・・野盗となった覇王軍にこんな無茶苦茶な兵器製造能力があったなどとは、流石のこの俺とて読めなかったわ・・・・・・」


タイイケンは東の城壁から遥か遠くに見える黒焦げの木でできた投石機の群れを、呆気にとられて見渡しながら呟く。額からは冷たい汗が流れており、このあまりに予想外すぎる殺戮兵器の登場に、アルポート王国最強の男ですら肝を冷やしていた。


「だが、我々には大砲がある! この局面を乗り切るには大砲しかないッ!! サルゴンッ、投石機に向かって大砲を撃てッ!!」


「御意っ!!」


大砲名人の将サルゴンはハキハキと返事をし、大砲部隊に命令を下す。


「標準を投石機に合わせろォッ!! この距離では直線に撃っても届かんッ!! 砲身の高角を上げ、曲線状に砲弾を撃って命中させるのだァッ!!」


そして一斉に導火線に火が付けられる。二人の兵士が砲身の空洞を投石機に向かい合わせ、少しずつ高さを調整しながら砲身を朝日の空へと向ける。そして一気に20門の爆音が放たれた。


だが、結果は散散たるものだった。どの砲弾もあらぬ方向に向かって飛び、目標である投石機に全く届いていない。投石機の遥か前に玉が落ちていたり、横に逸れて地面にめり込んでいたりする。


鉄の玉を近くに撃たれた大盾部隊は戦々恐々となったが、依然投石機による遠距離攻撃は止まらない。デンガハクがもしこの場から逃げ出した兵士はその場で斬り殺すと決死の命令を下していたのだ。デンガハク自身ももはやこの大砲と投石機による鉄石が飛び交う戦場で命を賭けていた。


「怯むなぁッ!! このまま投石機を打ち続けろぉッ!! 敵軍を城の中から炙り出し、一気に城門を攻め落としてやるのだァッ!!」


デンガハクの不退転の号令に覇王軍の兵士たちも勇気を奮い立たせる。もはや故郷を失った兵士たちには、この戦争に勝つ以外に生き残る道はない。皆修羅となって、覇王の怨念が乗り移ったかのようにアルポート王国に殺戮の雨を降らせる。


だがアルポート軍も負けてはいない。冷静に大砲の着弾点を見極めていた。


「もう少し大砲の位置を調整するッ!! そこの大砲は30度ほど左に、そこの大砲は20度ほど上にズラせ! おい、そこのお前たちは下がれッ! 俺自身が大砲を撃つ!!」


サルゴンの命令により、一斉に大砲部隊が砲身を微調整する。サルゴンは一瞬で先程撃った玉の着弾地点から距離を計算し、次こそ砲撃を投石機に当てんと躍起になって頭脳を巡らせたのだ。


「玉を込めろッ! そして導火線に火を付けろ! そのまま大砲を撃てぇッ!!」


サルゴンの命令とともに兵士たちが一連の射撃準備に取り掛かる。


アルポートの空に瓦礫が乱れ飛ぶ中、ジリジリと導火線に火が走り、大砲の薬室の中の火薬袋に至る。そして再び爆音が轟いた。


殺戮の鉄の玉は円弧を描き、次々と地面を破砕して着弾する。その砲弾は先程よりも投石機に近づき、投石機を取り囲んでいた大盾部隊も犠牲となった。鉄の玉の下面では人間の臓器や血が飛び散り、その風圧によって他の大盾部隊も体を引き裂かれて吹き飛ばされる。


そしてサルゴンが調整をした大砲は見事投石機の1機に命中し、二度と再起できぬほど粉々に打ち砕かれた。


「第二大盾部隊、そのまま負傷者を連れて撤退せよ! 第一投石機部隊、大盾部隊、直ちに第二投石機部隊へと集まり陣形を組み直せッ!! 壊れた第一投石機はもはや使い物にならんッ!!」


そのままデンガハクによって陣の配置替えが迅速に執り行われると、すぐにまた第二投石部隊は投石機で攻撃を再開した。圧倒的な兵力数を誇る覇王軍は部隊の入れ替えを無尽蔵に行うことができるのである。


「雑魚どもには構うなッ!! 東の敵軍は城壁を攻めず、ひたすら投石機を撃ってくる算段だッ!! 貴様たちは投石機だけを狙えェッ!!」


タイイケンの号令に大砲部隊が再び玉を込める。


サルゴンは部下たちを指揮し、砲身の位置を微調整する。


「よし、このまま導火線に火を付けろォッ!!」


サルゴンの号令とともに更に爆音が鳴った。そして見事二つの投石機が破壊された。木くずの残骸が炸裂し、すぐ傍にいた投石機部隊の全身に突き刺さる。その凄惨なハリネズミのような人間を見て、覇王軍は混乱を極める。


他の当たらなかった砲弾の玉もますます目標の兵器へと直前まで迫っていた。その周囲ではやはり人の肉塊が飛び散っている。


「一度投石を中断するッ!! 全軍速やかに後退せよッ! その後右方向に投石機を移動させ、敵の大砲の標準から外れよッ!!」


デンガハクが後退令を出し、一斉に投石機部隊が移動を開始する。ノロノロと投石機の車輪は回り出し、今は全軍が背後を向けて無防備な状態となっている。


「どうする、サルゴン? 今の内に大砲を撃ち込んでおくか?」


牛のような敵の行軍を見遣り、タイイケンが素早く問う。


「いえ、止めておきましょう。大砲を曲線発射によって的に当てるのは至難の業。移動する敵に闇雲に撃っても玉が無駄になるだけでしょう。


このまま我々は敵の動きに合わせて大砲の角度を予め調整し、敵軍が動きを止めた所で一気に発射するべきです」


サルゴンの冷静な分析にタイイケンは頷く。


「・・・・・・よし、わかった。サルゴン、貴様の言う通りにしよう。この投石機部隊を蹴散らせるかどうかは、貴様の手腕にかかっている」


タイイケンは投石機部隊の静観を決め込むと、そのまま何もせずじっと平原の敵軍を睨み続ける。そしてサルゴンに全ての指揮権を任せたのだ。


やがて敵軍が移動を終えると、デンガハクが号令を出した。


「ここで止まれいぃッ!! 再び投石を開始するぞぉッ!! 弦のバネを少し緩めろッ!! 次は敵の城壁を狙うのだァッ!!」


そして投石機部隊は一斉に発射装置に取り付けられていた弦を内側に手繰り寄せることでたわませる。捻れの密度を小さくし、バネの威力を弱めることで、より飛距離が近くになるように調整したのだ。再び投石機が攻撃を開始する。


「よし今だッ!! 大砲に火を付けろォッ!!」


サルゴンの号令とともにまた一斉に大砲の轟音が響き渡る。その結果鉄の玉は全て投石機に命中しなかったが、投石機を囲っていた兵士たちに甚大な被害を出した。血と肉塊の湖が一瞬で出来上がり、鉄の玉も投石機のすぐ傍まで落ちている。もはや次の砲撃でこれらの投石機が破壊されることは確定的だった。


「第四部隊、第五部隊、このまま全員撤退し、後陣に援軍の伝令を出せッ!! 再び投石機部隊と大盾部隊を配備するッ!! もう一度投石機を後退させよォッ!!」


デンガハクの号令とともに第四部隊、第五部隊が撤退する。


そのほとんど陣が空となった投石機に向かって、2つの大砲の標準が素早く微調整される。もはや投石機が逃げる隙を与えない。


「ここだッ!! 撃てぇッ!!」


そして導火線に火が付き鉄の玉が飛ぶ。見事第四陣、第五陣の敵の投石機を粉砕した。これで投石機は合計5つ破壊できたことになる。


「よしっ、この調子だっ!! このまま行けば敵の投石機を全て破壊できるぞっ!! アルポート王国の勝利は近いっ!!」


サルゴンは勢いに乗り兵士たちを元気づけ囃し立てる。兵士たちもその名将の歓声に呼応して、拳を振り上げ鬨の声を上げる。


だが次の瞬間だったーー


ドゴオォンッ!!


突然、東の城壁の上に土埃が舞った。皆石屑の煙が目に入り、ゲホゲホと咳をする。大砲による破壊攻撃が一斉に中断される。


そして名将サルゴンに悲劇が起こった。覇王軍の投石機によって飛ばされた瓦礫の破片が、運悪くサルゴンに命中していたのである。サルゴンは全身を覆うほどの大きな瓦礫の下で絶命していた。


その瓦礫の隙間から覗かれる顔からは阿弥陀籤あみだくじのように血流が滴り落ち、恐ろしい無念の形相を浮かべている。瓦礫が直撃した頭部では兜が割れ落ちるほどの衝撃が走り、赤い脳髄が城壁の周りに飛び散って右脳が全てなくなっていた。


無茶苦茶に潰れた小脳と延髄が露出しており、その惨たらしい死体は一気にアルポート兵たちの戦意を削ぎ落とした。


サルゴンが構えていた大砲も粉々に打ち砕かれている。


「・・・・・・何ということだ。サルゴンが死んでしまうとは。これでは正確な大砲の射撃ができんぞ・・・・・・」


瓦礫が再び城壁の上空に乱れ飛ぶ中、タイイケンは意気消沈して呟いた。


だがすぐに頭を切り替えて大砲部隊の指揮を受け継いだ。


「大砲部隊ッ!! このまま投石機に発砲を続けろッ!! 裁量はしばらく貴様らに任せるッ!! 伝令兵ッ、サルゴンの戦死をユーグリッドに伝えに行けッ!! そしてリョーガイをここに呼べッ!!」


伝令兵は慌てて飛び降りるように階段を駆け下りていく。


大砲部隊は指揮する己たちの将を失った直後でも、なおも涙を飲んで乱れ撃ちを続ける。


そして命中率の悪い大砲と投石機による滅茶苦茶な報復合戦が始まったのだった。戦況はまだデンガハクが存命している投石機部隊が有利であり、大砲の素人であるタイイケンでは砲撃部隊を上手くまとめられなかった。


(リョーガイ、サルゴンがいなくなった今となっては、貴様だけがこの戦場の頼みの綱だ。貴様は商人といえど、大砲の射撃能力が高く兵の指揮も上手い。この戦局を切り抜けられるのはもはや貴様しかいないのだ)


タイイケンは祈るような気持ちでリョーガイの到着を待ちわびる。仁義なき遠距離攻撃の兵器の応酬は、誰にも当たらないまま残弾だけが無駄になっていく。


だが、いずれその空撃ちの無差別な攻撃にも決着の時が来る。この勝負の行方がどうなるのかは、アルポート王国にも、覇王軍にも誰にも予測できなかった。

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