アルポート王国防衛戦

2月12日正午、アルポート王国3万の軍と覇王軍10万の軍によるアルポート城攻防戦が始まった。


覇王軍はそれぞれ北・南の陣からは2万4000の軍勢が、東の陣からは5万の軍勢が一挙に襲いかかる。


アルポート王国側はそれぞれ北・南側の城壁には9000の守備軍が、東側の城壁には1万の守備軍が敵軍の侵攻を阻む。


なお、海に面した西側の城壁だけは、ただ覇王軍の2000兵ほどの海軍が海の周りを巡回しているだけで全く攻める気配がない。


アルポート王国側もその覇王軍の動きを読み、西側の城壁には2000兵分の見張り兵しか置いていなかった。


即ち両者の激戦の舞台は、この北南東の城門の前で繰り広げられる。アルポート城の周囲は海水で満たされた広くて深い水堀があり、それが覇王軍のアルポート城の攻略において最大の障壁となっている。


「敵軍が舟を持って攻めて来たぞぉッ!! 弩弓部隊、放てぇッ!!」


東の城壁の上で、アルポート王国の大将軍タイイケンが号令を放つ。


覇王軍の東部隊は20人ほどが2列に並んで舟を頭の上に持ち上げ、アルポート王国の水堀まで突撃したのである。


タイイケンの指示が出されるとともに、一斉にアルポートの城壁より無数の矢が放たれる。


だが舟を持ち上げた覇王軍の部隊は、舟を木の大きな盾とすることで弩弓の矢の雨を凌いだ。そのまま平原側の岸辺にまで辿り着き、弩弓の矢が刺さりまくった舟に全員が乗り込む。その部隊の半数がかいを使ってアルポートの城壁に向かって漕ぎ出す。


「今だっ!! 敵が舟から姿を表したぞッ!! 弩弓部隊、もう一度放てェッ!!!」


タイイケンの指揮に、再び一斉に弩弓部隊が弓を引く。


アルポート城の水堀の上で無防備となった残り半数の覇王軍の弓部隊も、負けじと城壁に向かって矢を射掛ける。


だが、アルポート城の城壁は高く、舟は海水の潮の流れの影響によって大きく揺れる。覇王の舟部隊はアルポートの城壁の兵たちに上手く狙いが定められない。


結果、両者の弓矢の打ち合いは圧倒的な地の利を得たアルポート軍の完全勝利となった。舟の上には大量の矢傷を負った兵の死体で溢れ返り、覇王の第一陣の舟部隊は瞬く間に全滅した。


「敵の舟部隊が再び攻めて来たぞぉッ!! 弩弓部隊、構えろぉッ!!」


再び覇王の部隊が舟を持ち上げ突撃する。


だが既に舟を盾にした部隊に矢を射っても効果がないことを悟ったタイイケンは、弩弓部隊に待機命令を出す。敵が水堀に舟を浮かべ隙を見せた瞬間が勝負の時だ。


「今だっ!! 矢を放てぇッ!!!」


敵が舟を置きその身を曝け出した所でタイイケンが指示を出す。


だが敵軍もそれを読んでおり、前方にいた2人4組の盾部隊が背中に背負った大盾をすかさず上方に構える。上から降り注ぐ矢の雨を鉄の盾で弾き飛ばし、後ろで出航の準備を整えていた他の兵士たちを守る。


そして全員が舟に乗り込むと、その先頭で大盾部隊がそのまま盾を構えて立ち、その真後ろに隠れて4組のかい部隊が身をかかめて舟を漕ぎ出す。そして更に大盾部隊の斜め後ろの両隣には、8組の弓兵部隊が膝をついて弓を構えている。立ち上がってから城壁に向かって矢を放ち再び跪くことを繰り返す。


その三位一体となった舟部隊の連携はアルポートの弩弓部隊の攻撃を受け流し、舟に揺られながらも果敢に弓を射ち続けた。その城壁との距離が迫るとともに命中の精度も上がっていき、ついにアルポート側でも犠牲者が出た。


「第一陣ッ!! 負傷兵と戦死兵を引き摺って後退しろッ!! 第二陣、弩弓を持って前に出ろッ!!」


第一陣と第二陣がジグザグに交差するようにして前進後退し、素早く守備部隊が交代する。第二陣の弩弓部隊は城壁の最前線に立つとすぐに矢を弦につがえた。


「大盾部隊の足を狙えッ!! 弓を鋭角に構え、下方向に射撃しろォッ!!」


そして迫りくる舟部隊に対して弩弓部隊は垂直から2、30度の角度に弓を構え、斜脚しゃきゃくの雨の如く矢を放つ。


すると忽ち大盾部隊の足に矢が命中して、敵兵の膝は崩れ落ちて頭を無防備にし、そのまま盾に守られていた櫂部隊も弓部隊も全員が瞬く間に蜂の巣になった。そしてそのアルポート軍の戦術は繰り返され、前進してくる敵の舟に順々に狙いを定め、三位一体となった舟部隊を各個撃破する。


そしてとうとう覇王軍の第二陣も全滅したのだった。


「敵がまたしても攻めて来たぞォッ!! 今度は屋根付きの船だッ!! サルゴンッ、大砲を撃てェッ!!」


「御意っ!!」


タイイケン軍とともに連合して戦っていたリョーガイ配下の将、サルゴンが砲撃の命を受ける。


彼の者は大砲の射撃名人と言われており、このアルポート城防衛戦でも主力の将として抜擢されていた。


サルゴンはすぐさま配下たちに命令し、大砲に鉄の玉を込めさせる。


「導火線に火をつけろォッ!! 突撃してくる敵の舟に標準を合わせろォッ!!」


その大砲名人の号令とともに、一人の兵が導火線に火をつけ、二人の兵が大砲の両脇で砲身の向きを移動させる。ギリギリと死への秒読みのような鈍い音を立てて、黒い殺戮兵器が敵の迫りくる軍団にその空洞を向け、火薬の爆燃を中で充満させる。やがて鉄の玉に一気にガスの圧力がかかり、命を食らう爆音が発射された。


そして覇王軍は瞬く間に無残な姿となった。


大砲を向けられた部隊は、その木の船ごと木っ端微塵になった。柔らかい内臓や固い骨の破片を空中に飛び散らせ、人間の全身が連続して爆散した。


隣で走っていた他の舟部隊に肉の雨となって降り注ぎ、一瞬で平原は無数の長大な血のすだれを引いた。この砲撃により、覇王軍の第三陣の半数が戦死した。


「敵が屋根船を海に下ろしたぞォッ!! 爆弾部隊、水爆弾を持てェッ!!」


タイイケンの号令とともに、爆弾部隊が前方に出る。腰には既に火が付けられた行灯あんどんが携えられており、手には水爆弾を持っている。


水爆弾とは蝸牛の殻のような形をした鉄の中の、ちょうど中央にある空洞に火薬が敷き詰められた炸裂兵器である。殻の入り口から火薬まで導火線が繋がっており、点火すると渦を巻くようにして火が縄の上を走り、真ん中の火薬袋の元まで到達する。


更に開き口には渦巻き状の溝ができており、その溝と合致する回転式の出っ張りがある蓋と一式になっている。その蓋を回してしっかりと口を封することで、水中に入れても殻の中に水が入らないような構造になっているのである。


これによって水の中でも火薬を炸裂させることができ、その爆弾の周囲には更に、振り回して投擲するための縄が括りつけられていた。


その武器を兵士たちが城壁の前衛で構え、そしてアルポート城の水堀の半分くらいにまで敵の舟部隊が進んだ時だった。


「今だッ!! 爆弾に火をつけろッ!! 敵の舟の横に投げ込めェッ!!」


爆弾部隊が一斉に蝸牛の導火線に点火する。急いで鉄の蓋を回して締め、一斉に爆弾の縄をブンブンと振り回す。上手く海の着水地点に狙いを定めた後、近づいてくる屋根付き舟の側面に向かって放り投げる。


すると忽ち轟音を立てて間欠泉のような水しぶきが湧き上がった。舟は転覆するか底に大きな穴を空けて沈んでいく。鎧を着た兵士たちはそのまま海の中へと溺れ死に、鎧を着ていなかった兵士たちも一瞬で上で構えていた弩弓部隊の餌食となった。こうして覇王の第三陣もあっという間に全滅した。


「よしっ、いい調子だ!! このまま敵がこの戦術を続けるようであれば、我々アルポート軍は城を守りきれるぞっ!!」


タイイケンは優勢が順調に進むにつれ高揚し、戦気をますます高ぶらせる。


アルポートの兵士たちも連戦連勝を重ね士気を高め、第四陣、第五陣と難なく敵軍を蹴散らしていった。


他の方角のアルポートの城壁でもほとんど似たような勝利の戦況が続いていた。北の城壁ではアルポート王国の重鎮ソキンが、南の城壁ではユーグリッド直属の配下である名将ダイラスが指揮を取っていた。


この北と南での防衛戦では、海の潮の流れの恩恵があった。東の城壁よりも更に大きく敵軍の舟部隊が揺らされることで、アルポート軍に多大な戦果をもたらしていたのだった。


舟で突撃した敵部隊は波の影響により上手く弓矢で狙いを定めることができず、櫂部隊の舟の操縦もままならない。


ソキン軍やダイラス軍はタイイケン軍と同様の戦法を取り、弩弓、水爆弾、そして大砲の連携攻撃によって、次々と敵部隊を壊滅させていった。敵がアルポートの城壁の前まで辿り着き、舟から引っ掛け梯子を掛けて登ろうとする城への侵入を決して許さなかった。


結局敵の覇王軍はその日の戦いの中で、一兵たりとも城壁の上に自軍の部隊を登らせることができなかった。


そのまま12日の夕日は沈み、総大将である覇王デンガダイは、全軍にアルポート城からの一時撤退を命令したのである。


そして夜の9時となり、覇王の元にはその何の成果も得られなかった自軍の無残な戦績が報告されていた。


「・・・・・・兄上、我が軍の犠牲者は5000兵ほどに達しました。対して我々が討ち倒せた敵軍の数はわずか500兵ほどであり、互いの戦績を比べれば10倍もの差が開いていることになります。このままこの戦況が続けば、我々はアルポート王国を落とすことができず敗北を喫してしまうでしょう」


覇王の次弟のデンガハクは悔しそうに報告書の紙を握り潰し、右の拳をわなわなと震わせた。


故郷を失った覇王軍はこの不利な戦争においてもはや撤退を選ぶことができず、10万の軍が兵糧不足により全滅する危機に瀕していた。


「・・・・・・ハク。残りの兵糧はどのくらいある?」


覇王は弟の激情した態度とは裏腹に、冷静に戦局を確認する。


デンガハクも頭を冷やして兄に報告を述べ始めるが、その表情は暗い。


「凡そ10万の軍を養うのに後13日分ほど残っております・・・・・・我々はモンテニ王国との戦争から撤退したばかりであり、あまり万全とは言えません」


「13日か・・・・・・我々がこの先兵を失う分を差し引けば、ざっと16日分程度というところだな。我々がアルポート王国と戦える期限は、ちょうど2月の終わりの28日までということになる」


覇王は計算を終えると、おもむろに野営地の畳床机たたみしょうぎの椅子から立ち上がる。


覇王の本陣に立てかけられた篝火の列には冬の風が吹きすさび、風前の灯の如く火の勢いが弱まっている。


だが、覇王の巨岩の顔には決して諦めの想念など宿していない。むしろその怪物の如き面立ちには不敵な笑みさえ浮かばれていたのだった。


「だが、それほど長い日数は必要ない。アルポート王国は明日中にも沈むことになるだろう。我はその決着の時に備え、わざとユーグリッドに承諾されもしない降伏勧告などして時間を稼いでいたのだ」


覇王は陣中の武器掛け台から大斧を抜き出し、朧月おぼろづきの空へと天高く突き上げる。


「全ては明日の決戦のため。今日勝ち目のない攻城戦を仕掛けたのも、我がアルポート軍に狙いを悟られぬようにするためだ。ユーグリッド、貴様の命日は明日の13日よ。首を洗って待っておくがいい!」


覇王は静かに瞳に憎悪を滾らせ、そして大斧を勢いよく振り下ろす。


地鳴りのような金属音が覇王の陣営に響き渡り、思わず就寝していた兵士たちが飛び上がった。


覇王は大斧の刃を地面に突き刺したまま柄から手を離し、ゆっくりと月明かりの大空へと振り返る。


「レン・・・・・・キン・・・・・・お前たちは天の上で我の行く末を見ておれ。我は必ずアルポート王国を制し、バウワー家を再興してみせる。そして我は新たな一族を連れて皇帝となり、このアーシュマハ大陸の覇者となる!」


天に旅立った亡き弟たちに誓いを立てて、覇王は復讐と闘気の炎を全身に燃やす。


覇王はこの戦争に勝利してアルポート王国の全てを支配し、再び天下統一を目指す野望を復活させたのだった。

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