降伏会議再び

2月12日朝6時半、アルポート王国の玉座の間では諸侯会議が開かれていた。開戦か降伏か、アルポート王国が今直面している覇王軍10万の大軍との対峙について、国家存亡を懸けた重大決定が下されようとしているのである。


アルポート王国の城壁には既に守備軍を構えており、最低限必要な将の配置も済んでいる。


玉座の間にはほぼ全ての諸侯が集まっており、アルポート王国の有力諸侯であるソキン、タイイケン、リョーガイ、テンテイイの四人も集まっている。


ユーグリッド王は玉座に大股で座り、黄金の剣の鞘を地面に叩きつけたままの姿勢で諸侯たちに呼びかける。


「これより諸侯会議を始める! 議題は今アルポート王国の目前に迫る覇王軍と戦うか服従するかのどちらかを選ぶかだ! 俺の首が懸っているからといって遠慮することはない! 皆この国の未来のために、忌憚きたんのない意見を発言せよ!!」


ユーグリッド王は審判の開始を宣言するように、剣の鞘を再び床に叩きつける。


だが、諸侯たちは途端に静まり返り、シィン、とした気配が漂っている。


ユーグリッド王自身は当然開戦を望んでいたのだが、平和主義者な文官の諸侯たちは正直覇王に降伏したいという思いもあった。だが、そんなことを言ってしまえば王に命を断てと進言しているも同然であり、とても口を開くことが憚られたのである。


「どうした? 誰も発言せぬのか? ならば、俺が一人ずつ聞いてみることにしよう。まずはソキン、お主はこの覇王との戦争についてどう思う?」


ユーグリッド王は玉座の隣に立つ重鎮ソキンに意見を求める。


ソキンは恭しく礼の姿勢を取り、けれどはっきりとした声で王に意見を主張した。


「勿論私は開戦に賛成でございます。我々アルポート王国は3万の軍勢であり、今覇王の10万の軍と対峙しております。その兵力差は三倍以上、開戦に臨めば必ず覇王との激戦を強いられるでしょう。


ですが、この戦いは決して無謀なものではございません。何故ならば、覇王は故郷ボヘミティリア王国を我々に滅ぼされたばかりであり、全く城攻めの兵器を軍に備えていない。モンテニ王国への遠征にも失敗しており、兵糧の確保もできていない。


即ち覇王は今全く補給ができない野盗の軍であり、我々がひたすらにこの国の防衛に徹すれば、いずれ覇王の軍は食糧不足により全滅することとなるでしょう。


我々には決して望みの低からぬ勝機がある。その勝機を手放してまで、わざわざユーグリッド陛下の首を差し出す必要はありません」


ソキンは右手を諸侯たちに広げ、左手を自分の胸に置いて堂々と語る。


その理論の展開は整然としており、武官の諸侯たちも頷きを見せていた。


「そうかソキン。お主は覇王と戦うことを望むのだな?」


「ええ、その通りでございます陛下。そしてこれは私の個人的な意見ですが、娘のキョウナンを覇王の元になど送りたくはありません。


覇王は我々のボヘミティリア王国侵攻により弟のデンガキンを失くした身。仮に降伏のために王妃を送ったとしても、逆上してそのままキョウナンを斬り捨ててしまう可能性がある。


私は一介の父親として、とても娘の命を差し出すような真似はできません」


ソキンはハキハキと自分の私情について述べる。


だがその個人的な家族への思いについて異を唱えられる者はこの玉座の間にはいなかった。


「お主の意見はよくわかった、ソキンよ。俺も個人的な意見になるが、妻であるキョウナンを危険な目には合わせたくない。これで俺自身も含め開戦派は二人になったということだ。


だが、俺とソキンが戦いを望んでいるからといって遠慮することはない。降伏の意見がある者は名乗りを上げよ」


ユーグリッド王は臣下たちを見渡した。


だがそこに反対の意見を唱えられる者などいない。降伏に賛成するということは、王と王妃の命を差し出すことに他ならないのだから。それはこのアルポート王国が完全に滅ぶことも同然である。


「どうした? 誰も降伏の意見のある者はいないのか? なればタイイケン、お主の意見を申してみよ」


ユーグリッド王は諸侯たちの後ろで陣取っていたタイイケンに目を向ける。


だがタイイケンは王の視線から目を逸し、吐き捨てるようにして意見を述べた。


「フン、わかりきったことを聞くな。俺は当然開戦に賛成だ。俺は亡き海城王様の仇を取るために今まで貴様に仕えてやってきたのだ。むしろ貴様が降伏などと唱えれば、真っ先に貴様を叩き切ってこの俺が覇王軍と戦うつもりだった。


こんなくだらん茶番はさっさと止めろ。どうせなら覇王が降伏勧告した時に奴を大砲で撃ち殺すべきだったな」


タイイケンは王に不遜な態度を取りながらも、明らかな開戦を望む決意を王に示した。


武官の諸侯たちもタイイケンと同様の意見であり、覇王軍との決戦の合図に闘志をうずうずと燃やしている。


「そうか、タイイケン。やはりお主は海城王への忠義心が厚い男なのだな。これでアルポート王国の二人の将が開戦に賛成していることがわかった。なれば次は文官の諸侯に尋ねることにしよう。リョーガイ、お主は開戦か降伏か、どちらがいいと思う?」


ユーグリッド王は右手前の最前列にいた財務大臣のリョーガイに公平な態度で問いかける。


しかしリョーガイもまた不遜にも、不敵な笑いを浮かべながら王に答えたのだった。


「へっへっへっ、陛下。そんな5つの小僧でもわかりきった馬鹿な質問しちゃいけませんぜ? 当然私も開戦に賛成でございます。何のために私がボヘミティリア王国まで遠征して覇王の金を奪い取ったと思ってんですか? 覇王をブチ殺すためですよ。


もしアルポートがハナから覇王と戦う気なんざなかったら、ボヘミティリアで領民ども全員ブチ殺しにするなんてイカれた真似するわけないでしょ? あの大虐殺は明らかにアルポートの覇王への宣戦布告だ。今更覇王がここまでノコノコやって来て、降伏なんて甘い考え認めるわけがねぇ」


リョーガイは降伏派を牽制するかのように、覇王への服従などできないことを論じる。


もはや降伏したかった文官の諸侯たちも心を入れ替えざるを得なかった。


「なるほどな、リョーガイ。確かに覇王に俺の首を差し出したとしても、この国の安全が保証されるとは限らない。覇王がアルポート王国の城内に入れば、我々が行ったボヘミティリア王国の虐殺の二の舞となってしまうかもしれない。覇王に開戦しようが降伏しようが、結局アルポート王国は滅亡する危険性があるということだ」


ユーグリッド王はリョーガイの意見を取り入れ、玉座の間をどんどんと開戦の一色へと染めていく。そしてアルポート王国の開戦の決定の大詰めとして、左手前最前列のアルポート王国で一番平和主義者な男に尋ねたのだった。


「テンテイイ、お主はどう思う? 確かお主はあまり戦を好むような性格ではなかったはずだ。お主は先程から黙っているが、もしや降伏の意見を進言したいのではないのか?」


王の言葉にアルポート王国の宰相は沈黙する。だが王から顔を伏せたままボソボソと自分の意見を語ったのだった。


「・・・・・・いえ、私も開戦すべきだと思います。先程陛下も仰られていたように、覇王の降伏勧告を受け入れたとしても、アルポート王国が平和を迎えられるとは思えません。


仮に覇王が本当に領民や兵を虐殺しなかったとしても、覇王は今まで我々に多額の金の無心をしていた。例え覇王に我々が大人しく服従できたとしても、アルポート王国はまた莫大な金を毟り取られ続けるだけでしょう。


そうなれば、結局アルポート王国は財政的な困窮に陥り滅びてしまう。覇王もそうなればさっさと我々の国を見捨て、別の国に攻め込んでその国から金の無心を繰り返すだけです。


覇王には属国を生かす気などさらさらありません。覇王に服従するということは、いずれ覇王に国を滅ぼされるということに他なりません」


テンテイイは覇王に服従した場合のアルポート王国の行方について述べ、その属国となった国に先がないことを論理的に示す。


唯一テンテイイに希望を託していた降伏派の文官の諸侯たちですら、もはや降伏を選ぶことなど馬鹿げていると考え始めていた。


「よし、そうかテンテイイ。お主もやはり開戦派なのだな。これで4人の有力諸侯が覇王との戦いに賛成したことになる。なればそろそろ結論するとしよう。諸侯たちよ、改めて聞く。お主たちはこの今の覇王との戦争についてどのような意見を持っている?」


ユーグリッドが大仰に首を見渡し諸侯たちの是非を問う。


玉座の間の全諸侯たちは一瞬だけ黙り込む。


だが、一人の武官の諸侯が口火を切ったことで、一斉に声が上げられた。


「戦いましょう! ユーグリッド陛下! 我々はもはや覇王の属国ではありません! 今更覇王の言うことになど耳を傾ける必要はありません! 我々アルポート王国は覇王と徹底的に抗戦すべきです!」


「そうだ! 我々は誇り高き海城王様とユーグリッド様に仕えたアルポート王国の臣下だ! 覇王の元で支配されるなどと、そんな屈辱など認められるものか! 例え我々が覇王の大軍に飲まれようとも、アルポート王国の誇りは決して消させぬぞ!」


「ええ、私も心を入れ替えました! 我々はこの国の王のためにも、兵のためにも、民のためにも、そして亡き海城王のためにも、この覇王との戦争に臨むべきです! 我々の国の全てを守るためには、覇王と戦うしかありません! 我々ユーグリッド陛下の臣下一同は命を賭してでも覇王を打ち破ることを誓います!!」


「陛下、もはや皆反論の余地はございません! 我々アルポート王国諸侯一同は皆、覇王との決戦を望んでおります! 後はアルポート王国の王たるあなた様の決断を待つばかりです! 陛下、是非とも開戦のご決断を!!」


カアン!


その時、ユーグリッド王の黄金の剣の鞘が地面に叩きつけられた。


玉座の間の全諸侯たちは一斉に沈黙し、王のその決断の意志を固めた眼差しに注目する。もはや後はユーグリッド王の勅命が下るのを待つだけだ。


「これで全ての諸侯たちの意見は出揃った! 満場一致で覇王との開戦に皆賛成をした! よってこの日この時を以て、我々アルポート王国は覇王10万の軍と徹底抗戦することを決定する! 皆の者ッ、例えアルポート王国の軍勢が一兵だけになろうとも、その全てが尽きるまで、全力で覇王打倒の大義名分を果たせッ!!」


ユーグリッド王は黄金の剣を鞘から抜き、玉座の間の諸侯たちの前で掲げる。


諸侯たちも全員各々の武器を掲げ、覇王討伐の決意を表明する。


「皆の者ッ!! 我々アルポート王国は必ず覇王デンガダイの軍を討ち倒すッ!! 皆、鬨の声を上げよッ!! 必ずやアルポート王国の宿敵、デンガダイ・バウワーを滅ぼし、このアルポート王国に真の平和をもたらさんッ!!」


そしてアルポート王国の機は熟した。諸侯たちは一斉に武器を天に振り上げ、覇王打倒の狼煙を上げる。もはやここに覇王を恐れる者はいない。皆一致団結に闘気を滾らせ、覇王の首を刈り取ることを誓っている。


諸侯たちの武具は既に覇王軍を斬り殺した幻影の血で染まっていた。その血が本物となる瞬間までもはや一刻の猶予を争っていた。戦勝の福音ふくいんが届けられる栄光の時を皆が信じ決起していた。


「さあ、これでアルポート王国は決断を下した!! これでもう迷うことなく我々は覇王と戦える!! 各自、各々の守備部隊の持ち場に戻れッ!! 覇王の軍が攻城を開始する時まで、城壁の上で反攻の構えをするのだッ!!!」


王の決戦の号令に一斉に諸侯たちは鬨の声を上げる。皆既に覇王軍への勝利を確信していたのだ。もはや覇王など恐るるに足らぬ。アルポート王国の全兵は一丸となって覇王軍を殲滅するのだ。




やがて約束の正午の12時となり、ユーグリッド王は東の城壁の最前線に立つ。


覇王デンガダイは既に前線の陣の部隊に囲まれながら、アルポート王国陥落に向けて万全の布陣を敷いている。


そして二人の王は視線の先で戦火の炎を交えた。


「覇王デンガダイよッ!! 降伏は却下だッ!! 我々は全力で貴様らの軍を叩きのめすッ!!」


ユーグリッド王は城壁の上から黄金の剣を真っ直ぐ伸ばし、その先にある覇王の喉元へと突きつける。


そしてそのアルポート王国国王の開戦宣言を聞き届けると、覇王は静かに鞘から大斧を抜いた。


「アルポート王国を攻め滅ぼせぇッ!!! 一人残らず皆殺しにせよォッ!!!!」


覇王は大斧を振り下ろし、覇王の軍が突撃する。そして二つの獰猛な戦の喚声がぶつかりあった。


こうしてついに、アルポート軍と覇王軍とのアルポート王国攻防戦が始まったのである。

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