最終部 ~アルポート王国防衛編~
覇王軍との決戦の刻
2月12日朝6時、ついに覇王軍との決戦の
アルポート王国の城壁は今覇王軍によって囲まれており、北・南には覇王軍の2万4000の軍勢が、そして東には5万の軍勢が大蛇・長蛇の列となって布陣を構えている。
ただ西の海に面した城壁だけは、わずか2000兵ばかりの海軍しかおらず、以前アルポート王国に攻め入ったような完全包囲とはなっていなかった。覇王は故郷であるボヘミティリア王国を失ってしまい、海を取り囲むための舟など物資が急激に不足してしまったのである。
そして包囲の陣が敷き終わり数分ばかり経つと、東の主陣営より一騎の巨大な黒馬が駆け出した。その大馬を荒々しく操る人物こそ、かつて海城王ヨーグラスを死に追いやったアルポート王国の
覇王デンガダイ自身もアルポート王国によるボヘミティリア王国の侵攻により、愛弟であるデンガキンを失っている。覇王デンガダイは怒りの炎に燃えながら背中の大斧を抜き、ついにアルポート王国の東門前に到着した。
平原と城の間には海水で満たされた深い水堀があり、デンガダイの軍の侵攻を阻んでいる。そして東の城壁の上にはアルポート王国1万の軍勢が布陣しており、大砲や弩弓を一斉に覇王に向かって構えている。
だが、そんな敵の万全な迎撃態勢など物ともしないように、デンガダイは狂った怪物のように怒号を叫び散らした。
「出てこいィッ!!! 卑劣な暴虐の王、ユーグリッド・レグラスゥッ!!!」
その海も天も地も裂け割れるかのような雷鳴が、アルポート王国の全土を震撼させる。
前面に出ているのは覇王たった一人だと言うのに、思わずアルポートの兵士たちは構えていた武器を手から離してしまった。
「貴様をこのデンガダイが殺しにきたァッ!!! 逃げられると思うなァッ!!! 例え貴様が海の果てに逃げようとも、必ず我が貴様を生きたまま八つ裂きにして葬り去ってやるゥッ!!!」
そのたった一人の巨漢の王の爆裂音にアルポート兵たちの心臓が縮み上がった。もはや戦う前から心臓が停止して倒れてしまいそうである。
だが、その戦々恐々とした覇王の覇気が放たれた空気の中、一人堂々と城壁の陣を割って歩み出る者がいた。彼の者こそは、このアルポート王国の国王にして、偉大なる海城王の王家レグラス家の正統な血筋を引き継ぐ子息、ユーグリッド・レグラス王である。
ユーグリッド王はその身に黄金の鎧を纏っており、左の腰には海城王より受け継いだ黄金の両手剣を携えている。覇王の地鳴りのような怒声にも一歩たりとも引くことなく、王者たる風格を纏ったまま威風堂々と城壁の最前衛に姿を現す。
「何用だッ!? 覇王デンガダイ・バウワーよ!! かような大軍を我らアルポート王国に物々しく引き連れてくるとは!! 貴様は今このアルポート王国の国境を侵し、アーシュマハ大陸の国際法に
ユーグリッド王は威厳を纏いながら真っ直ぐに指を指して警告する。
だが覇王はますます怒りと憎しみを込み上がらせ、怪物のような大声で怒号を返した。
「黙れィッ!!! 卑劣にも我らボヘミティリア王国の留守を狙って軍を攻め入らせた貴様が、越境行為などと言って正義を振りかざすつもりかァッ!!! 貴様の偽善ぶったその軟弱な面を、我の大斧で叩き斬ってやるゥッ!!!」
覇王は大斧をユーグリッド王に突き出し敵意と殺意を剥き出しにする。その獰猛な目つきはユーグリッド王への怒りに満ち溢れている。もはや国際も法律も関係ない。ただ故郷と弟を滅ぼされた憎悪だけがこの復讐の怪物を突き動かしているのだ。
「ふざけるなッ!! 天下統一などと言ってこのアーシュマハ大陸の国々を攻め、この世を乱す貴様こそ偽りの正義に溺れた大逆者よッ!! このユーグリッド・レグラスは貴様の暴虐を許さじと、貴様の故郷ボヘミティリア王国に制裁を加えてやったのだッ!! 貴様の天下統一に大義などないッ!! 貴様の国を攻め滅ぼした我々アルポート王国にこそ、この大陸の全ての人々が認むる大義を果たしたのだッ!!」
ユーグリッド王も覇王に負けぬ大声で、己の正当性を叫ぶ。
二極対立する正義を掲げる王たちは、両者とも一歩たりとも引くことはない。もはや決戦の火蓋が切られるまでは一触即発の火薬庫であった。
だが意外にもそれを翻したのは覇王のほうであった。突然覇王は眼前に立つユーグリッド王を無視してアルポート王国の兵士たちに怒号を上げた。
「聞けッ!! アルポートの兵士どもよッ!! 貴様らは今我々覇王の10万の軍に城を包囲されているッ!! 我が軍は数々の戦を勝ち抜いてきた歴戦の猛者を揃えた軍勢であり、貴様ら弱卒のアルポート3万の軍では到底勝つことはできんッ!!
降伏せよッ!! さすれば貴様たちの命だけは助けてやるッ!! 貴様ら一族と領民の命もだッ!!
ただし、その降伏の条件としてユーグリッドの首を我の元に差し出せッ!! さもなくば、覇王が10万の大軍が貴様らアルポート王国の者どもを残らず血祭りにあげてやるッ!!!」
覇王の絶対的とも言える降伏勧告の命令が、アルポート王国の兵士たちに岩の如く下る。
兵士たちはその覇王の怪物のような巨体と地割れのような怒号にガクガクと足を震わせており、アルポート城を守る戦意すらも失っている。
「いいか!! 兵士どもよッ!! 貴様らが生き残れる道はたった1つ、それはユーグリッドの首を我が元に差し出すことだッ!! 期限は今日の正午の時間までだッ!!
アルポート王国国王の首を、王妃のキョウナン一人に持たせて我が東陣の軍にまで運ばせよッ!! さすればユーグリッド一人の命を除いては、貴様ら一族領民ども全員の命を保証やろうッ!! そしてこのアルポート王国を我が覇王の支配下に置いてやるッ!!!」
その有無を言わせぬ覇王の弾圧的な要求に、兵士たちが震えながらユーグリッド王の顔を恐る恐る見遣る。
だが予想外にも、アルポート王はとても冷静な顔をしており、覇王の命令とも言える降伏勧告に首肯を示した。
「いいだろうっ!! 覇王デンガダイ!! アルポート王国をすぐに攻めなかった貴様の提案を尊重してやるっ!! これより我がアルポート王国は諸侯会議を開き、降伏か開戦か、その
ユーグリッド王は腕を組んだまま覇王を見下し、正々堂々とした態度で覇王の要求と対峙した。
だが決してユーグリッド王に死ぬ気などない。ユーグリッド王は、覇王軍に一秒でも無駄な時間を消耗させ、その兵糧が尽きる瞬間を待っていたのだった。
「言ったな!! アルポート王ユーグリッド・レグラスよッ!! どちらを選ぼうとも、貴様が生き残れる道はない!! せめて覇王の心の色が変わらぬうちに、苦しまずに死ねる道を選ぶがいい!! 今日の正午の時間まで、覇王は貴様らアルポートどもを待っていてやるッ!!!」
そう言い残すと、覇王は黒馬の身を翻し去っていった。
稲妻の電流がアルポート全体に走ったかのような衝撃がまだ残っており、アルポート兵たちの緊張の糸は限界まで張り詰めていた。
ユーグリッド王も直ちに身を翻し、城壁の全兵士たちに体を向ける。そして王は号令を放ったのだった。
「諸侯たちに伝令を送れ!! 最低限の防備を置き、これより諸侯会議を行う!! 20分後の朝6時半より開始すると伝えておけっ!!!」
そして城壁の伝令兵たちは一斉に走り出した。
こうして、アルポート王国と覇王軍との決戦は、再び降伏の是非を問う会議から始まったのである。
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