独立国家アルポートの宣誓
1月13日、覇王がボヘミティリア王国より遠征した日から8日が過ぎていた。
アルポート王国の王ユーグリッドは夜、海城王の墓がある庭園でただ一人佇んでいる。父の墓の前で両手剣を抜剣しており、月夜に照らされるその刃の光沢を眺めていた。
「ユウゾウ!!」
「はっ!!」
そのたった一人しかいなかったと思われた庭園に、一人の黒装束の男が木陰から現れる。その男はユーグリッドが抱えるシノビ衆の頭領、ユウゾウ・カゲマルだった。
「覇王とモンテニ王国との戦争は今どうなっている?」
「はっ。今日13日の昼1時頃覇王軍がモンテニ王国の前の山脈に到着し、すぐに山の焼き討ちをはじめました」
「そうか。タイイケンが言っていたモンテニ王国の関門の突破方法、覇王もやはり気づいていたのだな。それで、その焼き討ちはどれくらい掛かるかはわかるか?」
「はっ。今の冬の季節は乾燥しており、モンテニ山脈の森林も密集しております。恐らく2日後の15日の朝頃には、完全に山脈は丸焼けになっているでしょう」
「そうか、だとしたら覇王軍が次の第二関門である湖に着くのは15日頃ということだな。恐らく奴らはタイイケンが言っていた湖の埋め立てを行うのだろう。そうなれば、本格的に覇王軍とモンテニ王国の戦争が始まることになる」
ユウゾウからの情報提供を聞きながら、ユーグリッドは頭の中で計算する。そしてその後の両国の戦争の展開について考えた。
(覇王が湖の埋め立てを始めたとしたら、後どのくらいモンテニ王国は持ってくれるだろう? モンテニ王国は農業大国。兵糧攻めで覇王を倒すつもりの我々アルポート王国にとっても絶対に攻め落とさせてはならん国だ。
かといって我々が急いでボヘミティリア王国へ出発してしまうと、覇王はすぐに我々のボヘミティリア王国侵攻の遠征に気づいて、直ちにモンテニ王国から帰ってきてしまう。
その覇王が転進するまでの期間は、覇王の内偵がモンテニにいる覇王に報告する時間も含めると9日間。対して我々アルポート王国の軍がボヘミティリア王国に到着するまでの期間は5日間。差し引き我々がボヘミティリア王国の攻略に使える時間は4日間と非常に短い。
なるべくなら覇王にモンテニ王国に深入りさせて時間を稼いでから、アルポート王国の遠征を始めたい。モンテニ王国の生存とボヘミティリア王国の陥落、そのどちらも達成できるギリギリの境界線を見極める必要があるだろう)
ユーグリッドは結論して、跪いて待ち続けているユウゾウに指示を出す。
「ユウゾウ、このままお前たちは覇王とモンテニ王国の戦争の調査を続け、逐一その戦況を俺に報告せよ。毎日朝8時と夜8時、この海城王の墓の前で落ち合おう」
「御意にござります。ユーグリッド様」
ユウゾウは飛脚し、影のように消えた。
(さて、そろそろ堕落しきった諸侯たちの目も覚まさせてやらんとな。腑抜けの軍が攻めても覇王の城は落とせぬからな)
ユーグリッドはその日から玉座に戻り、毎日諸侯会議を開くようになった。
2日が経ち、1月15日の夜8時になった頃、ユーグリッドは驚くべき報告をユウゾウから受けていた。なんと覇王軍はもうモンテニ王国の湖の埋め立てを3分の1ほど終えたのだという。モンテニ王国の湖は回流が発生しており、その渡航にも難航を極めると聞く。
だが覇王の10万の大軍は、そんな常識を覆すほどの速度でモンテニ王国を侵攻していたのだ。もはやこのまま放っておけば、モンテニ王国の滅亡はそう遠くない未来に訪れてしまう。
(その覇王軍の工事の速度なら、もう17日の夜には湖の埋め立てが完了していることになる。そうなればもうモンテニ王国には最後の第三関門である岬の岩攻めしか残っていない。そこを突破されれば、もはやモンテニ王国の5万の軍と覇王の10万の軍は正真正銘の城の攻防戦となる。
覇王は戦の天才だ。純粋な城の攻防戦となれば、あっさりとモンテニ王国は陥落してしまうだろう。もはや一刻の猶予もない。明日16日から本格的な遠征の準備を進めねば!)
ユーグリッドは両手剣を抜いて右手に持ち、海城王の墓の前で真っ直ぐに突き出しながら天に掲げた。
「父上、あなたの遺志を継ぐ時が来た。俺は覇王デンガダイを倒し、このアルポート王国を守る真の王となる!」
そしてユーグリッドは王の決断を下した。
明日16日の朝7時、アルポート王国の全諸侯たちが玉座の間に集まっていた。全員アルポート国王の命令により、約束の時間に集合しなければ一族全員ごと斬首にすると言い渡されていたのである。
だがその諸侯たちの体たらくは散々たるものだった。ある者は互いに雑談し、ある者は立ったままうたた寝をし、そしてある者は自分の鼻の糞を
テンテイイやソキンなどはこの威厳の欠片もない王の間の有様に、諦めや嘆きの感情を抱いていたのである。
だが、そこに王が現れた時、玉座の間は一変した。だらけて緩んでいた諸侯たちの顔が、一瞬で驚愕の表情に染まったのである。
王は全身を黄金の鎧姿に包んでおり、その右手にはいつもの護身用の短剣ではなく、かつて海城王が愛用していた両手剣を携えていたのだ。
その威厳に満ちた威風堂々としたユーグリッド王の姿に、思わず玉座の間の中央の絨毯に居座っていた諸侯たちは、慌てて立ち上がり主君に道を開ける。
いつもへらへらして誰に何を言われても笑い飛ばす暗愚な小男とは違う。海城王の血筋を引く継ぐ、偉大なる王家レグラス家の後継者が確かにそこに歩いていたのである。
ユーグリッド王はその恐怖すら覚える厳かで堅牢な顔立ちのままに、玉座に大股を広げて堂々と鎮座する。そして大喝の如く、海城王の両手剣の鞘先を石畳の床に叩きつける。
王の間には、金属と岩の気高い協和音が鳴り響き、一瞬で
諸侯らは、そのレグラス家のアルポート王国国王に既に目と心を奪われていた。
「全諸侯に告ぐ! アルポート王国は近々軍の遠征を行う! その日に備え、あらん限りの軍備と長旅の準備を整えておけ! 今日の諸侯会議は以上だ! 明日も同じ時間に全員この玉座に集まれ!」
王は簡潔に高らかに諸侯たちに命令する。そしてそれが終わると、まるで砂塵の如く王は玉座から去っていった。
残された諸侯たちは、その王の不明瞭な勅命に混乱していた。互いの顔を見合わせて、王がいきなり様変わりした原因を探っている。だが既に幾人かの諸侯たちは気づいていた。その諸侯たちは武者震いをし、秘密裏に王の言葉に打ち震え感動していた。
タイイケン・シンギ、その人もその中の一人だった。今までの生きながらに死んでいたはずの目に、ギラギラとした希望の光が湧き上がっている。
やがて玉座の間の者たちは全員いなくなり、すぐに遠征の準備が執り行われた。
翌日の17日、事件は起こった。
何と王が一人の諸侯を玉座の前で斬り殺したのである。
玉座の間の諸侯たちは一様にその王の乱心に驚愕した。
かつて海城王の時代からずっと一度も血で汚されることのなかった王の間が、初めて平和が乱れ無残な内蔵を散らしたのだ。
王は全身に血を浴びており、両手剣を持った手が怒りを露わに震えている。
その暴君のような若き王に誰もが戦々恐々としていた。
「聞け、諸侯どもッ!! この者はアルポート王国国王の勅命に背き、軍備を怠り家で昼寝をしていた! その罪は重く、我々アルポート王国の威信を汚す背反行為であると見なした! いいか諸侯どもッ、よく聞けッ!! 軍備に遅れを取る者は全員死罪とする!
これで今日の諸侯会議は解散だ! 明日も全員同じ時間に来い!!」
ユーグリッド王は再び砂嵐のように去っていく。
テンテイイは慌てて召使いを呼び、玉座の間の掃除をさせる。
もはや今までユーグリッド王を舐めていた臣下でさえ、王の激高を目の当たりにしては死物狂いで遠征の準備をするしかなかった。そしてアルポート王国の全軍は急激な速度で編成が組まれていった。
そして更に翌日の18日、ついに王は確信的な勅命を臣下たちに下した。
「明日の深夜1時までに城攻めの兵備を整えよ! 長梯子、
これで今日の諸侯会議は終わりとする! 明日は全員武装してこの玉座の間に集まれ!!」
そして王は去っていく。
その嵐の前の静けさのような静寂に、諸侯たちは全身の筋肉の緊張を隠せずにいた。そしてもう誰もが気づいていたのだ。王の決意、王の覚悟、そしてこのアルポート王国がこれから進む運命の先を。
かつてそれはアルポート王国全諸侯の望みだった。だがやがて王と国が腐敗したことを切っ掛けに、その希望は奈落のような深い眠りに陥っていたのだ。
だが今は違う、眠れる獅子が覚醒する時がやって来たのだ。その研ぎ澄まされた戦乱への鼓動は、超新星の胎動のように諸侯たちの胸の中で蠢いている。誰もがその暴力を爆発させる瞬間を待ち焦がれ、憎しみ、名誉、富、繁栄、家族、それぞれの欲望が心臓の中で暴れまわった。
やがて諸侯らは戦士としての本能を呼び覚ます。ここにあるのはもはや弱小な属国アルポートではない。誇り高き一つの独立国家アルポートとして再誕を果たしたのだ。
そして明日の19日午前7時、ついにアルポート王国国王ユーグリッド・レグラスの勅命が下った。
「本日の正午より、我々アルポート王国3万5000の全軍は、覇王デンガダイの居城ボヘミティリア王国に向けて侵攻を開始する! 彼の者の国の全てを破壊し尽くし、二度と人の住むことができない
我々アルポート王国はこの瞬間より、栄光あるこの国の平和を乱す覇王デンガダイに宣戦布告をし、彼の邪智暴虐たる王を、国家国民総動員の身命を賭して打倒すべきことを大義とする!!!」
ユーグリッド・レグラスがついに、デンガダイ・バウワーの討伐を宣言する。
そのアルポート王国の命運が定められた時、玉座の間の全ての諸侯たちが沈黙した。
「・・・・・・ウ、ウ、」
ウオオオオオオオオオオッッ!!!
そして叫びの時が来た。諸侯たちは一斉に剣を抜き、煌めくその閃刃の光を天に掲げる。覇王打倒の名乗りを上げ、この国の救世の徒にならんとする。諸侯総員がアルポート王国の忠臣となり、やがてユーグリッドは独立国家アルポートの王となる。
覇王デンガダイの暴利権勢の落日の日は近い。誰もがそう信じ、誰もがその旗を掲げる。
ユーグリッド・レグラス王は両手剣を抜く。その猛々しく神々しい海城王の黄金の剣は、覇王の喉元を切り裂くことを誓っていた。
そして決起の
こうして、1月19日正午のこの日この時、アルポート王国とボヘミティリア王国の命運を賭けた侵略戦争が始まったのである。
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