リョーガイとの4つの約束
テンテイイが覇王への上納米の贈呈に失敗したことが知らされると、至急ユーグリッドはデンガダイに謝罪文を送っていた。その長々しい内容を要約すると以下のように綴られていた。
『未来皇帝デンガダイ・バウワー様
先日は大変申し訳ございませんでした。我々がお贈りした米があなた様のお怒りに触れてしまったならば、二度と我々アルポート王国はあなた様に米の献上を致しません。来年1月の始めの日には必ず100万金両をご用意してボヘミティリア王国までお届けします。
ですから何卒どうか、アルポート王国に攻め入ることはなさらないでください。本当にどうか、お願い申し上げます。
デンガダイ様の
そして今日、ユーグリッドは苦渋の思いである男に会うことを決心していた。
その男とはそう、かつてアルポート王国に反乱を起こし玉座を奪い取ろうとした豪商、リョーガイ・ウォームリックである。リョーガイはアルポート王国の財務大臣を務めており、彼の者が保有する資産もアルポート王国が保有する国の全財産を遥かに凌ぐ大富豪である。
アルポート王国の今の国庫にある財産は70万金両ほど。覇王への1月の100万金両を納めるにはもはやリョーガイに頼るしか道がなかったのである。
「リョーガイ、リョーガイ! 頼む起きてくれ!!」
「んん~?」
アルポート王国の財務室の机の上で、側頭に手をつけて横向きに寝ていたリョーガイが鬱陶しそうに唸る。
机の上には国政に関わる重大な帳簿が散乱しており、白紙の隅にはよく分からない魚の落書きが描かれていた。
「ああ、陛下っすか。何か用っすか? 俺はあんたになんか用はないんですけどねぇ」
「俺がお主に用があるのだ。今このアルポート王国は亡国するやもしれぬ危急の時を迎えているのだ。頼む話を聞いてくれ!」
「それくらい知ってますよ。覇王に100万金両納めなきゃならねぇって話でしょう? でも俺にはもう関係のねぇ話ですしぃ」
「お主にも関係があるはずであろう! このアルポート王国が覇王に攻められたら、お主の一族とて滅ぶのだぞっ!! 頼む! そう邪険にせず話を聞いてくれっ!!」
「めんどくさいっすねぇまったく・・・・・・」
しばらく問答が続いた後、リョーガイは渋々と財務室の机の上に胡座をかいた。眠そうに大口を開けて欠伸をかくと、着物の懐から
不快な煙の臭いが王の鼻孔を刺激する。だがユーグリッドはそれにも構わず突然膝を付き、煙の味を楽しんでいるリョーガイに勢いよく土下座した。
「リョーガイ、頼む! 俺に100万金両貸してくれッ!!」
その王の何の矜持もない無様な金の無心に、リョーガイは吹いた煙を指で散らして遊びながら、馬耳東風の様相を見せる。
「30万金両でもいい! 覇王に100万金両を届けなければならないのだ!! このアルポート王国を滅ぼしたくない!! どうか俺に金を貸してくれっ!!」
「あ~はいはい。出ましたよ。テンテイイ殿がボヘミティリアから泣きながら帰ってきたって聞いたから、そろそろ来る頃だと思ってましたよ。ホント、あんたも何で覇王に米贈ったら金払わなくていいなんて馬鹿な事考えたんですかねぇ」
心底どうでも良さそうにリョーガイは煙を吐く。ユーグリッドは厭味ったらしい棘をチクチクと刺される頭を上げることができない。
「まあいいっすわ。どうせ俺も暇だし、話くらいは聞いてやりますわ。あんたもまあ一応王だし、俺のためにどれくらい頭を下げてくれるのかってのも見物ですしねぇ」
リョーガイは顔を前に向け、平伏する王をひややかに見下ろす。その立場が逆転した関係を少なからずリョーガイは楽しんでいた。
「まあそうっすねぇ、じゃあいつぞや陛下が俺を牢獄にぶち込んでた時やってた競り、アレを俺もやらせていただきますわ。じゃあ仮に俺が100万金両貸すとして、あんたは一体何を俺に差し出してくれるんですかねぇ?」
物乞いから物を奪い取るようにリョーガイは問う。
ユーグリッドは顔に影を作って伏せたまま呟くように言った。
「・・・・・・お主の反逆罪の恩赦、それを永久に保証しよう」
「おいおいおいおい! 商談でいきなり切り札使うってのは反則ですぜ、陛下」
リョーガイは苦笑いを浮かべながら煙管を膝に下ろす。
「つまりそれって逆に言えば金を出さないなら俺を殺すってことですよね? あんたもデンガダイに劣らねえ血も涙もねえクソ野郎だ。誰のおかげでアルポートの経済が立ち直ったと思ってんですか?
まあいいですよ。俺だって自分の
「ほ、ホントかリョーガイっ!!」
ユーグリッドはパッと表情を明るくして顔を上げる。
「ええ、ですけどねぇ、そっちが切り札出すってんならこっちも惜しまず切り札出しますよ。私は白状しますとねぇ、1ヶ月後に海賊王んとこのアワシマ王国に亡命するつもりなんですよ」
その言葉にユーグリッドが衝撃を受ける。勢いよく上げた顔をとんぼ返りのように再び伏せてしまった。
「まあ当然っすよねぇ。どの道こんな貧乏国家にいたら、覇王に私の金毟り取られるだけ毟り取られて一文無しになっちまいますよ。その上この国の馬鹿な王にいつ自分の首を刎ね飛ばされるかわかったもんじゃねぇ。まあ私が差し上げる100万金両は、その馬鹿な陛下への手切れ金ってとこですよ」
ユーグリッドは目を重く閉じ沈黙する。
リョーガイは商談の不成立のために一気に言葉を畳み掛ける。
「ただまあ、私も金を取られっぱなしっつうわけにもいかない。私が海賊王の家来になった暁には、このアルポート王国を攻めるように進言してやりますよ。アルポート王国は小国なれど、資源も豊かだから落とせば絶対金になるって。海賊王のやっこさんが食いつくような話を散々してやりますよ。そうすりゃアルポートは覇王に滅ぼされる前に海賊王に滅ぼされるっつうわけです」
ユーグリッドはそのリョーガイの脅迫に思わず怒り顔を上げる。
だがリョーガイは跪く王に向かって手のひらを大きく突き出して牽制する。
「おっと、私をこの場で殺そうとしても無駄ですぜ。私は今アルポートの貿易で海賊王と仲良くやってるんだ。その海賊王の防波堤である私を殺すってことは、海賊王に攻める理由を与えるってことですぜ。
アルポートは3万5000しか兵を持たない弱小国。8万の大軍がある海賊王とかち合って勝てる見込みがあるとも思えませんねぇ」
リョーガイはあっさりとユーグリッドの敵意を霧散させる。
ユーグリッドはまたしても豪商人に頭を下げざるを得なかった。
「・・・・・・リョーガイ、この国にはお前が必要だ。頼む、この国に残ってくれ」
「でしょうねぇ。でも、俺にとってはもうこの国がどうなろうが関係ないですから。覇王と仲良くやりたきゃ金を毟り取られときゃいいし、覇王と戦いたきゃ勝手に戦って滅べばいいし。俺は一族抱えてトンズラこくだけですよ」
リョーガイは再び煙管の吸口を加え煙を吐く。もはやこの商談にも飽きてさっさと終わって欲しいと望んでいた。
「・・・・・・宰相の位、お主にやろう」
ユーグリッドが苦渋の決断で言葉を発する。
「いつぞやお主はこの国の二番手になりたいと言っていたはずだ。だから俺はお主をこの国の二番手にさせてもらう。これでお主も満足してくれるか?」
だがリョーガイは王の提案を聞くと、ブハハハと下品極まりない笑い声を上げて膝を叩く。
「おいおいおいおい、アルポートの宰相ならもう間に合ってるじゃないですか? テンテイイ殿は海城王より前の時代から今までずっと何も反意も起こさず、真面目にアルポートの政務をやってたんですぜ? その忠義心厚い男をあんたは切り捨てるっつうんですか?」
「テンテイイは先日、覇王との外交でとんでもないヘマをした。首を切る理由は十分ある」
「そりゃあんまりにもテンテイイ殿が可哀相ってもんですよ。あんたの馬鹿みたいな米作戦のせいで、覇王の大斧でぶった斬られるとこだったんですからね。命があるだけ奇跡ってもんですよ」
「ああ、俺もあの外交でテンテイイは死ぬと思っていた。そうなった方がむしろ都合がよかったのだ。大切な家臣が殺されてなお服従の意志を示し続ければ、覇王は完全にアルポート王国を敵意のない属国だと認めるだろう。アルポート王国の平和も守られるし、何のしがらみもなくお主に宰相の座も明け渡せる」
「うっわぁ、ぶっちゃけますね! あんたが腹黒いのは知ってましたけど、ここまでドス黒いとは思いませんでした! ハハハ、俺がアルポート乗っ取ろうしたことなんて全然可愛いもんですよ」
リョーガイはまたしてもブハハハと大粒の涙を浮かべて何度も自分の膝を叩く。
ユーグリッドは平伏したまま雨に穿たれる石のように耐えていた。
「まあでも、例えあんたがそんな腹巡らしていたとしても、今のアルポートの宰相の位には大した価値はありませんよ。良くて15万、いや10万金両ってとこですかねぇ。何せどうせもうじき奈落に沈む国だ。そんな斜陽の国じゃ例え王にしてやるって言われても、勧めてきた奴の首根っこごと刎ね飛ばしてお断りですよ」
リョーガイは断固とした意志でユーグリッドの申し出を断った。
ユーグリッドはもはやこれまでかと諦めかける。
だがリョーガイは不意に蜘蛛の糸のような細い希望を王に与えた。
「200万金両」
「えっ?」
「もし仮に私が100万貸すとして、倍の200万金両で陛下が返すってのはどうですか? いやまだ決定事項じゃありませんよ? 仮に私が今の商談で何かの拍子に心変わりしたとしたら、そういう手筈を踏もうって話です。
私もさっきあんたがテンテイイ殿を生贄にしようとしたっつう話を聞いて、あんたがホントの腑抜けになっちまったわけじゃないってことがわかりましたんで」
「・・・・・・わかった。もしお主から100万金両借りることができたなら、倍の200万金両をいずれ必ず支払おう」
ユーグリッドの約束の表明に、リョーガイは足を組み直して煙管を机に置く。この商談の取引に本気で取り掛かろうという気になっていたのだ。
「では、陛下。当然私から100万を借りるっつうことは、確実に200万を返していただけるっつうことですよね? その金を返せる当てがどこにあるのか、現実的に実現可能な方法で私に提示してみてください。もしくだらない中途半端な金儲けしか思いつかないようなら、その場で商談を切らせていただきやすよ」
「ーーある。それは覇王の国庫だ」
その王の言葉を聞いて、思わずリョーガイは体を前傾して苦笑する。やはりこの君主は馬鹿だったのかと、また手元に置いてある煙管を口に運ぶ。
「おいおいおいおい、冗談はそのチンチクリンな体だけでお願いしますよ陛下? その覇王に金を献上するために今、俺から金を借りようとしてんでしょ? その100万を贈った相手から、また200万の借金抱えようってんですか? アルポートに今法外な金を無心してる覇王が、アルポートに200万なんて大金貸すわけないでしょ?」
「いや、違う。俺は覇王から金など借りる気はない」
ユーグリッドはそこで曲げていた足を解き、すくりと仁王立ちになって立ち上がる。その威風堂々とした王の佇まいを、リョーガイは煙管を持ったままじっと見上げる。
「聞け、リョーガイ。俺は覇王のボヘミティリア王国を攻め滅ぼす。そのために今お主から金を借りる必要があるのだ」
リョーガイはヒューと口笛を吹く。煙管を持った右手が煙草を吸うのも忘れて止まっている。
「リョーガイ、白状しよう。俺は今まで馬鹿を演じていたのだ。わざと覇王に略奪されるような農園を作り、わざと夜の街で馬鹿騒ぎをして、覇王の内偵が俺を愚かな王だと伝えるように仕向けたのだ。
テンテイイの話を聞く限り、覇王は完全に俺のことを馬鹿だと思っている。アルポート王国の内政も今、王が政務を投げ出したことにより乱れきり腐敗しきっている。
即ちそれは覇王がアルポート王国を取るに足りない馬鹿国家だと判断して、奴の油断を誘うことができる絶好の好機であるということだ。
その結果覇王はアルポート王国を完全に侮り、モンテニ王国との戦争に全力を尽くすようになるだろう。そうなれば、覇王は必ずボヘミティリア王国から大軍を出兵させるはずだ。その隙に我々アルポート王国3万5000の全軍は、その手薄になった覇王の根城を全力で叩き潰す。
それが実現できれば、後は莫大な金を手に入れることは簡単だ。覇王のボヘミティリア王国の国庫を探し出し、その覇王の財産の全てを奪い尽くす。覇王は我々に金の無心をしているとは言え超大国。必ず200万金両以上の金を所持しているだろう」
ユーグリッドは力強い大胆な戦略を披露する。
その間、リョーガイはずっと黙っており、ただじっと目を閉じ続けていた。そして一通り王の戦略を聞き終えるとゆっくりと瞼を開き、そして煙管の吸口を咥え、ただ一服、すうっと、長くて細い白色の煙を吐き出したのだ。しばらくそのまま財務室の壁を見遣っていると、不意にリョーガイは真正面に振り向く。そして王の野望に燃える瞳を見つめながら、己の口元を獲物を見つけたハイエナの如く、ニヤリと不敵に歪ませたのだった。
「・・・・・・なるほど、覇王の国庫を略奪するか。そりゃとんでもねえ大博打だな。海賊王との取引なんて比じゃねぇくらいの大博打だ。こんな賭けに乗ったら俺の
リョーガイはダンッ!と勢いよく煙管を机に叩きつける。その合図は、まるで審問議会の審判を下すかのような取り返しのつかない決定打であった。リョーガイはかつてアルポート王国を乗っ取ろうとした頃と同じ陰謀深い男の様を蘇らせ、不気味で恐ろしい笑みを王に浮かべて答えたのだった。
「だが、いいですぜ。あんたの覇王を絶対ぶっ殺すって気概はわかりました。そのために今まで散々馬鹿やりまくって、ソキンやタイイケンの信頼すら裏切って、覇王の寝首を掻こうって企んでたこともわかりました。
俺もあんたの名演技にはすっかり騙されちまってたわけだ。あんたのことを
このアルポート王国の存亡を賭けた一世一代の大茶番、このリョーガイめも乗らせていただきやしょう!」
リョーガイは勢いよく机から飛び降りる。そして王の目前に侮り難いやり手の豪商人として、右手の手のひらを大きく広げて差し伸べた。
「アルポート王国国王ユーグリッド・レグラス様。この度のあなた様への100万金両の貸し付け、リョーガイ・ウォームリックへの永久の恩赦の保証、アルポート王国の宰相としての位、ボヘミティリア王国の国庫の全財産、そして覇王デンガダイ・バウワーの命、この4つの
そのどれもとても重く困難な約束事の提示に、ユーグリッドは迷うことなく力強くリョーガイの手を握り返す。
「ああ、わかった。アルポート王国国王の崇高たる威信にかけて、そして我が父海城王ヨーグラス・レグラスの
アルポート王とアルポート豪商人は握手の拳を大きく振って笑い合う。その円満な二人の破顔には、覇王との因縁の決着と覇王への逆襲の決起がありありと力強く込められていたのである。
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