美味しいキィネの四季咲米
ユーグリッドが
その繰り返しの月日が經つにつれ、四季咲米の農作はどんどん順調に進んでいった。
苗床で発芽した苗を育て、耕した田んぼへ川の水を
ユーグリッドはその農耕の中でも、キィネの肥料をふんだんに使って農作業を進めた。定期的に田んぼに張った水を抜き、代わりに大量のキィネの果汁の混ざった栄養水を田んぼに流し込む。
そしてユーグリッドが農園を始めてから2ヶ月ほど経った12月の始めの日、ついに稲穂が成り育った。
「おおっ、上手くいったぞ! 稲穂がこんなにも大きくなっておる!」
その黄金色の穀物が敷き詰められた田園地帯を見て、ユーグリッドは感嘆の声を上げる。
その穂先が大きく垂れた黄土色の実は、ぷくぷくと太って成熟している。まるで小さな葡萄のように膨らんだ種実が連なっている。
そしてその稲穂の豊穣は、一斉に農夫たちによって刈り取られ収穫されていった。その大量の大きな稲を脱穀し、そこから取れた
そしてついに王がその実を食する時となった。
研いだ米をしばらく桶の水に漬けて吸水させた後、鉄の鍋に新しい水と精米を入れて蓋をする。その白米の鍋を予め起こしていた焚き火の上に乗せ、沸騰するまで火力を高めて炊く。その後その沸騰した鍋を焚き火から持ち上げてから火を弱め、しばらくまた置いて米を蒸らす。
そして10分ほどしてから蓋を開けると、白米の香ばしい熱気のある湯気が、柔らかく王の鼻孔をくすぐった。
「おおっ! 大きい米粒が瑞々しくふっくらとしておるぞ!」
鍋の蓋を自ら取った王が、歓喜の声を上げる。そして用意していた杓子で白飯を掬い、掘っ建て小屋に備えてあった茶碗の中へと盛る。その飯の量は慎ましく、茶碗の半分ほどしか入れられていない。
王は少し緊張して手を震わせ、そっと味を確かめた。
「うむっ! 噛みごたえはあるが、中々に美味であるな!」
その声に食事を見守っていた農夫たちも一斉に表情を明るくした。土のついた顔を互いに見合わせ、今まで苦労を重ねてきた甲斐を祝い合う。
「テンテイイ。お主も食べてみよっ!」
隣に座っていたテンテイイに、王は自らが持つ茶碗を差し出す。
「は、はい陛下!」
その茶碗を受け取り、王に倣って少量の白飯を盛る。そして王から箸を受け取ると、その米粒の塊をそっと口に運んだ。
「と、とても美味しゅうございます! これほど上手い米を食ったのは初めてです! これは名産品と言っても過言ではないでしょう!」
そのテンテイイの感想にますます場は賑わった。農夫たちはよしっ!と気合を入れるように両腕の拳を引く。
そんな和やかな雰囲気の中、王の背後からそっと近づく足音が聞こえた。
「あ、あのう陛下ぁ、あっしらも一杯だけ食べてもいいでございやしょうか?」
振り返るとそれは食欲に釣られてやって来た、腰を低くして揉み手する一人の農夫だった。
「そのぉ、あっしらも随分頑張ってここまで米を育ててきやしたしぃ、その褒美と言っちゃあなんですが、あっしらも一口だけ食べさせていただけやしないでしょうかぁ? これだけの収穫がありますしぃ、あっしらも真心込めて陛下のために今までぇ・・・・・・」
「ならぬッ!!!」
だが王は、断固として農夫の申し出を断った。
「これはボヘミティリア王国のデンガダイ様にお贈りする大事な米なのだ! デンガダイ様の天下統一の達成のため、アルポート王国はあの御方に兵糧を送り届けねばならぬのだ!
よいか皆の衆!! よく聞けっ!! このデンガダイ様の米を一粒でも口に入れてみよ!その時はお主ら全員が死ぬ時だと思えッ!!」
王の大喝に、一瞬でその場の空気が固まった。農夫たちは皆悄気返り、肩をストンと落としてしまう。王に願い入った農夫もすっかりだんまりと口を閉ざし、すごすごと背を向けて下がってしまった。
「安心せい。お主らの食料はアルポート王国から運んでくる。だがこの米だけは決して何があっても食べてはならぬ。これはボヘミティリア王国の王デンガダイ様へ捧ぐ気高い米なのだから」
「陛下、やっぱり覇王に米を贈るのですか?」
テンテイイが再び不安そうな声を上げる。
「ああそうだ。これはデンガダイ様の米だ。お主も先程名産品だと叫んでおっただろう? デンガダイ様もこの美味しい米にきっと満足してくださるはずだ」
王の自信たっぷりな様子を見て、テンテイイは頭を俯かせて考え込む。
(本当にこれで良いのだろうか? この事業のためにアルポート王国は10万金両も費やしている。1月にはその覇王に100万金両を納めねばならぬというのに。その期日までにはもう1ヶ月を切っている。本当に覇王への米の上納など上手くいくのだろうか?)
テンテイイは懸念に懸念を重ねて悩み入る。
しかしもうここまで来ては後がない。王が四季咲米の種を大量に購入した日から、この上納米の道は決まってしまっていたのだから。
テンテイイも主君の作戦に賭けるしかなかった。
「それで陛下。この米はいつ覇王にお贈りなさるのですか? 至急取りかかれば、3日後にもボヘミティリア王国まで輸送することができますが」
「いや、このキィネの四季咲米はまだ送らん。代わりに普通の四季咲米を3日後に贈る」
「えっ?」
テンテイイは耳を疑って、普通の四季咲米の稲が成る田園地帯へと首を向ける。
その稲穂は未熟であり、種実はまだ小さかった。収穫の時期にはまだ1ヶ月早い。
「で、ですが、今普通の方の米を収穫しても、覇王の大軍の兵糧を賄えるような量にはなりませんよ? 味だって悪いでしょうし栄養もない。正直覇王もその米を食べて喜ぶとは思えません」
テンテイイの遠慮がちな否定発言にユーグリッドは笑う。
「ああ、その米はデンガダイ様にアルポート王国が食料の国であるという印象を持っていただくための宣伝品だ。本格的なボヘミティリア王国への米の輸送は、デンガダイ様がモンテニ王国との再戦を正式に決定しなさった時に行う。
戦争の直前で兵糧をお贈りすることで、我々の国を金脈源ではなく兵糧庫としてご認識していただけるようにするのだ。そうなれば、デンガダイ様は遠征の際に我々から食料の調達を頼りにしてくれるようになる。つまり我々に金ではなく米をお求めになるようになるということだ。
結果としてアルポート王国は財政的に厳しい状況から抜け出せ、より費用の少ない食料大国として国の存続ができるようになるのだ」
ユーグリッドは
だがテンテイイの懐疑心はますます深まるばかりだった。何やら我が主君はどこか追い込まれ、盲目的になっているような・・・・・・
「そ、そのように覇王が都合よく金から米を要求するように考えを改めるでしょうか? 陛下が宣伝品と言った普通の四季咲米だって粗悪品ですし、かえって覇王の不興を買いそうな気がしますが・・・・・・」
「今は時間がないのだ。ボヘミティリア王国とモンテニ王国との休戦協定も1ヶ月を切ってしまっている。デンガダイ様だってそれを無視して明日にも行軍を始めるかもしれない。米はデンガダイ様がご在城している内に届けたい」
「・・・・・・・・・・・・」
やはり陛下は焦っている。その必死の気持ちがひしひしと伝わってくる。
だが1月の100万金両の上納までにはもう1ヶ月もなく、アルポート王国の国庫にもその分の金がない。アルポート王国は崖っ縁から落ちるまであと一歩の所に立っていたのだった。
「というわけだテンテイイ。明日にはアルポート王国を出発し、普通の方の四季咲米をデンガダイ様の元に届けてくれ」
「えっ!!?」
テンテイイは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「デンガダイ様との外交には、やはりアルポート王国の顔となる者が赴かねばご無礼に当たる。アルポートの宰相であるお主なら十分に顔が立つだろう。この外交はアルポート王国全ての国民の命がかかっているのだ。必ず成功させてくれ」
あっけからんとして言ってのける王の前で、テンテイイは吹雪の中の地蔵のように固まってしまった。そしてしばらくすると冬天を仰ぎ、その皮肉なほど晴れやかな青空を嘆き呪ったのだった。
(ああ、私の天命もここまでかもしれない・・・・・・)
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