海賊王の大洞話
(陛下の野郎っ、
デンガハクとユーグリッドの舌戦が繰り広げられる中、玉座の間でリョーガイが溶けるほどに汗を流していた。
事情を知らない他の臣下たちも、突然海賊王とアルポート王国の不和を知らされて動揺している。
その動揺の汗の熱気はデンガハクにも波及しており、彼の者でさえ焦りを禁じえないようになっていた。
「海賊王と戦争しているだとッ! そんな話は我々の国にも報されていないぞッ!」
驚きのあまりデンガハクが絶叫する。
だが言葉を言い放ったユーグリッド当人は落ち着き払った様子で言葉を紡ぐ。
「ええ、正確にはその一歩手前、冷戦状態にあるのです。西海の海賊王は今我々の領土を侵略しようと画策している懸念がございます」
ユーグリッドの重々しい言葉に臣下たちもデンガハクも緊張する。
海賊王という名は覇王ですら警戒するほどの悪名を、アーシュマハ大陸全土に広げていたのである。
「・・・・・・詳しく聞かせろ。貴殿らと海賊王との間に一体今何が起こっている?」
「ええ、わかりました。これはあなた方ボヘミティリア王国にも少なからぬ関係がある国の難局。順を追ってお話しさせていただきます」
ユーグリッドは氷のように冷たい口調で声明する。
対照的に今まで勝ち誇っていたデンガハクは心臓の早鐘が鳴るほどに狼狽していた。
「まず、それは8月の中旬の頃でした。アルポート王国のある商人の船が海賊に襲われたのです。その事件を切っ掛けに、アルポート王国海域において海賊による略奪行為が頻発するようになりました。
ですがアルポート王国と海賊王のアワシマ王国は不可侵条約を結んでおり、互いの国の海域で略奪行為をすることが禁止されています。それで我々も初めは、その略奪事件が海賊王の管轄外の海からやってきた、無国籍の海賊による仕業だと予想していたのです。
ですがそれは大きな間違いでした」
怪談を語るように声の調子を落としてユーグリッドは語る。
デンガハクはそのおどろおどろしい口調に息を呑み、それこそ今、幽霊にでも取り憑かれかねない場所に立っているような気分だった。
「それから一週間ほどして、我々アルポート王国はその海賊行為の事件を重く見て、とうとう海賊の討伐隊を西海に派兵することに決定をしました。
敵の船は八隻ほどあり、まるで軍隊の訓練を受けていたかのように統率が取れていました。敵は強く精強であり、大砲の備えすらあった。我々の討伐隊も大砲を船に乗せて応戦したのです。その結果、我々の海軍も2隻ばかりの犠牲を出しましたが、何とか海賊の討伐に成功しました。
ですがその後、その海賊討伐がより大きな事件を巻き起こす事態になってしまったのです」
デンガハクも王の語り口に夢中になっている。
この話はボヘミティリア王国の生死にも関わる話だった。海賊王の保有する兵力は8万ほどだと聞いている。もしその8万の軍隊がアルポート王国にそのまま乗り移ったら、覇王にとっても相当に厄介なことになる。
「我々は海賊たちを全滅させた後、そのまま船の上で死体と船の検分を行いました。その者たちがどこの国からやって来たのか調べるためです。
そうしたらなんと、驚くべき事実が発覚しました。その死体の10人ほどが海賊王の一族だったのです。彼らには海賊王の一族に施される刺青が彫られていました。ちょうど腹部の右下辺り、海賊王の国旗であり海賊旗でもある髑髏の青い紋様が発見されたのです」
ユーグリッドはまるで幽霊を目撃したかのような顔で事件の真相を語る。
顔を
「刺青? 海賊王はそんなものを一族の体に付けているのか?」
「はいそうです。恐らく元々海賊だった頃の風習が残っているのでしょう。海賊王が王となった後には、一族や位の高い家臣には髑髏の刺青を入れていると聞きます。一族には青の髑髏を、家臣には赤の髑髏を付けてその地位の順列をアワシマ王国の中で位置づけているのだと聞きます」
「・・・・・・・・・・・・」
デンガハクは迷い悩む。ユーグリッドの話が本当かどうかわからなくなっていた。そんな髑髏に纏わる逸話など聞いたことがない。
だがデンガハクにはそれが真実かどうか見極める材料がなかった。ボヘミティリア王国には遥か海の先にある海賊王の国に、内偵を送る手段などなかったのだから。
「話を続けましょう。それで我々は事の真偽を確かめるために海賊王の元にリョーガイを使者として遣わせました。
ですがその結果、海賊王は逆上し我々に宣戦布告までしてきたのです。自分の一族を殺されたことに激高し、今までのアルポート王国との親交を断つとまで宣言してきました」
ユーグリッドはそこまで沈んだ調子で語り終えると、素早くリョーガイの方に向く。デンガハクに何か言われる前に指令を出した。
「リョーガイ! その時の出来事をデンガハク殿に詳しく説明してくれ!」
リョーガイは突然主君に爆弾を投げられたことで、体が仰け反りそうになる。もはや融解の臨界点すら超えたその体は、汗ではなく血が流れそうだった。
(おいおいおいおい馬鹿野郎ッ!! 俺にそんな無茶振りするんじゃねよッ!!)
リョーガイは主君の玉砕命令のような指図に、呪詛の如く罵倒の言葉が浮かぶ。
だがその両手に持たされた爆弾を自分の失態によって爆発させるわけにはいかない。これが炸裂したら、自分も自分の一族も死んでしまうのだから。
リョーガイは必死に頭の血を巡らせて作り話を始める。
「・・・・・・ええ、はいわかりました。では説明させていただきます。8月の終わり頃の話なんですが、その時は海賊王と交易の約束があって、西海のアワシマ王国まで渡航してたんですよ。
そこでウチはアルポートの特産品である錦の織物とか銀とかを海賊王に贈って、その代わりにウチは西海の武具とか鎧とかを頂いたんです」
「平和を目指す国が武器を輸入しているのか!?」
デンガハクがすかさず突っ込みを入れる。
リョーガイは顔を逸して口笛を吹くような気持ちで何とか話を取り繕う。
「え、ええ、ええ、まあ、そうです。そりゃいくらアルポート王国が平和だからって兵士が丸裸ってわけにはいかないでしょ? そりゃ野盗を狩れるぐらいの装備は必要でございますよ。
まあ、ウチの武器とか防具はだいたい西海の海で取り揃えたものですから。まあ、だいたいいつも、そういった感じでウチと海賊王は貿易をしているんですわ。で、その日の交易も無事に取引が終わったわけですよ。
でも私には陛下直々のご命令がありましたからね。気乗りはしなかったが、どうしても海賊王に尋ねることにしたんですよ」
リョーガイはやや視線を宙に浮かせながら、その光景を捏造する。その時かつてデンガハクに斬られそうになった心の傷が思い出され、それを作り話の材料にする。
「で、私がアルポート王国の略奪事件についてそれとなく話をしたんですよ。海賊王の一族が事件に関与してたんじゃないかって。
そしたらやっこさん、逆ギレしちまいましてね。『アレは貴様らが殺ったのかッ!?』って。それでサーベルっていう刃が少し曲がった西海の剣を抜いたんですよ。それがやっこさんの得物でしたからね。
そりゃ私も思わずチビリました。何せ海賊王が私にブチギレたことなんて一度もなかったんですからね。今までのらりくらり仲良くなってきましたけど、あんな青筋立てた海賊王は初めて見ましたよ。家来も荒くれ者ばっかりで、激高した海賊王を止めようとする素振りさえ見せやしませんでした。
で私はもうぺこぺこコメツキバッタみたいに土下座するしかなかったんです」
リョーガイは思いつくまま適当に話をでっち上げる。いつ自分の話が破綻するかわからないままにビクビクしながら口を滑らせる。
「で、その時は『俺とお前の仲だから』って命だけは助けてもらったんですよ。でも同時に『だがアルポート王国は許さねえ』とも言っちまいましてね。目だって逝っちまってたんですよホント。
で、その後『いずれお前の国を攻めてやるから覚悟しておけ! 二度と貴様らと商売もしねえ!』って言って、その日交易した品も運び出せないままつまみ出されちまいました。それで遠路遥々来たのに、その日の貿易も全部おじゃんになっちまったんですよ」
リョーガイはこんなもんでいいだろ?と言ったふうな顔で王を一瞥する。
だがデンガハクの追及は止まらない。
「貴殿らの国は今でも貿易業が盛んなはずだ。海賊王との貿易を打ち切られたなら、今頃貴殿らの港には貿易船などなくなっているはずだが?」
「いやいや、別にウチは海賊王だけと貿易やってるってわけじゃないんですよ。海賊王のとこより小さな国ですが、いくつか貿易経路を持ってるんです。
今は海賊王の穴を埋めるために私も東西南北船を漕ぐ勢いで、西海の国々と交渉してる最中なんです。いやあ、最近は忙しすぎて体が
リョーガイは愛想笑いを浮かべへらへらとしながらデンガハクに語る。
その胡散臭そうな顔にデンガハクは薄ら寒さを感じるほど疑念が払えなかった。
「それで、その交渉決裂があってから、貴殿らは海賊王とどうなった? まさか仲直りしたからもう何もなかったことになってるとは言わんだろうなぁ?」
ユーグリッドに向き直り、デンガハクが迫るような態度で問い質す。
「はい、残念ながら先程冒頭で申しました通りです。海賊王の我々への敵意は本物だったということです。そのリョーガイが交易に失敗した日を境として、度々海賊王によるものだと思われる挑発行為がアルポート王国の海域で発生しているのです」
「挑発行為だと?」
「はい。9月になってから今まで漁船、商船を問わず我が国の船が、度々海賊によって襲われる事件が発生しております。そしてその襲われた船には必ず、『次は貴様らの番だ』という血で書かれた脅迫文が、海賊王の髑髏の紋様とともに綴られていました。今我々もその海賊行為の対応に苦慮している最中なのです」
デンガハクは黙って聞いていたが、そのユーグリッドの平坦な感情で語る顔つきにだんだんと腹が立ってくる。だが、海の事情を全く知らない将であるデンガハクにはユーグリッドの腹の内が白か黒かわからなかった。デンガハクは警戒を強めながら探りを入れる。
「・・・・・・その海賊王の髑髏の紋様があったという船、それは単に海賊王の名を騙った別の海賊の仕業だという可能性はないのか? その者どもが略奪を全て海賊王の仕業に見せかけることで、己の身を雲隠れさせているのではないのか? 貴殿らの国が不仲なことに便乗した卑劣な悪行だということだ」
「いえ、その可能性は我々も考えましたが、どうやらそうではないようです。我々アルポート王国直属の貿易船すらその海賊の襲撃によって全滅したのですから。
その貿易船は5隻の護衛船がついておりましたが、その全てに蜂の巣のような大砲の跡が残っておりました。我々の船もある程度兵士たちが乗船し大砲も搭載しておりました。ですが乗組員は全員殺されて船の物資は全て略奪されており、例の髑髏の紋様もありました。
それだけの武力と兵器を備えている船が略奪されたということは、もはや並の海賊の仕業だとは思えません。国家的な規模の海軍を持つ海賊王の仕業と結論せざるを得ないのです」
演劇の語り部の如くスラスラと話すユーグリッドの有様に、デンガハクが混乱していた。あまりにも平然と語ってのける王の能面顔に何が真実なのかわからなくなってきていたのである。だが、デンガハクの頭の中には確実に海賊王エルフラッドへの恐れの念が芽生え始めていた。
(どうする? こいつらの話は本当なのか?
海賊王・・・・・・奴の悪行についてはアーシュマハ大陸の全土にも響いている。奴は西海の7つの島で暴れ回り、その小国の王を全て八つ裂きにして殺した残忍な男だ。そしてその7つの島を統一して1つの国家を作った王としての才覚もある。皇帝ですら奴の力を恐れてその7つの島の統治を国際的に容認したのだ。
奴の8万の軍勢は我々覇王11万の軍隊にも匹敵する。もし奴がアルポート王国を攻め、テレパイジ地方に上陸するようなことになったら、今ボヘミティリア王国しか持たざる我々にとっても最大の難敵となる。下手をしたら、アルポート王国ではなく、海賊王にボヘミティリア王国を攻め滅ぼされるかもしれない)
デンガハクが急に黙り込み考え込んだことで、アルポートの諸侯たちは緊張を高める。また何か横暴な要求が降り掛かってくるのではないかとひやひやする。
だがデンガハクは周りのことなど全く目に入っておらず、海賊王のことで頭がいっぱいだった。
(アルポート王国は所詮雑魚。王も在任して1年にも満たないただのガキでしかない。覇王が滅ぼそうと思ったらいつでも滅ぼすことができる。
だがもし海賊王がアルポート王国を支配したとしたら事態は急変する。奴がアルポート王国に上陸することなど今は絶対にあってはならない。覇王が他の国を支配し、より強大な軍を作り上げるまでは、奴との交戦は絶対に避けるべきだ。下手をしたらこいつらと共闘して海賊王と戦わなければならない戦局にもなりかねない。
海賊王の侵攻を食い止めるためには、アルポート王国の武装もある程度容認したほうがいいのかもしれない・な・・・・・)
デンガハクはそこで考え込んでいた頭をすくっと上げて王を見遣る。
「・・・・・・いいだろう、ユーグリッド王。貴殿らが海賊王に攻められるやもしれぬという話、信じるとしよう。リョーガイの大砲を献上せよという話も白紙に戻す」
そのデンガハクの心変わりに玉座の間の諸侯たちの顔がパッと明るくなる。誰もがほっと胸を撫で下ろし、この国の危難が去ったのだと確信する。
その目障りな雰囲気にデンガハクは舌打ちする。
「だが、ユーグリッド王! 貴殿らアルポート王国が我々の属国であることに変わりはない! 来年の1月には100万金両、そして4月には50万金両を我がボヘミティリア王国まで持ってきてもらう! そのことを
デンガハクは捨て台詞を吐きながら身を翻す。その者の部下たちも一糸乱れぬ動作で整列し、きびきびと足並みを揃えながら立ち去っていく。
やがてアルポート王国の玉座は大波が去ったかのようにシンと静まり返る。
ユーグリッドは疲れ果て、そのまま臣下たちの目も気にせず玉座からずり落ちる。ソキンやテンテイイが心配して駆け寄ってきたが、もはや視線を返す余裕すらない。”疲れた”、ただその肉体の素直な反応だけが、今の王の体に率直な気持ちとなって表れた。
(・・・・・・ありがとう、海賊王エルフラッド。お主の悪名がなければアルポート王国は滅んでいた)
そして残忍で利己的で恐ろしい海賊王に、今だけは心から感謝の念が浮かんできたのである。
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