心臓を掴まれた外交
デンガハクがリョーガイが所持する大砲について話を切り出した時、諸侯たちは全員心臓を鷲掴みにされていた。それはボヘミティリア王国を攻めたいアルポート王国にとっての切り札であり、最大の弱点であった。
今まで柔和な顔をしていたユーグリッドですら血の気を引いており、豪胆なタイイケンですら冷や汗を流している。
その青白くなった王の顔を見逃さず、デンガハクはユーグリッドに悠々と視線を向ける。
「どうしたのだ? ユーグリッド王。随分と顔色が悪くなったようだが。貴殿らにとってリョーガイが持つ大砲とは、そんなに何かやましい物品であるのか?」
蛇のように睨み、デンガハクは不敵に口元を歪める。その蛇のとぐろは今まさに王の首を絞め殺そうとしている。
「・・・・・・いえ、何もやましいことはございません。急に貧血を起こしてしまっただけです」
ユーグリッドは平坦な態度を装いながら言い訳する。
「俺は武家の生まれですが、あまり体が丈夫ではありません。体格もそれほどいいわけでもなく、子供の頃はよく病気にもかかりました。タイイケンと今訓練を重ねているのも、自分自身の体を鍛えて健勝なものにしたいという心持ちがあったからでもあります。
客人が来訪している時に、突然ボーッとしてしまって申し訳ございません」
気分を悪そうにしているユーグリッドにデンガハクはせせら笑う。
「クク、随分と都合のいい時に貧血が訪れたものだなぁ。俺の四男の弟のキンも体が弱くて毎日自分の健康には気を使っているが、なかなか小康の状態から抜け出せていない。あれほどキンは心根の優しい男だというのに、天とは全く残酷な試練を与えるものだ」
ユーグリッドの健康の話からデンガハクは弟の世間話を始める。だがその蛇の目は完全にアルポート王国という獲物を捕らえ続けたままだった。
そしてその牙の矛先は、先程から蛙のように縮こまって怯えているリョーガイに向けられる。
「リョーガイ!」
「は、はい!!」
まるで自分の家来でも呼びつけるようにしてデンガハクはリョーガイに振り返る。一歩二歩と詰め寄り、リョーガイの体に大影ができるほどデンガハクは近づいた。
「貴殿と話をさせてもらおう。貴殿は大砲を海賊王から大量に輸入したそうだな? 大砲とは鉄の玉を飛ばし敵の城壁を粉砕する攻城兵器だ。何故貴殿はその物騒な大砲を輸入しようと思ったのだ?」
「い、意地の悪い質問をせんでくださいよぉ・・・・・・」
デンガハクの大柄な体に見下されながら、リョーガイは視線を泳がせる。
「もうあなたも既に知ってることだと思いますから白状しますけど、私は当時ユーグリッド陛下に反乱を起こして、アルポート王城を攻め落とそうとしていたんですよ。だから、その、その城の攻略のために海賊王を口説き落として、何とか大砲をウチに揃えたってわけなんですよ」
「ほう、それなりに話の筋は通ってるな。だが、その話には少々合点がいかない。ユーグリッド王も既に貴殿が大砲を所持していることぐらいは知っているはずだ。そして貴殿が反乱を起こし、アルポート王城に大砲を打ち込もうとしていたこともな。
だがそれなら何故ユーグリッド王は、その反逆の恐れのある貴殿から大砲を没収していないのだ? 何故今の今まで、貴殿が大砲を所持し続けることをずっと容認しているのだ?」
デンガハクは顔を詰め寄らせリョーガイに迫る。リョーガイは背中を海老反りにしながらあたふたとしている。
「デンガハク殿、それは俺がリョーガイから何も搾取しないと約束したからです」
そこへユーグリッドは助け舟を出す。
「前の来訪の時にもお話しましたが、俺はリョーガイの反乱をアルポート王国への働きによって償わせようと考えたのです。彼から完全な謀反の意志を消し去るには、リョーガイを完全に心服させる必要があると俺は判断しました。
ですから俺はリョーガイから何も押収をせず、財務大臣の位を与えたのです。そして大砲はリョーガイの所有物でもあります。そのために俺は大砲を差し押さえたりせず、今でもリョーガイに大砲を持たせたままにしているのです」
デンガハクは首を捻ったままユーグリッドの説明を聞き終える。
「なるほど、それは何とも甘ったるい人情話だな。ユーグリッド王、貴殿も相当お人が良すぎる男のようだ」
デンガハクの呆れたような口調に、余裕を取り戻したユーグリッドが穏やかに微笑む。
「ええ、海城王もその誠実な人柄で王の責務を務め、今までの10年間アルポート王国の平和を守ってきました。俺もその父の王政に見習い、臣下たちの信頼を得ることでこのアルポート王国を平和に導いていこうと考えているのです」
「ほう、”信頼”? なるほど、それが貴殿の政治のコツというわけか?」
だがデンガハクはユーグリッドの紳士然とした態度に、いやらしいほどの不気味な笑みを見せつけた。そう、デンガハクはこの時、ユーグリッドが犯した失策を発見したのである。
「貴殿はどうやらその”信頼”とやらを大切にしているようだな。だが、貴殿は俺が8月に100金両の上納金を求めた時、結局リョーガイから金を取り立てている。これはつまり、財産の不可侵の約束を破り、リョーガイとの信頼を裏切っているのではないか?」
「!!」
ユーグリッドは詭弁を崩され、焦りを見せ始める。
そしてデンガハクはその王が開いた一穴をさらにこじ開けようとした。
「まあそれは仕方のないことだ。所詮約束など個人個人の状況や損得が変われば簡単に反故にされてしまうものだからな。だがしかし、これで貴殿が信用のならない男だと言うことははっきりした。
貴殿がいくら我々の国を攻めぬ攻めぬと言っても、その口約束には何の根拠もないということだ。仮に今本当に貴殿がボヘミティリア王国を攻めるつもりがなかったとしても、我々が国を留守にすれば手のひらを返して攻めてくるかもしれない。貴殿の言葉には何の実も籠もっておらんのだよ、ユーグリッド王」
デンガハクのゆったりと毒のように広がる
だがそれよりも早くデンガハクは続けざまに口を開いた。
「ユーグリッド王、貴殿は先程『臣下たちの信頼を得ることでアルポート王国を平和に導く』というようなことを言っておったな。そして海城王の誠実な王政を見習っているとも
ならばユーグリッド王、その『信頼』と『誠実』とやら、その両方が本当に貴殿にあるのか、口先ではなく目に見える形で俺に証明してもらいたい」
デンガハクは玉座の間の階段を一歩ずつ登る。コツ、コツと、断頭台に上る処刑人のように靴を鳴らしながら王に近づく。
ソキンはすかさずその前に立ち塞がり剣の柄を握る。
だが大丈夫であるデンガハクはその背丈を十全に伸ばし、殺気立つソキンと、そして玉座に座るユーグリッドを同時に見下した。
そして断頭台の言葉を振り下ろす。
「今日ここで、リョーガイが持つ大砲を全て我々に明け渡せ!」
その瞬間、玉座の間は震撼した。諸侯たちの誰もが雷に撃たれたかのように直立になっている。
ついにデンガハクが支配者として軍事力の押収を言い渡したのだ。その弾圧の言葉は、確実にアルポート王国の生身の心臓を握り締めている。
ユーグリッドは止まらぬ動悸の中、玉座の肘掛けに置かれた両手の指に力を込め、何とかその場で倒れないようにと努めていた。
「ユーグリッド王、何やら貴殿は焦っているようだがどうしたのだ? やはりその大砲でボヘミティリア王国の城壁を撃つつもりだったのではなかったのか?」
ソキンの背後で顔を苦しそうに俯かせるユーグリッドに対し、デンガハクはとどめのように言葉の牙を突き立てる。
「貴殿らは大砲がなければボヘミティリア王国を攻められない。だから今困っているのだろう? だが同時に、貴殿はボヘミティリア王国を攻めぬという『信頼』を俺から勝ち取らねばならない状況にある。そしてその『信頼』を得るためには、もはや大砲をこの俺に差し出すしか道はないのだ」
腰に両手を当て、眼前のソキンを無視するように前傾してユーグリッドに詰め寄る。
だが王は何も答えられず、沈黙を貫いている。
そしてデンガハクは腰を後ろに
「ハハハハハッ! これで貴殿らの野望も終局だということだ! 貴殿らは覇王には絶対に逆らえない。つまり兄上の弟であるこの俺にも逆らえないということだ! 貴殿らにもはや選択の余地はない。大人しく大砲を明け渡せ! さもなくば覇王の軍がこのアルポートの国に攻め入るぞ!」
ユーグリッドの屈辱の降伏の日を思い出させるかのように、デンガハクは煽り立てる。
諸侯たちの顔色は絶望に染まっている。
デンガハクたった一人の弁舌がこの国を死に追いやったのだ。
だが、王は口を開いた。
「・・・・・・できません」
弱々しく、まるで病魔の死に際のような声で王が拒否を示す。
「・・・・・・できない?」
デンガハクがオウム返しに王の言葉を繰り返す。腰に手を添えたまま、窮鼠の歯が腕に突き立てられたかのように反応した。
「ええ、できません。我々アルポート王国には大砲を所持しなければならない正当な理由があるからです」
ユーグリッドは顔を上げる。そこには心臓を掴まれたまま、なおもこの国の行く末を守ろうとする王の強い眼差しがあった。
「ほう、大砲を所持する理由? 不思議な発言だな。貴殿は先程アルポート王国を平和な国にしたいと申したばかりだ。そしてボヘミティリア王国にも攻め入る気がないと」
「ええ、その言葉に間違いはありません。俺はアルポート王国の平和を愛しており、覇王とも戦う気がありません」
デンガハクがますます大仰に首を
「ほう、そうか。だが貴殿の話は矛盾していないか? 平和を愛し、戦争を起こす気もないというのなら、何故頑なに大砲などという物騒なものを持とうとしている? 大砲は戦争のための道具、殺戮の兵器だ。その所持しているだけで国家間に軋轢が生まれるほど危険な兵器を、何故貴殿はそんなに欲しがっている?」
「ええ、でははっきり申し上げましょう。これは国家の存亡に関わる重大事項、他国の使者であるあなたには今まで決して話すまいとしていたことでございます。ですが、仕方ありません。我々も腹を割ってあなたに真実をお伝えしましょう」
ソキンの背後でユーグリッドが重々しく宣言をする。その厳粛な様子には、臣下たちですら緊張の糸を切らすことができない。
「ソキン、下がれ。俺は今デンガハク殿に大事な話をしようとしている」
「で、ですが陛下、この男は以前陛下を・・・・・・」
剣の柄を握ったままソキンは
「下がれっ! ここは剣を抜く場所ではない!」
「・・・・・・・・・・・・」
ソキンは王の言葉に大人しく引き下がる。だがその手にはまだ剣の柄が握られていた。かつて王の命を狙ったデンガハクに警戒を緩めるわけにはいかない。
「俺の義父がお騒がせして申し訳ありません。ですがこれも臣下としての愛、家族としての愛が故、ソキンが忠義心を働かせた結果なのです。デンガハク殿、どうか家臣のご無礼をお許しください」
「いやっ! そんなことはどうでもいい!」
ユーグリッドの弁護を、はたき落とすかのようにデンガハクは言い捨てる。
「ユーグリッド王、貴殿の言うアルポート王国の国家存亡の
疑念を通り越してデンガハクの苛立ちが爆発する。ユーグリッドのいい加減な言い訳にももううんざりしていた所だった。
「いえ、嘘ではございません。アルポート王国には大砲が必要になるほど軍事的な危機が迫っているのでございます。そのために我々は今絶対に大砲を手放すことができないのです。
それはーー」
ユーグリッドの言葉に臣下一同が緊張する。覇王のこと以外で、この国に危険が迫っているなどという事実は臣下たちにも初耳であった。
デンガハクですら緊張を覚えてしまい、蛇のような細い目を見開いている。
そして王は堂々とした居住まいで声明したのだった。
「我が国アルポート王国が、海賊王の国・アワシマ王国と戦争状態にあるからです」
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