リョーキとの縁談

リョーガイの政略結婚を承諾した2日後の正午の昼、ユーグリッドはリョーガイの屋敷の廊下を歩いていた。


その隣にはリョーガイが正装して付き従っており、晴れやかな顔をしている。


「して、お主の娘とはどのような女なのだ?」


ユーグリッドは腕を組んで歩きながら、興味津々にリョーガイに尋ねる。


「なんといいますかまあ、随分と勝ち気な性格でして、自分がこれと考えると絶対に曲げないような娘でございます。少々気難しいところがありましてな。親の私もなかなかに手を焼いているのでございますよ」


リョーガイは王の問いかけにポリポリと頬を掻き、困ったような笑顔をする。


「なるほど、確かにお主の血を引いておるというわけか。俺もお主を手懐けるのに随分と手こずったぞ」


「いやはや陛下、娘に比べたら私なぞ大人しいものですよ。あれは19になりますが、今まで嫁の貰い手もなかったじゃじゃ馬娘にございます。正直にお話しますと、私は娘が将来結婚できるのか心配で心配で・・・・・・」


リョーガイは娘のことを恥ずかしそうに話す。だがそれは満更嫌というわけでもない様子だった。


「しかし陛下、娘は決して悪い女ではございません。心根は優しく正直にございます。”真剣”という言葉が似合う娘でございまして、陛下もきっとお気に召されると思いますよ」


「なるほど、そこは父親と正反対というわけか」


「いやはや陛下、これは手厳しい・・・・・・」


リョーガイは苦笑いをして頭を掻く。その横顔はかつての陰謀深い男のものではなく、一人の父親としての思いやりある面差しを見せていた。


ユーグリッドはその嬉しそうな商人の一面を意外に思う。


(この男にも人の温かみというものがあったのだな。てっきり金と権勢にしか興味がないと思っていたが)


今日のリョーガイはまるで隙だらけであった。蕩けた顔をして娘のことばかりを話し続けている。


ユーグリッドはこの縁談を成立させるために、リョーガイが何か謀略めいたものを仕掛けてくると思っていた。だが実際のところ元謀反人には何の策略もなく、ただただ目の前にある娘の婚約を喜んでいた。それこそ世間話のように娘の悪口さえこぼしているのである。


その平凡な父親の有様を見ていると、ユーグリッドでさえこの縁談が政略結婚である事実を忘れそうになった。


(この様子だと、リョーガイが家族を愛しているというのは本当のようだな。どうやらこの政略結婚も、自分の地位を高めるためだけのものではないようだ)


ユーグリッドはかつて牢獄でリョーガイから聞いた言葉を思い返す。その時リョーガイは自分の家族を人質に差し出すと言ったが、決して殺されないように努めるとも言ったのだ。つまりそれは自分の命も家族の命も大事だということだ。


それが普遍的な家族を持つ男としての、いや人間としての考え方なのだろうとユーグリッドは思う。


(だが俺は保身のために、父上を殺して・・・・・・いや、今は縁談の席だ。うじうじと考えるのはやめておこう)


ユーグリッドは頭を振り気持ちを切り替えた。黙って静かに廊下を歩く。


しばらくすると、リョーガイは足を止め扉の前に立った。


「この部屋に娘がおります。いやはや、本来見合いの席は男子が先に入って女子を待つのが習わしでございますが、何分気の早い娘でしてね。今朝もそわそわしてずっとこの部屋で待っていたのでございますよ」


リョーガイは気恥ずかしそうな態度で説明する。


「別に構わん。俺も見合いの席は初めてだ。細かいことをいちいち気にするつもりはない」


「そう仰っていただけると私も幸いです。では陛下、どうぞ中へ」


リョーガイが洋室の扉を開け、ユーグリッドが中へ入る。


すると、その奥にある椅子からパッと立ち上がり、足早にこちらへ駆け寄ってくる若い女がいた。


「お待ちしておりましたっ! ユーグリッド陛下!」


ハキハキとした声が室内に響く。


その声の主はユーグリッドと同じぐらいの背丈であり、どんぐりを横に並べたようなクリクリとした目をしている。髪は肩に届くぐらいの長さであり、外側に向かって毛先がツンと跳ねている。その面立ちは溌剌はつらつとして利発そうであり、明るい陽気が全面に醸し出されている。


比喩的にいえば、まさに太陽をそのまま描いたような娘だった。


(これがリョーガイの娘か。父親とは似ても似つかん容姿だな。だが悪い印象はない)


ユーグリッドは早速その娘に好感を持った。


「わざわざうちにお越しいただいて申し訳ありません。どうぞそちらの席へお座りください」


リョーガイの娘が右手で手前の椅子を示す。


「ああ、では座らせてもらおう」


ユーグリッドは静かに腰を下ろす。


リョーガイの娘は先程まで座っていた席に戻り、その隣にはリョーガイが立った。


「はじめまして。ユーグリッド陛下。私はウォームリック家の長女、リョーキ・ウォームリックでございます。この度は陛下のご婚姻相手として私を選んでいただき、誠にありがとうございます」


リョーガイの娘、リョーキは机の前で丁寧にお辞儀する。その動作は洗練されており、育ちの良さがうかがわれた。


「ああ、こちらこそよろしく頼む。俺はアルポート王国の国王、ユーグリッド・レグラスだ」


「はい、よろしくお願いいたします。陛下のご名声は私の耳にもよく届いておりますわ」


リョーキがにこやかに返事をする。愛想のいい笑顔がユーグリッドの目に映り、ますます好印象を与えた。


だがその直後に、リョーキの顔はさっと引き締まり、真剣な表情を作る。愛らしい面差しが一瞬で凛々しいものへと変わった。


「・・・・・・陛下、まずご縁談に当たってなのですが、その前に私はどうしても陛下に謝らなければならないことがあります」


「謝ること?」


「ええ、そうです。陛下にまず謝罪しなければ、どうしても私の気持ちが収まらないのです」


リョーキはそこでテーブルに手をつき深々と頭を下げた。


「その節は、父リョーガイが謀反を企て、ユーグリッド陛下の身を危険に晒してしまったことを深くお詫び申し上げます。この場をお借りして、親族一同を代表しまして、リョーキ・ウォームリックが誠心誠意を込めて謝罪いたします」


リョーキはテーブルに頭をついたままピクリとも動かない姿勢で深謝する。


リョーガイもユーグリッドもその真摯なリョーキの姿に目を奪われてしまった。


「・・・・・・リョーキよ、お主の父リョーガイは王に対して大罪を犯した。その咎は深く、これはウォームリック家の者全員の命を差し出したとしてもあがないきれぬ罪であるぞ。お主はそれを知ってなお、この俺に口先だけの謝罪をするのか?」


ユーグリッドはリョーキを見下ろし、厳かな声を浴びせる。


「いいえ、陛下。私は決して口先だけの謝罪をしているわけではありません。私の父リョーガイは大変な罪を犯しました。それが償いなどできぬほど取り返しのつかぬ過誤だということは、十分に承知しております。


例え我々ウォームリック家の罪を陛下がお許しにならず、一族全員が火あぶりになろうとも、陛下には何ら責められる所以ゆえんはありません。もし陛下がまだ父リョーガイの罪をお許しになっていないならば、我々ウォームリック家一同は陛下の処断を甘んじて受け入れる覚悟でございます」


リョーガイは娘の陳謝に冷や汗を流した。縁談を打ち壊しにしたいのかと懸念する。


だがリョーキの態度は断固とした意志を秘めており、本当に死への覚悟を持っている様子だった。


ユーグリッドは静かに口を開く。


「・・・・・・リョーキ、お主の覚悟が本物であることはわかった。俺は確かにまだ完全にお主の父を許しているわけではない。


だがお主の父は、アルポート王国に功績を上げることで自らの罪を償おうとしている。


俺はその忠誠の意志を尊重して、このリョーガイを使ってやりたいと考えておるのだ」


頭を下げたリョーキにユーグリッドは寛容な言葉をかける。


「顔を上げよリョーキよ。ここは縁談の席だ。見合い相手にそう畏まられていては俺も話がしにくい。もっと楽しい会話をしようではないか。俺は将来の伴侶となる女性ひとと、ぎこちのない関係を築くのはご免であるぞ。もっと腹を割って話そうではないか」


「・・・・・・はいっ、ユーグリッド様っ!」


リョーキは目に涙を湛えながらパッと顔を上げる。その面差しからは先程までの強張った表情が取り払われ、元の自信に満ちた素直な性質が戻ったのである。


そしてユーグリッドとリョーキの縁談が始まった。



しばらくして後、見合いの席は和やかな談笑に包まれていた。


先程まで深刻な顔つきをしていたリョーキも、今は年相応に愛らしい笑顔を見せている。


ユーグリッドも今までにないくらいに自分の身の上話をスラスラと喋っていた。


「まあっ! ユーグリッド様は英雄譚がお好きなのでございますね! 私も大好きでございますわ! 特に宗教戦争時代のコバレヌ王の武勇伝のぺーじは、私も何度も読み返しております! たった一人で敵軍の千人の兵士たちを改宗させた逸話は、とても胸が踊りましたわ!」


「そうか、お主はコバレヌ王の伝説が好きなのか。俺はもっと平和な時代の話のほうが好きだな。国家統一時代のヨミルレミ王の治世の項は俺もよく読む。当時の農業開拓についての事情が詳しく書かれていてな。今の時代でも通用する技術が数多く記載されているのだ」


「まあっ! 私国家統一時代のぺーじはまだ読んでおりませんわ。私はついつい戦争の話にばかり目が行ってしまいまして。私ももっと他の時代の歴史書をひもといてみようかしら?」


「ああ、是非そうしたほうがいい。実を言うと、平和な時代のほうが資料が揃っていて、当時の文化のことを深く知ることができる。砂漠大陸時代の時などは、人間のミイラを胃腸の薬として使っていたのだぞ」


「まあっ! それはとても興味深いですわっ! 人の死体が薬になるなんて、私初めて知りましたわ!」


二人の会話はどんどん弾んでいく。リョーキは感情豊かに大きな仕草をして歓談し、ユーグリッドは物静かにどっしりとした態度で受け答える。対照的な二人の団欒だんらんは見事に波長が合っていた。


「『何でも聞いてください』か。それが一番難しい質問であるな。ならそうだなぁ・・・・・・ふむ、ではお主には何か自分を磨くような習慣はあるか?」


「私の日課でございますか? それなら私は毎日薙刀の稽古をしておりますわ。今は男衆が10人集まったって私には敵いませんのよ」


「ほう、薙刀か。俺は一度も触ったことがないな。なかなかに扱いが難しいと聞く。だが俺も両手剣を得物とする武家の生まれだ。長柄刀ながえがたなの武術には興味がある」


「まあっ、本当でございますか!? なら今度、ユーグリッド様にも薙刀の振り方を教えて差し上げますわ! 長年私も薙刀の鍛錬を積み、やっと自分の体の一部のように操れるようになったのでございますよ!」


二人は武芸について談笑しながら会話を広げる。そしてしばらくすると、その武者同士の話にも区切りがつく。


そして見合いの場が暖まった時だった。


「・・・・・・ユーグリッド様」


突然リョーキが改まった声でユーグリッドに呼びかける。飲んでいた茶をテーブルにコトリと置き、真っ直ぐな視線を相手に注ぐ。その瞳は先程までの和やかなものとは一変しており、始めに謝罪した時のような真剣なものになっていた。


「ユーグリッド様は、この縁談では腹を割って話そうと仰ってくださいました。将来の伴侶となる女性ひとと、ぎこちのない関係を築きたくないとも仰ってくださいました。そのお言葉は真にございますか?」


リョーキは問い質すように王を見据える。


ユーグリッドはそんな見合い相手の変貌に少し戸惑いを感じる。


「ああ、本当だ。俺は夫婦の仲が円満であってほしいと願っている。急にどうしたのだリョーキよ? 何か気になることでもあるのか?」


「ええ、一つだけ。ユーグリッド様にどうしてもお尋ねしたいことがございます」


リョーキは膝に両手を置き、背筋を伸ばして畏まる。その表情には緊迫が表れていた。


ユーグリッドもその真剣な眼差しに気圧され、自分も改まった姿勢に直る。


「それは何だ? 遠慮せずに申してみよ。俺はお主の言葉を何でも聞き届けよう」


「はい。では単刀直入にお尋ねさせていただきます。


それはーー」


リョーキが一拍置き、一呼吸する。その目がさっと光り、ユーグリッドの双眸を捉えた。


「ユーグリッド様のお父君のことです。ユーグリッド様は何故、お父君を手にかけたのでございますか?」

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